第36話 お礼と情報漏洩
「いやー、大変だったねー」
カラオケルームに場所を移した俺たちは、ドリンクバーを飲んでいた。
ソファーに座る大葉さんの横には、神崎先輩が付き添ってくれている。
「茶町、田中、白崎。本当にありがとう」
テーブルの向こうの三人に、頭を下げる。
「いや、おれは何も」
「うんうん、ほとんど白崎くんだよねー」
二人に促されて、白崎に視線を移す。
「いや、僕も大したことは」
「でも白崎たちのおかげで助かったのは事実だ」
再び頭を下げる。
「
茶町に言われて気がついた。
いや、大葉さんを助けてくれたということは、俺やバンドを助けてくれたのも同じ、なのだが。
色々喋り過ぎて、うっかり大葉さんがネットの歌姫【オバケさん】と知られる訳にもいかないし。
言葉選びが難しい。
と思っていたら。
「大丈夫だよ。僕たちはだいたい事情はわかってるから」
「だな、隠れてバンドやってるのも、な」
「──誰から聞いた」
低い声で問うと、三人は固まる。そして。
「大葉さんと同じ反応っ」
「それなー」
「はは、同じバンドにいると、ここまで似てくるんだね」
三人とも笑いながら、それぞれに語りやがる。
はぁ、なんだか気が抜けた。
「てゆーか、聞きたいのはコッチなんだけど」
「そうそう、なんで女帝と知り合いなんだよ」
「それね。まさか女帝と
うわ、説明しにくい質問だ。
「いや、それは……」
「
背後から、救いの神の声音が響いた。
「か、か、神崎先輩」
「だからなんでそんなにキョドるんだよ茶町」
「だって、女帝だよ女帝。雲上人だよ?」
「あら、
大豪邸だけどな。
神崎先輩はクスクスと笑いながら、俺たちのテーブルに座る。大葉さんも神崎先輩の横に移動してきた。
「それで、何のお話でしたの?」
「神崎先輩と俺の関係……だっけ」
神崎先輩は、左の口角を上げる。
いやな予感。
「おい、神崎先輩はたまにウソ言うからな。騙されるなよ」
「あらあら、先手を打たれてしまいましたわ」
「散々騙されてきて、少しは学習したんでね」
意味のない寝起きドッキリとか。
神崎先輩と軽く睨み合うと、周囲の空気がピリッと緊張した。
「つか神崎先輩、女帝なんて呼ばれてるんですか。クラスで恐怖政治でもしてるんですか」
「そのような覚えはないのですけれど、不思議ですわ」
「ですよね。俺らには、悪戯好きで世話好きな上級生のお姉さん、て感じですもんね」
普段通りに神崎先輩と話していると、茶町が口をあんぐりと開けていた。
「……あの女帝と
「当たり前ですわ。
だったらゴリチョはどうなんだ、と聞いてみたいが、あいつは永遠のサポートメンバーだったと思い出した。
「
合ってる。合ってるけど。
どうして遠い目をして語り始めるんだ先輩。
「あの日、父が経営するスタジオを訪れた
三人がどよめく。ついでに大葉さんも身を乗り出す。
いやいや、あの時大葉さんもいたよね。
神崎先輩は、なんとか大葉さんの話題を出さないように話してるんだから、理解してくれ。
そんな願いを込めて大葉さんを見ると、明らかに不機嫌な顔をしていた。
そして。
「私のほうが、先、だもん!」
「ちょ、ちょっと大葉さん。落ち着いて」
「私が最初に、
「あらあら、大葉さん。ライバル宣言、でしょうか」
「わ、私が先に、言ったもん!」
揶揄われた大葉さんは、思わず立ち上がる。
「あなたの音で歌いたい、って!」
テーブル席の、大葉さん以外の五人が固まる。
「私、第二音楽室で、歌の練習をしてて、そこに
「ストップですわ、大葉さん。からかい過ぎました。ごめんなさい」
神崎先輩は大葉さんを優しく抱きしめて、着席させる。
やばいな。
ほぼ全部の秘密を、すっかり喋ってしまった。
残す秘密は、大葉さんはネットの歌姫【オバケさん】だということ。
しかし。
「え、知ってたよ」
「ああ。でも大葉さん、あんまり声をかけて欲しくなさそうだったから」
「そうだね。目立つのは嫌いなタイプだと思って」
バレてました。
ヘナヘナと、力がぜんぶ抜けた。
というか、みんなにバレてるのか!?
「あー、大丈夫。ここにいる三人しか気づいてないと思うから」
「だな。ゴーストリップのライブ動画を見たヤツでも、気づかないと思う」
「動画ではみんな仮面つけてるからね。でも歌も演奏も最高だったよ」
バンド名まで知られていたとは。
神崎先輩に目を向けると、何か考えている様子だ。
「お願いがございます」
神崎先輩は、流麗な所作で頭を下げる。
頭を下げられた相手は、向かいに座る茶町、田中、そして白崎だ。
「その件、どうにかご内密に」
「や、やめてくださいよ、先輩に頭を下げられるなんて」
「そそそ、そうです。誰にも言ってませんし」
茶町と田中は、平身低頭の神崎先輩に恐縮しきりだ。
しかし白崎だけは、呑気にドリンクバーを飲んでいる。
「え、僕? 大丈夫、酒井に口止めされてるし」
今さらだが、ゴリチョの苗字が酒井だと久しぶりに思い出した。
てかおい。いまコイツ、ゴリチョを売ったぞ。
「ゴリチョ……許すまじ」
やばい、神崎先輩の背後に紅蓮の炎が。
しゃーない。
「神崎先輩」
「なんですか今からゴリチョを屠る算段を」
「どうせならコイツら三人、巻き込んじゃいましょう」
「……聞かせてください、
冷静さを取り戻した神崎先輩は、俺の言葉に耳を傾けてくれた。
「策ってほどじゃないです。ただ文化祭当日、ローディーは必要だと」
ローディーというのは、楽器やアンプなどを運んでくれるスタッフの事だ。
アマチュア、しかも高校生バンドには分不相応だが、巻き込むならばちょうどいいポジションではある。
しかも俺たちのバンドには女子が二人いる。
楽器や機材を運んでくれるヘルプは欲しいところだ。
「それはたしかに……でも」
「だから、この三人にサポートスタッフを頼む、というのは? それならゴリチョの情報漏洩も、関係者内での情報共有にできます」
「なるほど。良い案かも知れませんわ」
神崎先輩は深く頷く。
それを了承と受け取った俺は、茶町たち三人で向き直る。
「ということで、当日の機材搬入、搬出。その他の手伝い頼むわ」
「いいよー。てかそれ、酒井からも頼まれてるし」
「だな。オバケさんやゴーストリップのファンとしては、ぜひ協力したいくらいだ」
え、オバケさんの正体もバレてる?
「ゴリめ」
「あ、違う違う。あたしは大葉ちゃんの喋る声で、オバケさんだとわかったの」
「おれはあずきから」
「オレは田中から」
なるほど。
大葉さんと話したこともなかった俺には気づく術はなかった、ってことか。
「だから、お手伝いくらいならいくらでも!」
ありがとう。
本当にありがとう。
しかしコイツら、運ぶ機材の重さとか知ったら、逃げるかもな。
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