第50話 ステージ直前〜リハーサる?




「最後にもう一度、軽くおさらいしとくか」

「そうですわね」


 リハーサルというやつだ。


「では、一曲目と二曲目を……」


 神崎先輩の言葉を遮る。


「三曲目がオリジナルだろ。失敗する可能性がいちばん高いのは、そこですよ」

「オリジナルは、もう完璧ですわ。ね、大葉さん?」


 大葉さんは、顔を真っ赤にしてブンブンと頷く。


 なんなんだ。

 なぜオリジナルだけ、そんなに秘密にするんだ。

 あ。

 田中たちが観ているからか。


「……じゃあ、一曲目から通していこう」


 と、音合わせも兼ねて軽く演るつもりが。


「──すごい。初めて生でバンドの演奏を聴いたけど、みんなすごい!」

「何が軽く、だよ。全力でやってるじゃねえか」


 驚く茶町と、バンド経験者の田中の感想だ。

 白崎に至っては、目を丸くして驚いている。


龍ノ瀬たつのせ。ライブの演奏、クラスのみんなにも観てもらっていいかな」


 白崎は、スマホを出して聞いてくる。


「急にどうしたんだ」

龍ノ瀬たつのせたちの演奏を聴けないのは、もったいないからね」


 嬉しい言葉だ。

 白崎は、大葉さんの歌だけでなく、バンドとして評価してくれている。

 しかし。


「観てもらうったって、みんなはクラスで喫茶店やってるだろ」

「コレ使って、教室で流すんだよ。ちょっと準備すれば出来るから」


 手に持ったスマホを掲げて、白崎は笑う。


「ま、俺は良いけど……大葉さんや神崎先輩は?」

わたくしは構いませんわ。大葉さんは……」

「わ、私は……恥ずかしいけど、大、丈夫、です」

「ありがとう。じゃあ準備してくる」


 あっという間に白崎は第二音楽室を飛び出して行った。


 さて。

 あと一時間、か。


「文実から搬入OKの連絡が来ましたわ」

「それじゃ、行きますか」


 ──俺たちの、最後のライブへ。






 ──ステージの袖に機材を運び終えた俺たちは、手伝ってくれた田中、茶町と一緒に、袖からステージを観る。

 ちょうど一組目の軽音部の演奏が始まったばかりだ。

 へえ、中々バランスの良い演奏だ。

 派手にずば抜けたパートはないけれど、しっかりと聴ける演奏だ。

 しかも、アレンジがまた絶妙だ。

 演奏が難しそうな部分を簡略化して、かつ原曲の空気感を損なわない。

 ゴリチョだけは背を向けているけれど、ケンカして飛び出した部活の演奏には興味がないのだろうか。


「そろそろ着替えに行って来ますわ」


 神崎先輩と大葉さんが、ステージ袖から離れる。


「ウドっち、オレみたいなヤツをバンドに入れてくれて、ありがとうな」


 突然ゴリチョが、ゴリチョらしくない、しおらしい事を言う。


「オレ、バカでお調子物だからさ、あんまりバンド続かなくて、軽音部も追い出されて。それなのに、こうして最後の目標までいさせてくれて。本当に感謝してる」

「何を言ってるんだ。ゴリチョが感謝すべきなのは、おまえを許した大葉さんだ。だけど」


 ゴリチョがそんな感傷的なことを言うなんて思わなかった。

 最初はチャラい奴だと思った。

 次は、嫌な奴。

 まあ今はバカゴリだけど。


「おまえほどのベーシストを見つけるのは、すごく難しかったと思う」

「はは……最高とは言わねぇんだな。ウドっちは厳しいな」

「馬鹿かよ。俺たちレベルが最高を語るなんて、二百年早いわ」

「二百年もかよ〜、オレそこまで生きられるかな」

「そこは死んどけ。人類の常識として」


 こうやってゴリチョと二人で笑い合うのは初めてかもしれない。

 というか、らしくない事するんじゃねえよ、ゴリチョのくせに。

 しんみりしちゃうだろ。


「なあ、ウドっち。バンド、ほんとに解散なのかな」

「解散だろ。これ以上続ける目標がない」

「でもよ、こんなに楽しいバンド、他にないぜ?」


 それは同感だ。

 高校生どうしでこれだけ演れるメンバーが集まれたのは、けっこう奇跡に近いと思っている。


「だからといって、ずっと出来るもんじゃない。何より神崎先輩は受験生なんだ」

「そりゃ難しいか。お嬢と同等以上のドラマーなんて、それこそ見つかりっこねぇ」

「そういうコトだ。ま、大葉さん次第だけどな」

「そうだなぁ。もともとオバケさんのためのバンドだもんなー」


 それっきりゴリチョは、下を向いてしまう。

 神崎先輩たちが戻ってきた。

 先輩は素顔だけど、大葉さんは顔の上半分を隠す仮面をすでにつけている。

 この姿も、見納めか。


「お待たせしました。龍ノ瀬たつのせくんたちも、お着替えに」


 それからもゴリチョは、バンド存続について喋り続けていた。


「夏祭り、合宿、Askでのライブ、楽しかったなぁ」

「ああ、そうだな」

「単独ライブ、やりたかったなぁ」

「……そうだな」


 言いたいことは痛いほどわかる。

 クビや脱退は何度も経験しているけど、俺だってバンド自体の解散は初めてなんだ。

 けれど、俺は未来には期待しないし、出来ない。

 未来なんて、自分でコツコツ作っていくしかないんだ。







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