イカ釣りのケンジ

みっちゃん87

プロローグ

夜明け前の海は、まるで深い眠りから覚めるかのように静かだった。ケンジは小さな漁船の端に腰掛け、ぼんやりと水面が薄明るくなるのを眺めていた。彼の足元には、これから使う餌が入ったバケツがある。魚たちはまだ生きており、時折水を跳ねる音が小さな船体に響いた。


この日が来るまで、ケンジは何度もこの瞬間を夢見ていた。老漁師に初めてヤエン釣りを見せてもらったあの日から、彼の心は完全に海に奪われてしまったのだ。しかし、夢を現実に変えるのは容易ではない。海は広く、イカは狡猾で、ヤエン釣りの技術は年月を重ねた漁師でさえ習得が難しいという。


そんな困難を前にしても、ケンジは諦めなかった。海が彼に課した試練を一つずつ克服し、今や自らが船を操り、餌をセットするまでに至っている。今日、彼は自分の技術と海の気まぐれに全てを賭けていた。


ケンジは手に持ったラインを軽く引き、確かめるように糸を張った。そうしているうちに、東の空が少しずつオレンジ色に染まり始めた。新たな日の始まりとともに、彼の新たな挑戦が始まる。この広い海で、ケンジは自らを証明しようとしていた。そしてそれは、ただの釣り以上の意味を持っていた。彼にとって、これは自分自身と向き合う旅でもあるのだから。

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