第24話 オバケさんと夏の朝
合宿二日目の早朝。
体が重い。
ベッドに身を横たえたまま、目を閉じる。
が、やはり眠れない。
眠れないのは、昨夜からずっとだ。
それでいて、頭の中はぼんやりしていて。
このまま溶けてなくなってしまえば、どんなに楽だろう。
一種の逃げなのは、理解している。
けれど。そう思ってしまう。
情けない。
不甲斐ない。
何が、大葉さんを万全の状態でステージへ、だ。
俺がボロボロじゃないか。
「やばい、な」
もう高校二年生なのに。
昨夜の大葉さんの返事が嬉し過ぎて寝不足だ、なんて。
まるでガキだ。
「……どんな顔して会えばいいんだよ」
回らない頭を酷使しようとしても、時間だけが過ぎるばかり。
夏の朝は早く、カーテンの向こうからは夏の陽射しが差し込んでいた。
少しでも眠らないと。
焦れば焦るほど、眠気は遠ざかる。
俺の寝室のドアがノックされた。
来た、来てしまった。
このコテージには、俺の他には大葉さん。
ならばこのノックも、そうなのだろう。
ドアの向こうから、ゆっくりとノブが回される。
無機質な金属音が漏れて、ドアが開く。
俺は思わず夏用の薄い毛布を被って、耳を澄ませる。
コツ、コツ。
近づいてくる軽い足音は、女性のものだ。
その足音は、俺の真横で止まった。
「──ひとつ、伺いたいのですが」
その声は俺の想像したものではない。もっとこう負の感情に塗れた……え。
「起きなさい、
「え。神崎先輩!?」
「お早うございます。早速ですが、朝食の前にひとつ尋問を」
え、え。どういうことだ。
「昨夜遅くに、大葉さんがスタジオ棟の前に座っていましたの」
は?
「大葉さん、泣き腫らしたようでしたの」
ちょ。
「貴方、まさか我らが歌姫オバケさんに対して、良からぬ行為をしたのでは無いですか?」
「し、してない、してません!」
無実の主張のため、俺は飛び起きた。
しかし神崎先輩の目は冷たく、さらに俺を問い詰めてくる。
「なら、何故大葉さんは泣いていたのでしょう。お答えくださいませ」
俺は、言葉に詰まった。
大葉さんが泣いたきっかけは、俺の曲を歌ってくれとお願いしたことだ。
が、肝心の曲は形どころか、まだフレーズすら存在しない。
「答えられないのですか? ならば」
神崎先輩は後ろ手に持った棒状の何かを振り上げる。
やられる!
そう思って目を閉じた瞬間。
「「てってれー」」
「ふふ、ドッキリでしたのよ」
聞き覚えのある野太いファンファーレみたいな声と共に、神崎先輩の笑い声が響いた。
恐る恐る目を開けると、プラカードを掲げた神崎先輩の笑顔。
そのプラカードには手書きで【寝起きドッキリ】の文字。
「大成功、ですわ!」
「やったぜ、お嬢!」
「なにしてんだよ……」
朝っぱらからハイタッチを決める神崎先輩とゴリチョをひと睨みして、俺はため息をついた。
「あら、合宿に寝起きドッキリは付き物ですのよ」
知らんわ、そんなセットメニュー。
喜びのハイタッチを交わす二人の向こう、昨夜泣いた女の子がこっちを覗き見ていた。
「わ、私は反対、したんですよ」
分かってる。こんなの大葉さんのキャラではないし。
けどなぁ。
笑ってるよな、その口もと。
「覚えてろよ、大葉さん」
そんな負け惜しみしか言えない自分が、少し情けなく思えた。
「さて、聞かせてくださいませ」
みんな揃っての朝食のあと、俺は再び神崎先輩に詰め寄られていた。
「い、いや、まだ大葉さんに歌ってもらう曲はできてなくて」
「だまらっしゃい」
ぴしゃりよ一喝する神崎先輩に、俺はたじろぐ。
「
あ、そこか。
「ああ、この合宿中に話そうと思ってたんだ、すまん」
「なるほど。なのに先走って大葉さんに言って、挙げ句の果てに泣かせたと?」
はいすみません、その通りでございます。
だがその言い方、語弊があるぞ。
「あ、あれは、嬉し泣き、というか、その」
真っ赤に染めた頬に両手を当てて、大葉さんは俺を見る。
「やはり大葉さんに
「ちょっと待て神崎先輩」
「……冗談です、令嬢ジョークですわ」
なんだ令嬢ジョークって。あとジョークなら手に持ったティースプーンを短剣みたいに逆手に構えないで欲しい。うっかり大葉さんのおじいさんの影がチラつくから。
「ま、冗談はさておき」
ティースプーンを俺に突きつける神崎先輩の視線が痛い。
「曲作り、
はい、と答える以外の選択は無いようだ。
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