第53話 文化祭、終わって
午後四時半。
少し前に文化祭を終えた俺たち
場所は、駅近くのカラオケのパーティールーム。
そこにクラスのほぼ全員と、俺たち
大葉さんやゴリチョ、俺はわかる。
しかし、神崎先輩はここにいて良いのだろうか。
「構いませんわ。今回、クラスの展示にはほとんど参加していませんでしたから」
ならば、その横でカルピスを飲んでいる生徒会長さんは、どうなのだ。
「なんだかんだ、キミたちのライブがいちばん盛り上がったから、その礼も兼ねて、な」
「
「全部で一時間近いライブだったからな。ま、おかげで私たち生徒会は助かったのだが」
「閉会式ですか。まさか四〇秒で終わるとは思いませんでしたわ」
「あんなもの、ただの蛇足だよ。本来なら無くてもいいんだ」
神崎先輩と生徒会長が話す向こうでは、クラスの男連中が盛り上がっている。
「ライブ、マジですごかったな」
「おう、もっと褒めてもいいんだぞぉ」
話題の中心にいるのは、珍しいことにゴリチョだ。
大葉さんはといえば、別の女子の輪の中で茶町あずきに守られている。
「大葉さん、すごかったねー」
「うんうん、あんなにみんなを盛り上げるなんて。それに」
「そうそう、やっぱアレだよね」
「「「
俺は、飲んでいた烏龍茶を思いっきり噴いた。
恥ずかしい。居た堪れない。
いや、嬉しいことは嬉しい。
仮面越しとはいえ、自分の想い人が、キスをしてくれたのだ。
本来ならばすぐに帰宅して自室にこもってカギを閉め、三日くらいは悶え転がりたい。
「ふふ、驚いてくださいました?」
同じテーブルの、ミルクティーを持った神崎先輩が、得意げに笑う。
「まさか、ぜんぶ神崎先輩が」
「最後のキッスは想定外でしたけれど、大枠は」
だよな。あんな大胆なこと、大葉さんが自分で考えるはずは無いもんな。
きっと神崎先輩がけしかけて……
「勘違いしないでくださいね。文化祭で
「え」
「前々から相談を受けていたのです。私の好きな人は鈍感でどうしようもない、と」
「……は?」
「最初に相談されたのは、夏の合宿でしたわ。
訥々と語る神崎先輩の向こう、生徒会長が愉快そうに笑っている。
「あの時の大葉さんの浴衣姿、どうでした?」
「どうでしたも何も、すごく可愛かった、としか」
「グラッチェですわ。苦労して手配した甲斐がありました」
「というか、あれから大葉さんの距離が近かったのも、まさか」
「んふふ、
なんか、裏側を聞くたびに驚く。
神崎先輩は俺を一瞥して、柔らかく笑った。
「でも、勘違いしないでくださいませ。たしかに
あくまで神崎先輩の力添えは告白までの道筋作り、ということか。
いや、そんな筈はない。
神崎先輩は切れ者だ。
勝算はあったのだろう。
つまり、俺の気持ちもバレていた……?
