第18話 オバケさん降臨



「おい、見たかよ」


 猛暑の午後、ゴリチョに呼び出されたカフェで、俺はスマートフォンを向けられる。

 そこには、先日の夏祭りのステージの動画があった。


「え」


 誰が投稿したのかは分からないけれど、そこには


【ネットの歌姫 オバケ降臨】


 とタイトルされている。

 やはりバレたかと思う反面、大葉さんの素顔は深く被ったフードでよく見えない。

 しかし、せっかく人前で歌う最初の一歩を踏み出せたのに、躓いて欲しくない。


「これからは、ちゃんと対策しないとな」

「だな、いっそお祭りでお面でも買った方がよかったかもな」


 なにをバカなことを、と言いかけて、やめる。


「……いいアイデアかもしれないな」

「だろ!?」


 ゴリチョに無条件で賛成するのは非常に悔しいが、確かに良い案なのだ。

 加えて、今後はライブの場所もいろんな場所に散らすほうが良いかも知れない。


 ネットの特定班の能力は凄まじいからな。


 その案を持って臨んだ、次のミーティング。


わたくしとしては、オバケさんのご尊顔を世に知らしめたいのですが……我らが姫の本意に反しますわね」


 神崎先輩も納得してくれた。


「でもお面を付けたら、声がこもって歌いにくいのでは?」

「そこは考えがある。な、大葉さん」


 あらかじめ大葉さんに伝えて、ある物を用意してもらっていた。


「これ、です」


 大葉さんが自分の顔に当てたのは、お祭りで売っている普通のお面の、鼻から下を切り取ったもの。

 見えているのは、口と顎だけである。


「これを被れば、大丈夫、だと思います」

「なるほど、良いアイデアですわ。しかし」


 ティーカップの紅茶をひと口、神崎先輩は発した。


「美的センスに欠けますわ、非常に」


 ごもっともな意見だ。


「マスクの件は、わたくしにお任せください。我らが歌姫に相応しい逸品を、ご用意させていただきますわ」


 おお、心強い。


「神崎グループの総力を挙げて!」


 そんなに大袈裟にしなくても良いんじゃないですかね先輩。


「どうせならさー」


 ここで空気だったゴリチョがカットイン。


「なんですの、ゴリチョの分際で」


 あれれ、ゴリチョの扱いがさらにひどくなってない?


「いや、どうせなら、オレらのマスクや衣装も欲しいなー、なんて」

「ナイスアイデアですわ、ゴリチョ!」


 すげぇや。

 今超高速で手のひらひっくり返ったぞ。


「では、マスクと衣装はこちらで発注して置きますわ」

「水を差すようで悪いが、それらのお金はどうするんだ」


 まさかそこまで神崎先輩にお世話になるわけにはいかない。

 かといって、高校生の俺たちが出せる衣装代で収まるとは思えない。


「たしかに、その件に関しては要相談ですわね」


 そう言う神崎先輩だが落ち着いて、いや、落ち着き過ぎている。

 つまり。


「何か策があるんでしょう」


 策があればその策に乗る。

 もし何の案もなければ、俺の案を押し通す。


「あります。けれど、きっと龍ノ瀬たつのせくんの考える案と同じ気がしますわ」


 なるほど。

 俺たちの状況で現実的な案は多くない。

 働くか、生み出すか。

 大きく分ければこの二択だ。

 そして俺の案は、後者に当たる。

 しかも同時にバンドとしての経験値も上げられる。


「なら、俺から言っても良いですか」

「宜しくお願いしますわ」


「俺の案は、バンドの動画投稿だ」


 例えば、

 何処かで演ったライブの動画を投稿する。

 オンラインのみのライブを開催する。

 その動画投稿やライブで得た収益を、バンドの予算に充てる。

 副次的な効果として、ゴリチョに見せられたような無断アップロードの抑制にもなるかも知れない。


「さすがですわ。概ねわたくしの案と同じです」

「概ね、というのは」

「細部の違いですわ。しかしそれは今後話し合っていけば良いことですわね」


 神崎先輩は、いつのまにか現れたメイドの立花さんからノートパソコンを受け取る。


「ここに、試作したバンドのページがございます。ぜひご覧ください」


 試作?

 これで試作?

 どう見ても、すぐ使えるレベルじゃないか。


「なんかワクワクするな、ウドっち!」

「ああ。バンドの予算と経験値を稼げる、一挙両得の案だ」

「では、後で何か投稿してみましょう」


 神崎先輩はノートパソコンを閉じて、立花さんに返す。

 受け取った立花さんは、一礼してすぐに部屋から出……た途端にバタバタと走る足音が聞こえた。


「……申し訳ありません。立花さんもオバケさんの大ファンでして、興奮が抑えられなかったようです」


 そう詫びる神崎先輩は、上機嫌の笑みを浮かべている。

 聞けば、もう投稿する動画の編集は終わっているらしく、その編集は立花さんがやってくれたようだ。

 神崎先輩といい立花さんといい、マジ有能な人たちだ。


「では改めて。マスクと衣装はお任せくださいませ」

「お、お願い、します……神崎先輩」


 おずおずとお礼を述べる大葉さんに、神崎先輩は大興奮。


「まあ、もったいないお言葉ですわ」


 とか言って神崎先輩は大葉さんを抱きしめた。


「あ、暑い、です……」

「構いませんわ」


 構うのは大葉さんのほうだろ。

 ただでさえ体力ないんだから。


 ん、体力、か。


「提案だが、大葉さん。少し、体を鍛えてみないか」

「それなら合宿ですわね」


 は?

 どゆことですのん神崎先輩。

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