第28話 新生バンド始動
(第3章開始)
二学期を目前に控えた夏休みの終わり。
俺たちはバンドミーティングで、神崎先輩の邸宅に集まっていた。
バルコニーの円卓、主座に座る神崎先輩はティーカップを置いて、テーブルを囲む俺たちを見回す。
「さて、本日のミーティングは……」
「ぐぉおおお」
「文化祭までの活動予定の……」
「ぬぉおおお」
「うるさいゴリチョ!!」
なん、だと。
神崎先輩のキャラくさい丁寧語が……消えた?
怒鳴られたのは、この土壇場で夏休みの宿題と格闘するゴリチョだ。
まあ、これ見よがしに夏休みの宿題の追い込みを見せられたら、腹は立つ。
さらにそれをやっているのは、お調子者でチャラいゴリチョなのだ。
神崎先輩も苛立ちでいつもの口調も忘れるってもんだ。
というか、わざわざ円卓で宿題するな。よそでやれ。
「コホン、失礼しましたわ。無計画バカゴリラは放って置いて、話し合いを始めましょう」
いつもより辛辣だな。けれど、決して帰れとは言わない。
ちなみにゴリチョ以外の三人は、合宿前に宿題を終わらせている。
「まず、そこの無計画バカゴリラが勢いでつけたバンド名ですが」
「えー、けっこー良いバンド名だと思うけどなー」
「だまらっしゃいゴリチョ。アレをするわよ」
「ひえっ、アレだけはご勘弁を!」
……アレってなんだ。
「まあ、ゴリのアプローチ自体は良かったのですが、足りない要素がありました」
発案者のゴリチョ自身、いろいろ足りてないからな。落ち着きとか計画性とか。
しかし、何が足りないのだろう。
ちらっと見た大葉さんは、すでに神崎先輩から新たなバンド名候補を聞いているようだ。
というか、バンド内の女子二人で出し合った意見をベースに、神崎先輩が考えた名前、なのだろう。
「
【
「ネットの歌姫であるオバケさんの旅路、というコンセプトは変わりませんが、女の子らしい可愛さをプラスして見ましたの」
なるほど。
ゴリチョ命名のバンド名は、ゴーストとトレックの合成語、
そのトレックを同じく「旅」を意味するトリップに置き換えたのか。
しかし、何処が可愛いのだろう。
「か、かわいい、です!」
俺の隣の大葉さんが立ち上がって賛成する。
まあ、ここまでは筋書きを作ってあったのだろう。
「でしょう? ふふ、オバケさんなら解ってくれると信じてましたわ!」
「はい、かわいいです!」
俺は大葉さんに耳打ちをする。
「なあ、どこらへんがかわいいんだ?」
「え、リップ、ですよ?」
え……あ。
大葉さんの唇をちらりと横目で見る。
少し薄いけれど艶があって、すごく柔らかそうではある。
「まあ、かわいい、かな」
「
「ああ、柔らかそうだし、触れたらきっと──いや何でも」
うっかり発言に慌てて否定するも、時すでに遅く。
零した失言に、神崎先輩は満面の笑みで俺を見つめている。
が、大葉さんは顔を真っ赤に染めて伏せてしまった。
「もう、えっち」
「あらあら
「ち、違……」
色めきだつな声を弾ませるな文末に音符とかつけるな神崎先輩。
あと、完全に否定できないのが非常に悔しい。
「ぐぉおおお、英語わからねぇ!」
「だまらっしゃい!」
忘れた頃に存在を主張するな、ゴリチョ。
あとで少しだけ手伝ってやるから。
「ではバンド名は
「おお、すげーぜお嬢っ!」
「ゴリはおとなしく宿題をやっていなさい!」
テキストを放り投げて立ち上がるゴリチョに、神崎先輩が声を張り上げる。
「というわけで、こちらが収益、そしてここからマスクと衣装を作らせていただきました」
と、さらっと見せられた収益の数字に驚く。
「ちょ、収益ってそんなに?」
「まだチャンネル開設から一ヵ月ですから、まだこのくらいですわ」
違う、そうじゃない。
想定出来ないくらいの額に見えたんだよ。
「なんかぱっと見、六桁くらいの数字が見えたんだが」
「そうですわね。二十万弱ってところですわ」
投稿してあるのは、合宿の練習風景を一曲ずつ編集した動画が主だった。
それも誰の顔も写っていない、定点カメラで撮影したバックショットの動画ばかり。
「こんな感じの動画でも、観てくれる人はいるんだな……」
「観る、聴く、感じ取る、でしょうか」
なるほど、わからん。
けれど、なんとなく納得できてしまった。
要するにオバケさんの歌の力だろう。
「マスクと衣装が完成したら、いよいよライブの配信ですわ。とはいえ」
神崎先輩は居住いを正して、こちらを見る。
「文化祭まで、あと三ヶ月。ライブ投稿は、一本か二本、でしょうか」
しかし、当座の予算はもう足りている。
「……すごいな」
すごいのは神崎先輩もだけれど、大葉さんをはじめみんなのポテンシャルの高さのおかげだ。
ネットという世界は、良くも悪くも正直だ。
目を惹く動画は数字が伸びるし、良い動画は評価してもらえる。
もともとネットの歌姫であるオバケさんの歌唱力に、生のバンド演奏。
数字が伸びても、不思議では無いってことか。
「そういえば大葉さん、自分のチャンネルの収益化は?」
「し、してません。怖くて」
「我らが歌姫は謙虚なのですね。もし良ければ考えてみたらいかがですか」
「か、考え、ます」
大葉さんに微笑みを向けた神崎先輩は、次々に決めるべきことを挙げていく。
すでに案は練られていて、俺たちは賛同するだけなのだが。
「十一月初週の文化祭を本番と見据えて、前哨戦のライブを二回ほど決行しようと考えております──」
こうして神崎先輩の主導で、文化祭までの約二ヶ月の活動予定が次々と決定していく。
やはり神崎先輩は本当に有能だ。
女帝と呼ばれる理由も、少しだけわかる。
成績が良いのは知っていた。ドラムの腕もアマレベルを超えている。
俺たちの高校で一番の美女と言われているのも聞いた。
噂では親衛隊的な組織も校内に存在するとか。
だが、神崎先輩の一番の魅力は、リーダーシップだ。
神崎先輩が引っ張ってくれるから、俺たちのバンドは方向性を失わずに進める。
それもこれも、大葉さんとの出会いがなければ実現しなかった。
黄川先輩のバンドをやめて燻っていた俺が、こんなに良いバンドを組む未来はなかった。
すべては、あの日の大葉さんが導いてくれたのだ。
「──
「なら、俺から」
俺は神崎先輩からバトンを受け取る。
「これは個人的な活動になるのかもしれないが」
そう前置きして話すのは、俺たちのボーカルであり目的でもある大葉さんのパワーアップだ。
「大葉さんの歌唱力は、もうアマチュアレベルを超えていると言ってもいいと思う」
「
なんか神崎先輩の言葉に違和感を覚えつつ、俺は話を続ける。
「しかし、数回のライブやバンド練習を経験して、気づいた」
「え」
神崎先輩と大葉さんの目が、俺に向けられる。
先輩はキョトンとしているが、大葉さんの瞳の奥は揺れて見えた。
「大葉さんには、まだ上の力がある」
「──詳しくお聞かせくださいませ」
神崎先輩は、大葉さんと手を重ねながら俺を視線で刺してくる。
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