第26話 オバケさん避暑地で歌う
「──もう一度、説明してくれないか」
夕方、神崎先輩はとんでもないことを言った。
「ですから、前々から発注していた仮面と衣装が届きましたわ」
神崎先輩は、スタジオ棟の大きなテーブルの上に置かれた、四人分の仮面と衣装を、両腕を広げて見せる。
大葉さんの仮面は口元が見える仕様で、右が白、左が黒に塗られている。
俺とゴリチョの仮面は顔全体が隠れる、左だけ白の仮面だ。
そしてなぜか神崎先輩の仮面は、目元だけを隠す
衣装はシンプルで、左右で白黒分かれているロングコートだ。
「まだ暫定ですけれど、本日はこちらをお使いくだされば」
「そこだよ、説明が欲しいのは」
衣装はいい。
仮面もいい。
だが、さっそく今日使うとは、いったいどういう理由なのか。
「ですから、今夜の花火大会の特設ステージに立ちましょう、と」
あまりにも神崎先輩がサラッと言うものだから、最初からその予定だったと勘違いしそうになるが、いちばん戸惑っているのは大葉さんだ。
大葉さんのためにも、ここは戦う必要がある。
「だから、なんでそういう話になったんだ」
「ですから、勢いですわ」
「だからって!」
食ってかかる俺に、神崎先輩は涼しい顔で応えてくる。それが余計に腹立たしい。
現在午後三時半、花火大会は夜七時開始。つまり猶予はたった三時間。
まったく、急過ぎる。
「だいたい、やる曲はどうするんだ」
「午前中に練習した曲で、いかがかしら」
呆れてしまう。
急にステージに上がると言われたと思ったら、今日覚えたばかりの曲をやるだと?
「歌詞はどうするんだよ。たぶん大葉さん、まだ覚えてないぞ」
「それを試すのです。立花さん、例のものを」
はぁ?
言っている意味がわからない俺をよそに、神崎先輩は扉の向こうに声をかけた。
「ありがとう」
メイド姿の立花さんは、何かしらの機材の箱を神崎先輩に手渡した。
「これを使います」
箱から出てきたのは、ゲームなどで使うVRゴーグルっぽい。
その時点で俺にはピンときた。
「まさか、それに」
「そのまさか、ですわ」
「だぁー、わっかんねー!」
俺が驚愕の顔を神崎先輩に向けると、ゴリチョが騒ぎ出す。
「どうしたのですゴリチョ、森に帰りたいのですか」
「違うっ。それで、なにをどうするんだ!」
「落ち着けゴリチョ、あとでお薬出してもらおうな」
「何の話だっ」
あー、ゴリチョをからかうのは面白い、じゃなくて。
「しかし、可能なのか?」
「まだ試作段階ですが、可能です。というか、今回の合宿に招待した目的の半分は、これの試用モニターですわ」
「……もう半分は?」
「もちろん、
あー、うん。わかった。
バンドを組んだばかりの俺たちにこんなスタジオ完備の別荘を使わせてくれるのは、何か裏があるとは思っていたんだ。
その「裏」が、それってことか。
ならば、仕方がない。
「──大葉さん。そのVRゴーグルの内側には、歌詞が表示される。そういうことだろ、神崎先輩」
「その通りですわ。ですから大葉さんは、何も心配しなくて良いのです」
「できるか、大葉さん」
「ふぇえええええ!?」
俺は振り向いて、大葉さんに問う。
大葉さんはびっくりだろう。否定派だった俺が、いきなりライブ推進派に転身したのだから。
もちろん、無理をさせるつもりはない。が、状況の説明は必要だろう。
「俺らが昨日食べた美味しい肉も野菜も、たぶん試用モニターの報酬に含まれている」
「そ、そんなぁ」
「大丈夫、大葉さんなら出来る」
「ホント、です、か?」
いや知らんがな。とは言えない。
「大丈夫、きっと」
ジト目で俺を見つめる大葉さんは、渋々頷いた。
「では皆さん、ステージは二時間後ですわ、参りましょう!」
俺たちは、颯爽とライブへ向かった。
ライブ直後の舞台裏。
「──失敗でしたわ。まさかゴーグル内のモニターに、歌詞しか映らないとは……」
「しかも、大葉さんの視力がな」
「うう、メガネ外さないとゴーグルがつけられなくて……すみません」
ステージで歌詞以外見えない大葉さんは、俺にぶつかったり、床のフットコントローラーに躓きそうになったり。
それは大騒ぎだった。
仕方なく二曲目以降はゴーグルなしの仮面姿で普通にこなして、なんとか格好はついたけれど。
ま、いきなり本番で使わずに事前に試しとけよ、って話だ。
「で、でも、オバケさん、ちゃんと歌えたじゃん!」
声高に言うゴリチョだが、それは違う。
「大葉さんの記憶力のおかげだ」
「そうですわね。まさかオバケさんが、一度歌っただけで歌詞もメロディも覚えてしまう能力の持ち主とは、思いもしませんでしたわ」
とばっちりみたいに褒められた大葉さんは、俯いて真っ赤な顔を隠している。
「それより、
「なあ、右手で大葉ちゃんを支えながら、ギターは左手だけでハンマリング、なんてよー」
「それしか方法がなかったんだよ!」
ゴリチョ。
許すまじ。
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