「……ありがとうございます」
「大丈夫です。もし大葉さんの告白を断っても、向こう一ヵ月間五寸クギを直接打ち続ける程度ですから」
「十分すぎるくらい怖いんですけど」
たぶん、普通に天に召されるヤツだ。
「あら、きっと死にはしませんわ。あくまで
愉快そうに笑った神崎先輩は、ミルクティーを飲み干して俺を見る。
「でも、こればかりは強制はできません。
「ありがとうございます……というか、俺の答えはもう出てますから」
「存じ上げておりますよ、
だったらなぜ、あんな公共の面前であんなことを。
「だからですわ。いざとなったら怖気づいて何も出来ないチキ……んん、臆病……んん、ダメ男ってことも」
「言い直すたびにオブラートが剥がれてますよ」
それを見ていた生徒会長は、突然爆笑した。
「桂香がここまで楽しそうに喋るなんて、キミは本当にいい男なのだろうな」
「たった今、ダメ男の烙印を押されたばかりですけどね」
「いやいや、キミにしろベースのあの子にしろ、この気難しい女帝、神崎桂香を楽しく笑わせる才能は称賛に値するよ」
「やめてくださいまし。おケツがむず痒くなりますわ」
軽い苦情を呟く神崎先輩に、生徒会長の笑い声は勢いを増す。
「聞いたかい
「それは俺の影響じゃないですよ。おーい、ゴリチョ。神崎先輩がお呼びだぞ」
離れた席で自慢を繰り返していたゴリチョがぴくんと反応して、ダッシュで神崎先輩の前に跪く。
……見事に調教されたゴリチョを見て、神崎先輩の手腕にちょっとだけ戦慄した。
「お呼びっすか、お嬢」
まるで騎士のようにヒザをつくゴリチョを見た生徒会長は、涙を流して笑う。
「すまない、勘違いだった。それよりゴリラくん、キミから見た神崎はどんな人なのかな」
「げっ、なんで生徒会長が!?」
「気づくの遅えよ、ゴリ」
ほんと、神崎先輩しか見えてないんだな、ゴリチョって。
「どんな人って、ひと言で言えば、能力の高いハリネズミの子ども、ですかね」
「能力が高いのは納得なのだが……ハリネズミの子どもとは」
「簡単な話で、お嬢は寂しがりなんす。でも、自分のトゲで人を遠ざけちゃう。だから」
ゴリチョは咳払いをして、突然神崎先輩に迫る。
「お嬢ぉおおおおおおおおお!」
「きゃ、急に抱きつくなとあれほど叱ったのに、バカゴリチョ!」
ゴリチョの頭を叩きまくる神崎先輩だが、決してゴリチョを押し返したりはしなかった。
「ね、完全な拒否はされない」
その瞬間、ゴリチョの顔面に神崎先輩の掌底が綺麗にヒットした。
さすがのゴリチョも神崎先輩から離れる。
それを見た生徒会長はゲラゲラと笑う。
「その代わり、強烈な平手打ちを喰らうわけか」
「……てて。そりゃオレがバカだからっすよ。バカだから、お嬢が欲しいと思ったら抱きつく。そんで叱られるって、いつものルーティンっす」
そしてゴリチョは、再び神崎先輩に抱きついた。
「なっ、このバカ、バカゴリ!」
「お嬢、お嬢ぉおおおおおおおお」
「やめなさい、やめて、あ、あとで……」
お? 神崎先輩の表情が、変わった?
「あとでギロチンよ。バカゴリチョ!」
「うわぁぁ、それだけはお許しを」
「……ふん、懲りたのなら、人前で破廉恥な真似は慎みなさい」
なるほど。
「つまり人前でなければ許可する、と」
「お嬢ぉおおおおおおおおおおおお!」
「あーもうっ。帰るわよ、ゴリチョ!」
「お嬢、お嬢ぉおおおおおおおおお」
ゴリチョを引きずるように、神崎先輩は帰っていく。
「……結局、あの二人は一緒に帰るんだな」
「あんな感じで、あいつのバカにはけっこう助けられてるんですよ」
「まさか、女帝神崎桂香の弱点が陽気なバカだったとは……くくっ」
生徒会長は、腹を抱えて笑い続けている。
「しかし、惜しいな。今日でキミたちのバンドが終わりなんて」
「……もともと、文化祭までという話で組んだバンドですから」
「それは、ボーカルの大葉さんのため、か?」
「まあ、そうですね……って、大葉さんがいない」
女子の溜まりに目を凝らしても、大葉さんの影はない。
「茶町、大葉さんは」
女子の溜まりの真ん中にいる茶町に叫ぶが、聞こえないのかこちらを見もしない。
その代わり、スマホが震えた。
『学校に忘れ物、だってさ』
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