第49話 文化祭2日目〜仁義なきお弁当戦争



「おーっす、手伝いに来たぜー」


 四人で軽く音合わせをしていると、うちのクラスの田中、茶町、白崎の三人が入ってくる。


「わぁ、本格的」


 何とどう比べて本格的なのだろう。


「ね、ね、宇童うどうっちは何を弾くの?」

「ギターと、あっちにあるシンセ」


 俺は、神崎先輩に貸してもらったシンセサイザーを指差す。


「え、同時に!?」

「弾けるかよ。俺の手は二本しかないんだ」

「と、いいつつも?」

「物理的に無理なんだよ。おい田中、コイツなんとかしてくれ」


 呆れて溜息を吐くと、笑っている神崎先輩の姿が視界のすみに映る。


「あーっはっはっはっ、茶町さん、最高ですわ♪」

「そーですか」


 その横には、なぜか不機嫌そうな大葉さんの顔。


「あら、大葉さんはお気に召さなかったようですわね」

「お嬢の笑いのツボは独特っすからね」

「お黙りゴリチョ。ハウスっ」


 脊髄反射的に板張りの床に伏せるゴリチョは捨て置いて、黒板の上の時計を見る。


「というか、機材を搬入するにはまだ早いぞ」

「良いのですよ龍ノ瀬たつのせくん。わたくしが呼んだのです」


 神崎先輩は板張りの床に、サッとレジャーシートを広げる。

 次はバスケットを広げて、なにかを並べ始めた。


「ただお手伝いしていただくのも気が引けるので、せめて昼食くらいは食べていただこうかと」


 レジャーシートを見渡すと、まるでお花見で見るような景色があった。

 主食はサンドイッチ、おにぎり、ベーグル、バゲット。

 おかずは唐揚げから始まって、玉子焼き、ウインナー、アスパラのベーコン巻きなど、色とりどりのラインナップだ。

 さらには折りたたみのクーラーバッグからはフルーツや生野菜のサラダが出てくる。


「すごいな……これ、ぜんぶ神崎先輩が?」

「いえ、半分くらいは母に手伝ってもらいました」

「運んできたのはオレだけどなっ」


 ゴリチョが横から自慢げに手柄を自己申告してくるのが、ちょっとだけウザい。


「さあ、茶町さんも田中さんも白崎くんも召し上がってくださいな。もちろん龍ノ瀬たつのせくんたちも、遠慮なくどうぞ」


 すごいな。どれから手を伸ばせばいいか、迷ってしまう。

 どうする? という視線を大葉さんに送ってみると、なぜか俯いている。

 どうしたのか。

 神崎先輩の料理に、嫌いなものがあるのか。

 夏の合宿の時は好き嫌いなどはしていなかったと思うけれど。


 ふと思い出す。

 そういえば、大葉さんの荷物、明らかに大きかったな。

 しかも、大事にひざに抱えてた。

 もしかして。


「大葉さんも、作ってきてくれたんだろ」


 大葉さんにだけ聞こえるように、耳打ちする。


「でも、神崎先輩のお弁当のほうが、美味しそう、です」


 やっぱり。

 大葉さんもお弁当を作ってきたんだ。しかもみんなで食べられるように、多めに。

 でも、それがわかったからといって、俯いて暗い顔の大葉さんに、何て声を掛けるべきか。

 考えたが、まるで良い案は見つからない。

 仕方ない。

 賭けに出てみるか。


「神崎先輩、そのおにぎりの中身って、何が入ってるんだ」

「オーソドックスに梅、おかか、たらこですわ」

「え、ツナマヨはないの?」

「残念ながら……」


 俺は、大葉さんにツナマヨが好きと言ったことはない。

 けれど、夏祭りの時も合宿の時も、俺はツナマヨばかり食べていた。

 もし、大葉さんがそれを見ていてくれたなら。

 ……いや、自惚れか。


「あ、ありましゅ! ツナマヨ、ありましゅ!」

「マジか大葉さん、悪いけど、少し分けてくれないかな」

「はい、たくさん作って、きましたっ」


 賭けに勝った。

 大葉さんは大きなバッグから、アルミホイルの包みを取り出した。

 広げると、俺の握り拳より大きなおにぎりが。

 いや、これはおにぎりじゃない、握り飯だ。


「んじゃ、もらうぞ」

「はい、召し上がれ」


 ひと口、握り飯にかぶりつく。

 お、ひと口目からツナマヨがきた。

 しかもこれ、美味い。

 あっという間にひとつ食べてしまった。


「はい、お茶、です」


 ペットボトルのお茶を差し出してくれるタイミングが、また心憎い。


「お、おかずも、ありましゅ」


 差し出されたタッパーには、楊枝を刺しただし巻き玉子、カニさんウインナーが。

 やばい。大葉さんが可愛い過ぎる。

 だし巻き玉子は、出汁が効いた薄味で、ウインナーはほんのり醤油の香りがする。


「美味い。ありがとう、大葉さん」

「い、いえ、龍ノ瀬たつのせくんに食べてもらえたら、それで」


 俺と大葉さんが離れて弁当を食べていると、ゴリチョが騒ぎ出した。


「おーいウドっち、コッチのウインナーはタコさんだぞー」

「言ってろ。コッチはカニさんだ」

「くそ、足の数は同点か」


 何を競ってるんだよゴリチョは。

 そもそもそのタコさんウインナーは、神崎先輩が作ったんだろうが。

 ゴリチョに呆れていると、弁当箱を持った神崎先輩が寄ってきた。


「大葉さん。カニさんとタコさん、交換トレードしませんか」

「は、はい。ぜひ」


 カニさん二匹が神崎先輩の弁当箱に移籍して、代わりにタコさん二匹が大葉さんのタッパーに加わる。


「ふふ、こんなタイミングで友人とおかず交換の夢が叶うとは、思いませんでしたわ」

「私も、です」


 笑顔で見つめ合う、神崎先輩と大葉さん。

 男子生徒たちが見たら、なんか色々と妄想しそうな光景だ。

 このバンドも、今日までだからな。

 最後は笑顔で終わりたい。

 俺は……笑顔でいられるのかな。


「お嬢、大葉さんのカニさん、ひとつくれ!」

「ダメだ。大葉さんの手料理は、ゴリチョにはもったいない」


 思わず口に出してしまう。

 すると、レジャーシート組から笑い声が上がる。


「ですって。ゴリチョは塩むすびで我慢なさい」


 悪戯っぽく笑う神崎先輩と、小さく「ぁぅぁぅ」と言っている大葉さん。

 まったく、女の子の気持ちは、よくわからないな。


 そうこうしているうちに、出番まで二時間を切った。

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