第2話 凹々 その2
川畑S子とは、新宿のとある喫茶店で会うことになった。
が、しかし。その川畑S子が一向に現れない。先方に伝えた窓際の席にて、一時間ぐらい前から待っているんだが…。ボチボチ煙草一箱切らしてしまいそう、ってもう無いじゃねーか。
「お待たせしました」
振り返ると通路側に女が立っていた。いきなりすぎて変な汗がでた。
俺は挨拶を済ますと、俺の席の対面に座るよう進めた。着席した彼女に注文を伺う。当然、話を聞かせてもらう俺のオゴリだ。
ウェイターに紅茶を注文すると、早速本題に入ることにした。
川畑S子。化粧はやや濃い目で、服装は少し派手目。スナックで働いていそうな雰囲気。年齢は恐らく30代後半ってところか。それにしても…。
「私の最寄り駅なんですが…」
社交辞令からの本題が始まる。
「顔が凹んでいる女が出るです」
そう語る彼女の表情は…、明るい。言葉と表情のギャップと話の不可解さに拍子抜けしてしまった。
「え、…顔が? 凹んでいるすか」
嬉々とした表情で頷く川畑S子。これは…、アレな案件かもしれんな。
俺は「顔が凹んでいる」という現象について具体的に尋ねてみた。
「顔が凹んでいるのですよ!」とその部分を強調して繰り返してきた。俺はなんとか時間をかけながら情報を引き出した。テーブルにはさっき注文した紅茶が届けられる。
まとめるとこうだ。
川畑S子の利用する最寄りの駅、K駅に、夕刻決まった時間に顔が凹んだ女(性別は川畑が断言している)が現れる。
顔が凹んでいるとは、顔面部の中央部が異常に、文字通りへっこんでいる。
凹み女は特に何をするでもなく、どこかへと姿を消すという。夕暮れ以降の時間帯に現れるので、ただただ不気味なのだとの事。
話を聞きながら、正直困ったよ。
彼女は話ながらすごく嬉しそう、もしくは楽しそうだった。
今の今迄、この話をまともに聞いてもらえる、信じてもらえる相手などいなかったのだろう。
顔が凹んでいる人物が実在するかは、定かではないのだが、仮に実在するとして顔が凹んでいるという現象は生まれつきの病気(そんな病気があるかは知らないが)、また事故などの怪我の後遺症の可能性を考慮すべきではないのか。オカルト現象の可能性は一番低く考えなければならない。
何かしらの不幸の可能性が高い現象を喜びながら人に喋ってしまう危うさ、それが、アレな人物の案件というわけさ。
まあ、俺が個人的に気になっているのは彼女の眼、かな。常に大きく見開いている。眼に相当力を入れないとあの状態は保てないと思うのだが、アレな人物にはよく見られる兆候だ。
そういや、川畑は一度も瞬きをしていない気がするな。「都市伝説、瞬きをしない女」、…いやこれは弱いなぁ。
とはいえ当然、オカルト現象の可能性を全否定する段階ではないからね。紹介された手前、むげにも出来ないからね。
俺は話をとりまとめると、現地、K駅の取材を申し出た。
川畑S子は快諾し、満面の笑みを浮かべた。そう、ネットリとした笑顔。主観だけどね。
「あー、すみません。さっきタバコ切らしたんで…」
「やめて!」
大声で言葉を遮られた。店内で他の客が奇異な目線を送ってくる。俺はとりあえず愛想笑いで軽く会釈を方々にする。
「嫌なんです…!私タバコの臭いが大っ嫌いなんです…!」
今まで以上に興奮し、それを抑え込むような力強い物言いだった。
いや、これは…、そうか。
この女が遅れてきた理由。こいつは待ち合わせ場所にはすでに来ていて、俺がタバコを切らすタイミングをずっと見ていたんじゃないか。
この取材、嫌な予感がしてならない。
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