第1話 海の呼び声

ケンジは朝早くから船を準備し、老漁師のハルオさんと共に港を出た。海に向かう漁船のエンジン音だけが、静まり返った村を後にして響き渡る。彼の心は期待でいっぱいだったが、同時に不安も感じていた。今日が彼にとっての大きな一歩となる日だからだ。


ハルオさんはこの海を知り尽くしたヤエン釣りの達人で、彼の技術は村でも一目置かれるものだった。ケンジがヤエン釣りに興味を持ち始めたのは、たまたま見かけたハルオさんの釣りがきっかけだった。その時、彼は自然との一体感と、釣り上げたイカの壮絶な美しさに心を奪われたのだ。


船は順調に沖へと進む。ハルオさんは、海の色や波の動きを見ながら、今日の釣り場を決める。「今日はここだ」と、彼はある地点でエンジンを止めた。海面にはかすかな波紋が広がり、水平線が朝日に輝いている。


「ケンジ、準備はいいか?」ハルオさんが問う。


「はい、準備はできています!」ケンジは緊張しながらも力強く答えた。


二人は釣り始める。ハルオさんは餌となる魚を慎重に選び、それを使ってイカを誘う方法を説明した。ケンジはその手順を真剣に観察し、ハルオさんの手つきや糸の扱い方、餌の置き方に目を凝らす。ヤエン釣りのポイントは、イカが餌に集中している瞬間を見極めることにある。イカが餌に夢中になり始めたら、そっと糸を引いて、針で掛けるのだ。


しかし、最初の数時間はイカの反応がなかった。ケンジはじっと耐えるしかなかった。ハルオさんは「釣りは忍耐だ」と静かに言った。


やがて、ケンジの糸に小さな引きがあった。「今だ、ケンジ!」ハルオさんの声に導かれながら、ケンジは糸をゆっくりと引いた。そして、その瞬間、彼は生まれて初めてのイカを釣り上げたのだ。


「やったね、ケンジ。おめでとう」とハルオさんが微笑むと、ケンジの顔にも笑顔が広がった。この瞬間のために、彼はどれだけの時間を待ち焦がれたことか。


太陽が高く昇るにつれ、ケンジは自分がこの広い海の一部であり、何か大きなものに挑戦していることを実感した。そして、この日の成功が、彼の釣り人生の始まりであることを感じていた。

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