第44話 オリジナル曲、完成




 文化祭まで、一週間。

 この段階で神崎先輩から放課後の招集を受けた。


 神崎先輩の自宅スタジオに集まった俺たちは、なんとなくそれぞれの定位置に座って、メイドの立花さんが淹れてくれたコーヒーを飲んでいる。

 ……いや、なぜかゴリチョだけコーラだ。


「お待たせ致しました、皆さま」


 私服に着替えた神崎先輩が、お気に入りのティーカップを手に入ってくる。


「まずはオリジナル曲、お疲れさまでした。とても良いメロディに歌詞でしたわ」


 神崎先輩に曲を渡したのが、二日前。

 てことは、大葉さんは実質二日足らずで歌詞を書き上げたってことか。


「特に大葉さん。初の作詞であのクオリティは凄まじいですわ。しかも十五分ほどで書き上げたとか」


 え。

 十五分?

 尺的には三分くらいのバラードだけど、それでも初めての作詞を十五分で仕上げるなんて。

 大葉さん、歌だけじゃなく作詞能力もすごかったのか。


「あの歌詞を書けるのは、大葉さんしか存在しませんわ」


 しかも神崎先輩が認めるほどの、唯一無二の才能……?


「そんなにすごいのか……俺にも見せてくれないか」

「ダメですわ」


 しかし、即答した神崎先輩は笑顔で首を横に振る。


「いくら作曲者の願いでも、それは叶いません。おとなしく文化祭当日をお待ちになってくださいませ」


 叶わないのかよ。

 どういうことだ。

 傑作の歌詞だけど、曲を作った俺には当日まで知らせない。

 まったくわからない。


 ……いや。

 昨日の俺の、悪い想像が当たっているとしたら。

 ──もしも大葉さんに、好きな相手がいるとしたら。

 その相手に贈る歌詞を俺の曲で書いたとしたら。

 もしそうなら、すべてに説明がついてしまう。


 気にはなっていた。

 大葉さんは、バンドを組む前あたりからめちゃくちゃ可愛くなった。

 いや、元から可愛いのだが、その可愛さが加速している。

 幸いにも俺しか気づいていないようだから、油断していたけれど。


 もし、大葉の可愛さに気づいた男子が他にもいたら。


 いやいや待て。

 元々の大葉さんの願いを振り返れ、俺。


 大葉さんの願いは、文化祭のステージで歌うこと。

 それを俺は叶えると約束した。

 ならば、それを全うするのみ。

 それだけ考えていれば良い。

 

 たとえそこで、すべてが終わるとしても。







 あっという間に一週間が過ぎた。

 未だ歌合せのないオリジナル曲以外は、完璧に近い形までに仕上げられたと思う。

 神崎先輩はすごい。

 あの細い腕から叩き出すビートは正確かつ表現力豊かで、確実に俺たちを支えてくれる。

 ゴリチョも、普段はふざけているがベースの実力は確かだ。

 ドラムと共に土台を支えてくれて、前に出るところはキッチリ印象に残る音を出してくれる。

 大葉さんは、天才だと思える。

 天才という言葉は、俺はあまり好きではない。

 そんな言葉ひとつで積み重ねた努力を語るのは、すごく失礼に思えてしまう。

 それでも、大葉さんは天才だと感じてしまう。

 歌ってみましたの動画での歌唱もすごかったけれど、バンドを組んでからの歌唱力の伸びは凄まじい。

 特にミックスボイスを習得してからの歌声には、微塵も無理が感じられない。

 それどころか、表現の幅が広がったように思える。

 時に攻撃的に、時に繊細に。

 短期間でミックスボイスを使いこなす大葉さんの歌声は、直接胸に届いてくる。

 そんなとびっきりの歌い手の手伝いができるだけで、幸せなのだと感じる。


 そう。

 大葉さんと俺の繋がりは、音楽だけなのだ。

 音を合わせ、音をぶつけ、音を受け止める。

 それでいいではないか。

 余計なことを考えるのはやめろ。

 それ以上は、高望みだ。


 そんな思いを抱いて迫る、文化祭。

 いよいよ運命の日がすぐそこにやってきた。


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