第25話 オバケさん、化ける




 合宿二日目。

 午前のバンドの練習は、我ながら充実していたと思う。


 その中でも、特に大葉さんは凄かった。

 夏祭りのステージではスタンドマイクの前で歌うだけだった大葉さんが、曲の間奏で、飛んだり跳ねたりキラキラしたり。

 歌もいつもよりパワーがあって、迫力もあった。

 それを見た俺もつられて、いつも以上に頑張ってしまった。


「オバケさんの新しい一面……非常に眼福でしたわ」

「マジですごかった。全身で歌ってるみたいでさ」


 楽器を片付けながら、リズム隊の二人は大葉さんを褒めちぎる。

 その会話が耳に入ったのか、大葉さんの耳は真っ赤に染まっていた。

 だが俺も、神崎先輩やゴリチョに同意だ。

 今日の感じをステージでも出せたなら、多くの人々の心を掴むだろう。

 反面、少し寂しい気もするが。


 昼食を挟んだ午後からは、個人練習の時間に充てられた。

 ゴリチョはコテージの自室で思い切り好きな曲を弾くという。

 神崎先輩は、別荘のスタッフさんたちと何処かに出かけてしまった。


 そして取り残された俺と大葉さんは。


「──うん、もう少し声の強弱を大きくつけてみようか」

「はいっ」


 スタジオ棟に残って、とある計画の準備。

 俺のギターで歌う大葉さんの歌声を録音し、それを二人で聴き直して歌い方を固めていく。

 大葉さんは本当にすごい。

 俺が視聴したオバケさんの投稿動画よりも、数段上手くなっている。

 天性の才能なんていう陳腐な言葉で片付けるのは癪だが、間違いなくこれは才能だ。


「──ふう」

「お疲れ」


 何曲か歌って疲れたのか、大葉さんは汗の滴る首筋を拭きながら麦茶を飲んでいる。


「今日は烏龍茶では無いんだな」

「はい。烏龍茶は喉の脂分を流してしまうからって、神崎先輩が」


 ありがとう神崎先輩。

 烏龍茶は、油分を分解する作用がある。

 脂っこいものを食べた後に烏龍茶を飲むとサッパリするのは、この作用のおかげだ。

 が、歌うことを考えると少しデメリットが出てくる。

 喉の油も分解してしまうのだ。

 すると、粘膜を守るコーティングがなくなり、声が枯れやすい。

 逆にオリーブオイルを少し飲むと、枯れた声が少し復活したりもするのだ。


「烏龍茶は美味いし、歌わない時に飲もうな」

「はいっ」


 元気だ。あまりにも。

 機嫌も良いし、テンションも高いように見える。

 何か良い事でもあったのだろうか。








 夕方。


「貴方、まだ自覚がありませんの?」


 コテージに戻った神崎先輩に、烏龍茶のお礼と大葉さんの好調を伝えると、冷たい視線を浴びせられた。


「俺は何もしてないけど」

「貴方、やはりおバカさんなのかしら。まったく意外ではないけれど」

「え」

「もっと女の子の気持ちを、考えてみたらいかがです?」


 つい先日も言われた、女の子の気持ち。

 そんな他人の気持ちなんて分かるわけがない。


「分かるかどうかではないのです。考えること自体が大事なのです」


 ……なんだ、この神崎先輩の達観した雰囲気は。

 もしかして、すごい人なのでは。


「おいおい龍ノ瀬たつのせ、知らないのかよ」


 ひょっこり顔を出したゴリチョは、俺を見て笑う。

 つか何処から出てきた。Gか。


「お嬢が高校で何と呼ばれているか」

「知らん、他人には興味なかったからな」


 はぁ、と、これ見よがしに溜息を吐いたゴリチョは、やれやれという仕草で呆れ顔を向けてくる。

 その顔を俺に近づけて、ボソっと呟いた。


「お嬢、神崎先輩な。女帝って呼ばれてるんだよ」


 なんだそれ、どこのラノベの世界だよ。


「……ゴリチョ」

「はひっ!?」

「男のおしゃべりは百叩き、ですわよ」

「ひえっ」


 神崎先輩は、女帝と呼ばれるのはお気に召さないようだ。


「まったく、こんなにか弱い淑女に向かって女帝などと……」


 たしかに神崎先輩は細身の美少女かつ深窓の令嬢だ、見た目は。

 しかし中身は……そんなにか弱いか?

 最近ではゴリチョをしつけていると言っていたし。

 と思ったが、決して口にしてはいけない。

 もしうっかり言ってしまえば……


龍ノ瀬たつのせくん、なにか?」


 うわ、こわいこわい。

 下手すると幽霊よりもこわい。


「けれど、大葉さんが烏龍茶を常飲していることに気づいたのは、お手柄でしたわ。先日龍ノ瀬たつのせくんに言われるまで、わたくしは気づきませんでしたわ」

「常飲というか、二人でいる時に烏龍茶をよく見るな、くらいだな」

「よく見ていらっしゃるのですね、ふふ」

「ストーカーみたいに言われても……」


 手の甲を口元に当てて笑う神崎先輩に少しキツめの視線で抗議すると、神崎先輩の笑顔はさらに柔らかくなる。


「……本当、乙女心がわからない殿方ですわね」




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