第29話 さらなるチカラ




 夏休み最後のバンドミーティングのラストで、俺は口火を切る。


「大葉さんには、まだ上の力がある」

「ふぇ!?」


 俺の発言に驚いたのは大葉さんだけ。神崎先輩はもとよりゴリチョまで俺の意見に首肯する。

 が、神崎先輩は大葉さんの手を握ったまま、柔らかな視線を向けてきた。


「上の力とはどのようなものでしょう、詳しくお聞かせくださいませ」


 神崎先輩は楽しそうに、俺の話に耳を傾ける。


「たしかに現時点でも大葉さんはすごい。が、さらにすごい大葉さんを、俺たちは知っている」

「なるほど、ですわ」


 え、これだけで納得しちゃったの?

 俺の説明は要らないの?

 というか神崎先輩は、答えを解っていて問うたのだ。

 まったくいじわな女性ひとだ。ゴリチョ、苦労するなぁ。


「どういう、こと、ですか」


 大葉さんは、不安そうに俺を見つめてくる。

 ならば俺は、大葉さんに説明しなければならない。

 息を吸い、誤解の無いように俺は言葉を紡ぐ。


「合宿、花火大会の日の練習を覚えてるか?」

「は、はい」


 思い出したのか、大葉さんは頬を朱に染めて少し俯く。

 しかし、自分で覚えているのなら話は早い。


「あの時のパフォーマンスを常時出せるなら、どんなステージでも怖くない」

「う、うう……それ、は」


 大葉さんは一所懸命に考えている。が、すぐに顔を突っ伏してしまった。

 そこに神崎先輩が口を挟んできた。


「それは、龍ノ瀬たつのせくん次第、でしょうね」

「え、なんで俺」


 唐突に向けられた矛先に少々焦るも、神崎先輩の発言の意味を考える。

 が、わからない。

 何か重要なピースが足りないのだけは解る。だが、それが何かが判らない。

 大葉さんを見ると、さっきよりも紅潮した頬を手のひらで隠そうとしていた。

 ……ますます訳が分からない。

 そんな俺に、盛大なため息がふたつ、立て続けに聞こえてきた。

 見ると、やれやれと首を振る神崎先輩と、それに追従して同じ仕草をするゴリチョが目に映る。


「今の鈍感くんに説明しても、暖簾のれんに腕押し、豆腐にかすがいですわ」

「だよな。あの緑の豆、美味いよな」

「ゴリチョは仄暗い水の底へお逝きなさい。早急に」


 何故かガビーンとショックを受けるゴリチョに、思わず俺も呆れる。

 ……もうゴリチョの相手は神崎先輩に任せよう。


「しかし、目の付け所は良いと思います。なので龍ノ瀬たつのせくん」


 神崎先輩が満面の笑みを俺に向けてくる。

 やばい、これは悪魔の笑顔だ。


「くれぐれも、大葉さんをよろしくお願いしますわ」


 あれ、何度も聞いた、いつもの発言だ。

 どういうこと、だ。

 大葉さん本人に尋ねようとしても、ただ顔を真っ赤にして俯くだけだった。

 俺と大葉さんを見ていた神崎先輩は、俺に微笑みを向ける。


「大葉さんのあのパフォーマンスを引き出せるのは、龍ノ瀬たつのせくんだけなのですよ」


 どういう意味だ。

 また少し、大葉さんのことを考える時間が増えそうだ。






 夕暮れの住宅街を、大葉さんと歩く。

 俺だけが、大葉さんのさらなる歌唱力を引き出せる。

 ずっとその意味を考えながら。


「どうか、しました、か?」


 俺の隣には、出会った頃よりも少し髪の伸びた大葉さんが小首を傾げている。

 そうか、花火大会の夜に感じたのは、これだったのかもしれない。

 俺は立ち止まって、大葉さんを見る。


「え、ど、どう、し、た、の」


 突然の俺の行動に、大葉さんは戸惑いを隠せないようだ。

 いや、隠してもいない。

 大葉さんは、いつも自分に素直だ。

 緊張も動揺も、嬉しさも楽しさも、すべてを歌に出してきた。

 それは、すべて魅力になる武器だ。

 少なくとも俺には、そう見える。


「……ちょっと、試してみるか」

「ふぇ?」


 大葉さんは、メガネの奥の大きな瞳をぱちくりとさせた。




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