第22話 神崎先輩のバンド論




「バンドでの役割の問題でもありますが、わたくしたちリズム隊は、植木鉢です」


 ん?

 なんの話?

 ああ、たとえ話だな。

 たまにこのお嬢様の話はあらぬ方向に飛躍してしまう。けれど今は、それを指摘する状況ではない。


「そしてボーカルはてっぺんに咲く花。では、ギターの重要な役割は」


 さあ、当ててご覧なさい。

 そう言いたげな不敵な笑みを浮かべて俺を見つめた神崎先輩は、ビシっと人差し指を立てて、片目を瞑る。


「ギターの役目は、茎であり、葉であり、枝です。ボーカルを支え、引き立てて寄り添うのが、龍ノ瀬たつのせくんのお仕事です」


 ──衝撃だった。

 アドバイスでもない、指摘でもない役割。

 今の今まで、俺の役割は大葉さんをベストな状態でステージに立たせることだと思っていた。

 でも、常にボーカルが見える、ステージ上を自由に動けるギターなら。


「ステージ上でもサポートが出来る、か」

「……ちょっと意味が違う気もしますが、それは追々判ることでしょう」


 違うのか。

 今の俺には分からないことなのか。


「ボーカルに寄り添う。それはギタリストにしか出来ない役割です」


 断言するからには、神崎先輩には根拠はあるのだろう。


わたくしたちのバンドに関しては、ですけれどね」

「……は?」

「大葉さんは、龍ノ瀬たつのせさんを信頼しています。信頼しきっています。むしろ依存に近いかも知れません」


 神崎先輩は、俺の目をまっすぐ射抜いて話し続ける。


「そのおかげで、大葉さんは能力以上の歌唱力を発揮できているのですわ」


 たしかに、ネットの歌唱動画よりも凄いと思うシーンは何度かあった。

 けれど、その原因が……俺?


「であれば、そのお二人の関係性こそが、このわたくしたちのバンドを最適解へと導くと思えるのです」


 俺の疑問などお構いなしに、神崎先輩のボルテージは上がっていく。


「それなのに!」


 うおっ、びっくりした。


「まったく貴方ときたら、大葉さんに寄り添ってみたり、突き放してみたり。なんですかそれは。思わせぶりな演出で優男やさおとこ気取りですか本当にムカつきますわ!」


 怒気、じゃない。

 嘆きを内包した、叱咤。

 俺の胸には、そう届いた。


わたくしたちのバンドにとってのボーカルは、大葉さんは、柱であり心なのです。ですから」


 一転、慈しみを湛える優しい笑みを浮かべた神崎先輩は、願いを唱えるように、真摯に俺へと伝えてくる。


「ですから貴方は柱を支え、その心に寄り添い、大切にしてくださいまし」


 言い終えた神崎先輩のその笑みは、無邪気な少女もそれに見える。

 まったく、猫の目みたいに表情を変える人だ。


「その間わたくしは、ゴリチョの調教に勤しみますわ♪」


 これはゴリチョ、前途多難だぞ。


「さあ、これを持ってお行きなさい。姫さまがお待ちですわよ」


 突然、神崎先輩の背後に現れたメイドさん、立花さんだっけ、は、古ぼけたアコースティックギターを差し出してくる。


「スタジオの備品です。古い代物ですけれど、鳴りは逸品ですわ。これをどう使うかは、龍ノ瀬たつのせくんの自由、です」


 神崎先輩の言葉は、正直俺には分かりづらい。

 けれど、それでも強く感じられることはあった。


『大葉さんへの気持ちと態度を、しっかり決めなさい』


 俺は、神崎先輩の説話をそう解釈した。

 ギターを受け取り、俺は神崎先輩に頭を下げる。


「ありがとうございます、神崎先輩」

「ふふ、お節介も年長者の役目ですわ。あー、慣れない世話焼きババアは肩が凝ります。ゴリに揉ませようかしら」


 ゴリ……。

 もうただの悪口だろ、それ。

 しかしゴリチョの気持ちは、神崎先輩に傾いているのは、見ていて分かる。


「それはゴリチョにとってご褒美では?」

「そうかも知れませんわね。けれど、それもまた一興ですわ」


 妖しい笑みを浮かべる神崎先輩に、思わず苦笑する。


 あーあ、全部この人の手のひらの上、か。

 すごい先輩だわ、神崎先輩は。





 コテージの前の湖畔。

 外灯の下、ベンチに腰掛けて夜風に当たる大葉さんを見つけた。


「隣、いいか」


 振り向く大葉さんの答えを待たずに、俺は隣に腰を下ろす。


「その、ギター、は?」

「神崎先輩に貸してもらった」


 その言葉に、そう、と大葉さんは俯いてしまう。

 やはり大葉さんはおかしい。

 いや、おかしいのは俺もだ。

 ここ数日、大葉さんと俺は、確実にギクシャクしていた。

 神崎先輩の言葉は、きっとそれに気づいてのものだ。


 ならば俺も、その心配りに応えよう。


「なあ、大葉さん」


 話しかける俺に、大葉さんは答えてくれない。顔を見てもくれない。

 きっとこれは、知らず知らずに俺が大葉さんに取ってきた態度だ。

 悲しい、な。

 されてはじめて気づくとは、なんとも間抜けだ。

 無言の静謐の中、わずかに揺れる湖面の波音だけが耳に響く。


 ふと、大葉さんの髪が、揺れた。


「……やっぱり龍ノ瀬たつのせくんも、神崎先輩みたいな女の子が好き、なんですか」

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