第4章 文化祭、来たる

第45話 文化祭初日01


(第4章開始)


 文化祭の初日がやってきた。

 土曜の初日は、校内のみの開催である。

 この初日に実際に出し物を運営してみて不具合をチェック。それを手直しして、日曜の一般公開となる、らしい。

 つまり本当の本番は明日、一般公開される日曜日だ。


 俺たちGhoSTripゴーストリップのステージは明日、日曜日の午後。

 初日の土曜日はヒマヒマなのである。

 というわけで、風邪気味の俺は教室の隅で絶賛サボり中。


「あのな。いくら暇だからって、ちょっとは働けよ」


 俺を探し当てた田中が、呆れ顔エプロンで俺を見下ろす。

 というか、いつの間にうちのクラスの出し物、喫茶店に決まったんだ?


「一ヵ月以上前だよ。それよりも、働け」

「客いないじゃん」

「だったら呼んでくるんだよ!」

「断る。寝不足なんだよ」


 異様に張り切る田中の後ろから、田中の彼女である茶町あずきが俺を見て笑う。


「まあまあ、宇童うどっちは別の件で頑張ってるんだから」

「はあ……で、曲は出来たのか?」

「出来たよ、一週間前に。アレンジは神崎先輩に任せちゃったけど」

「女帝のアレンジか、なんかすごそうだな」


 田中は顎に手を当てて、ふむふむと唸る。

 事実、神崎先輩のアレンジは、最高だった。


「ま、ちゃんとした意味で、すごいよ。神崎先輩って、なんでも完璧に出来るからな」

「じゃあ明日の準備は完璧だな」

「そういう事だ。というわけで、客が来ないから俺は帰る」


 脱兎の如く逃げ出す俺の視界に、めちゃくちゃ可愛いメイドさんが映る。


「お、似合ってるぞ大葉さん」

「ふぇ!?」


 すれ違いざまにかけた言葉に、メイド姿の大葉さんが振り向く。

 が、俺は止まらずに教室から走り去る。


 さっき大葉さんを見て、再確認した。

 俺は、大葉さんが好きだ。

 でも俺たちが組んだバンドGhosTripゴーストリップは、文化祭までの期間限定バンドだ。

 明日のステージが終わったら、同時に大葉さんとのバンド仲間としての関係性も終わる。

 ゆえに、俺は今まで陥ったことのない感情に支配されかけている。


 明日なんて、来なければいい。

 文化祭のステージなんて、来なければいい。


 どんなバンドでも淡々と、職人の様に演奏してきた俺の、初めての感情だ。

 それを、大葉さんにだけは悟られたくないし、悟られるわけにはいかない。

 文化祭のステージは、大葉さんの目標なんだ。

 そこにどんな理由があるのか、どんな感情があるのか、わからない。

 けれど、あの日。

 第二音楽室で「オバケさん」の歌を聴いた瞬間から。

 俺は大葉さんに──


 だから、明日のステージだけは、何があろうと成功させる。




 気がつけば、俺は体育館のそばまで来ていた。


 中を覗いてみると、普段は設置されていない照明やスピーカーなどの機材がステージにセットされている。


「これが明日のステージか」


 お世辞にも完璧とはいえない、急拵えのステージだ。

 けれど、生徒会や文化祭実行委員の人たちが、出来得る限り頑張って仕上げたステージ。

 ここで俺たちGhosTripゴーストリップは、たった三曲のミニライブをやる。


 最初は、大葉さん個人の目標だった。

 それが今では、バンド全員の夢になった。


「ここまで、来たんだな」


 ふと呟いた言葉に、自分が感傷に浸っていると気づく。


「ここまで、連れてきて、もらいました」


 不意に響いた澄んだ声に振り返ると、メイド姿の大葉さんが立っていた。


「どうして、ここに」

「神崎先輩が、教えて、くれました」


 大葉さんが指差す先を見ると、体育館の隅で手を振る神崎先輩を見つけた。

 その隣には、全校集会で見た生徒会長の姿がある。


「みんなには、どれだけ感謝しても、足りない、です」

「……いや、大葉さんの実力なら、俺たちがいなくても」

「無理です。私ひとりでは、踏み出すことさえ、できませんでした」


龍ノ瀬たつのせくんが、私の世界を動かして、くれたんです」


龍ノ瀬たつのせくんがいたから、素敵なメンバーに出会えました」


龍ノ瀬たつのせくんがいたから、初めて人前で歌えました」


龍ノ瀬たつのせくんがいたから、歌うことが楽しくなりました」


 ひとつひとつ、噛み締めるように言う大葉さんは、出会った当初よりも堂々としている。

 それに引き換え、俺は成長してないな。


「そういえば、龍ノ瀬たつのせくんは、どうして私が文化祭で歌いたかったか、私に聞きませんでしたね」


 そういえば、そうだ。

 俺が大葉さんに協力する気になったのは、大葉さんがネットの歌姫オバケさんだったからだ。

 だから、大葉さんの目標が文化祭のステージと聞いて、違和感は持った。

 けれど、その理由は聞かなかった。


 踏み込む勇気が、なかった。


「私が文化祭で歌いたかった理由は」


 体育館の高い天井を見上げる大葉さんは、少しだけ照れ臭い顔で言う。


「母が、帰ってくるから、です」


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