第46話 文化祭初日02〜大葉さんの思い
「母が、帰って、くるんです」
大葉さんのお母さんは、シングルで大葉さんを育てていた。
そこに、海外に拠点を移してプロモーターをやらないかという話が来たそうだ。
幼い大葉さんを残して、夢を追いかけて海外に行った大葉さんのお母さん。
その夢は、日本の音楽を世界に紹介したいというもの。
忙しく世界を飛び回る大葉さんのお母さんは、日本に帰る暇もなく。
そのまま仕事仲間と結婚したらしい。
そうか、だから大葉さんはお祖父さんと二人暮らしだったのか。
その母親が、八年ぶりに大葉さんに会いに来るという。
それが、文化祭の日。
だが大葉さんの母親は、大葉さんにリクエストを出す。
「私の娘なら、文化祭のステージくらい簡単に立てるわね。楽しみにしているわ」
聞けば、大葉さんの母親もこの高校の卒業生で、文化祭でのバンド演奏は大盛況だったという。
「……母親なんて、勝手なものだな」
俺の母親も仕事柄、あまり家に帰ってこない。
しかし、大葉さんの考えは違った。
「でも、お母さんがいたから、私は生まれてこれたんです」
寂しい思いはした。
なぜお母さんがいないのかと、泣いたこともたくさんあった。
「ネットに、私の歌を載せれば、私の声が、お母さんに届く、気がして」
淡々と語る大葉さんの眼鏡の奥は、涙で滲んでいて。
「そのおかげで、
偶然といえば、偶然だ。
大葉さんの前に現れるのが、俺でなくても良かったのかも知れない。
けれど今は、大葉さんの前に俺を引き摺り出した偶然に、感謝している。
俺の知る限り、最高の歌声。
俺の知る限り、最高の表現者。
そして、俺の知る限り、最高の女の子。
そんな大葉さんと出会えて、本当に良かった。
大葉さんのおかげで、遥か昔に諦めたピアノを再び弾けた。
大葉さんのおかげで、ギターが楽しくなった。
大葉さんの歌を、いつも間近で聴けた。
大葉さんと同じステージは、楽しかった。
「俺も、大葉さんと出会えて、よかったと思ってる」
俺を見上げる大葉さんは、眼鏡の奥の瞳を揺らす。
しかしグイッと涙を拭って、微笑んだ。
「あ、明日。明日、です。ぜんぶ、明日、伝えます」
そこにいる大葉さんは、もう第二音楽室で出会った大葉けやきではない気がした。
文化祭一日目が終わった。
クラスでは、軽い片付けと明日の準備をしている。
「おい
教室に戻って早々、田中にヘッドロックをかまされる。
「ま、ヒマヒマだったけどね」
茶町は二ヒヒと笑って、俺の後ろに視線をずらす。
俺の後ろにいる大葉さんに気づいたようだ。
「ウドっち〜、何してたんだよー。ウドっちがいないせいで、俺が三倍働かされたんだぞ」
クラスメイトにしてバンドメンバーのゴリチョが、こちらはちょっと不機嫌なようだ。
「悪かった。ちょっと明日のステージを見に、な」
「だったらオレも誘えよー、もう正式メンバーなんだぞー」
去年の文化祭を思い出す。
クラスのヤツらと、こんな風に話すなんて、まったく考えなかったな。
ま、クラスの出し物に非協力的だったのは今と変わらないけど。
けれど、今は違う。
田中は、俺がクラス一丸となって、みたいなノリが苦手だと知ってくれている。
茶町も、たまにからかってくるけれど、バンドのほうを優先していいと応援してくれている。
それは大葉さんの存在も大きいのだろうけど。
というか、もうクラス全員、大葉さんの正体を知っているようだ。
エンドレススピーカーの茶町に知られた時点で、隠すのは難しいとは思っていたけれど、案外クラスの外には情報は秘匿されている。
これは、白崎のおかげのようだ。
とにかくクラスのみんなは、俺たちのバンドを応援するスタンスのようである。
「
「だな、クラスの出し物はオレらでもできるけど、
ありがたい反面、
俺と大葉さんは、顔を見合わせて苦笑するしか出来なかった。
文化祭初日を終えて、バンド練習はなし。
明日に備えて休み、らしい。
自室。
俺は適当にギターを弾きながら、ぼんやりと考えていた。
バンドのこと。
そして、大葉さんの、こと。
そして、悶々とした気持ちで、明日に備えて横になる。
……明日なんて、来なければいいのに。
しかし、夜は明ける。
日曜日。
文化祭二日目の朝が来た。
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