第21話 オバケさんとひとつ屋根の下

 21 オバケさんとひとつ屋根の下



「どうしたらいいんだよ」


 コテージの一室で、俺は頭を抱えていた。

 幸いコテージの中には、寝室が二部屋あった。

 けれど、同じ屋根の下に大葉さんがいるという事実はどうやっても変わらない。

 唯一の救いは、大葉さんは俺に対して怒っていること。

 普段なら嫌なはずのそれが、今は抑止力として心強くもある。

 しかし。

 現に今も、あのドアの向こうの空間に、大葉さんはいるのだ。

 そして俺も、ある程度は健全な男子高校生。

 平常心なんて保てるはずがない。

 するつもりはなくとも、何も起きない保障なんてない。

 そうだ、何か考え事をしよう。

 そうして意識を別のことで満たしてしまえば。


 カチャリ。


 何、今の音。

 ポルターガイストかな。

 まったく人騒がせな幽霊だな、ホントに。


 コンコン。


 はいはい、もう成仏していいから。


龍ノ瀬たつのせ、くん」


 ドアの向こうから聞こえる、細い声音に肩が跳ねる。

 大葉さん、だ。

 落ち着け、落ち着くんだ、俺。

 何もない。

 大葉さんは、バンドのボーカル。

 それだけの関係なんだから。

 心配も。期待も。何もない。

 俺は普通の顔をして、大葉さんをサポートするだけなのだから。


 平然を装って、部屋のドアを開ける。


「あっ、龍ノ瀬たつのせ、くん」


 その瞬間に咲いた大葉さんの笑顔だけで、俺の思考はリセットされてしまう。

 言葉が出なくなった。

 ただ、大葉さんを見つめることしか出来なくて。

 もどかしい。


「どうか、しました?」


 たしかに俺は、どうかしている。

 本当の俺はもっと冷静なはずだ。

 なのに、どうして。


「いや、なんでもない」


 この子の前では冷静さが欠けるのだろう。





 スタジオ棟に集まった俺たちは、一通り設備や機材の説明を受ける。

 そして、夕食。

 今夜は外でバーベキューということだ。

 とはいえ準備や調理はヴィラ・カンザキのスタッフたちがしてくれるので、俺たちはやることが無い。

 手持ち無沙汰が極限に達する寸前、神崎先輩が話しかけてきた。


「どうかなさいました?」

「どうかしたどころじゃない、グチャグチャですよ」


 思わず吐いて、後悔する。

 グチャグチャなのは、俺の頭の中の問題だ。

 他人に当たるべきではない。

 もうやめよう。この話はやめだ。

 それでも神崎先輩は、俺に話しかけてくる。


「この部屋割りがご不満のようですが」

「……当然です」


 またしても吐露してしまう。

 だが神崎さんは、俺に微笑むのだ。


「……何がおかしい」

「いえ、安心しましたわ。龍ノ瀬たつのせくんも、血の通った人間だった、と」


 なんだそれ。


「今までの龍ノ瀬たつのせくんは、事務的でした」

「俺、が?」

「そうです」


 そんことはない。

 俺は常にバンドのことを、大葉さんのことを考えて、行動してきたはずだ。

 演奏に関しては、職人のようなギタリストを目指しているが、それは関係ないだろう。


「今の龍ノ瀬たつのせくんにとって、目標はなんですか」


 それは、文化祭のステージに無事に大葉さんを立たせること──


「根源的な目標を、お聞かせくださいまし」



 根源ってなんだ。

 根っこってことか。


 なんだ。なぜそんなことを俺に聞く必要があるんだ。


「今回の合宿を企画した意図は、メンバー間の絆を強める目的です」

「絆? それが演奏に関係あるのか」


 絆ってなんだよ。

 練習を重ねれば信頼感は出来上がる。

 場数を踏めばタイミングも掴める。

 それだけではダメなのか。


「ありもあり、大ありです。むしろオオアリクイですわ!」


 ……えーと、この場合は、ツッコミを入れるべきなのか。


「……んっ、んんっ。失礼致しました」


 あ、面白くないのは自覚してたんだな。

 しかし神崎先輩のダジャレのおかげで、重い空気が霧散した。


「以前わたくしは、大葉さんを担ぐ、と言いました」


 はい、聞きました。

 だから俺も、大葉さんを担ぐ一員として。


「でも、わたくしとゴリチョが担ぐのは、大葉さんだけでは無いのですよ」


 神崎先輩はこちらをゆっくりと向いて、すーっと俺に指先を向ける。


「あなたも、わたくしたちに担がれる側なのですよ、龍ノ瀬たつのせくん」










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