第19話 オバケさんバンドの合宿
「合宿に行きましょう!」
突然の神崎先輩の提案に、俺はもちろん大葉さんもゴリチョも戸惑う。
俺たちがやっているのは部活動ではない。バンド活動だ。
「合宿って……どこで何をするんだ?」
「ゴリチョ、お黙りなさい」
「はひ」
疑問を呈するゴリチョを、神崎先輩がキッと鋭い視線で石化させる。
こわい。ゴリチョと神崎先輩の関係性を知るのがこわい。
「これは、
キリっとした顔を向けて、神崎先輩は堂々と私欲を語る。
神崎先輩は、大学受験を控える高校三年生。
本来なら高三の夏休みは、バンド活動なんてしている場合でない。
なのになぜ、神崎先輩は自分から加入を申し出てくれたのか。
「けれど
神崎先輩は、ともに音楽を楽しむ仲間がいなかったという。
小さな頃から続けてきたドラムは相当の腕前だ。
当然、バンド仲間を探したこともあった。
しかし。
「お父様経由でお話をいただいても、大人の方々のバンドばかりで」
同年代の仲間は見つからず。
それどころか、神崎先輩の美貌に下心全開で近づいてくる男も多かったという。
「神崎先輩、お綺麗、ですから」
頷く大葉さんに、神崎先輩は苦笑する。
「ありがとうございます、大葉さんも可愛いですわよ」
それは俺も同意だ。
天使と言っても差し支えはない。
「けれど望まないお誘いほど、迷惑なものはないのです」
神崎先輩が望むのは、対等の音楽仲間だった。
「
なのに、カフェに誘われたり、ドライブに誘われた。
中には初対面で交際を申し込まれることもあったという。
「それから
しかし、と零して、神崎先輩は表情を曇らせる。
「やはり、寂しかったのです。そんな時に、大葉さん達を見つけて」
たった二ヶ月前のことだけれど、神崎先輩は懐かしむように笑みを浮かべる。
「思い切って声をお掛けして、本当に良かったですわ」
ですから、と真剣な顔で神崎先輩は俺たちを見る。
「合宿は、
懇願する神崎先輩に、顔を見合わせた俺や大葉さん、ゴリチョは静かに頷く。
「行こうぜ、合宿!」
ゴリチョ、まだお前はサポートメンバーのままなのを忘れるなよ。
「わ、私も、神崎先輩と、夏の思い出、作りたい、です」
「大葉さん……」
ナチュラルにスルーされたゴリチョはさておき、大葉さんの賛同に神崎先輩は顔を綻ばせて喜んでいる。
「なら今日の議題は、合宿について、だな」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
神崎先輩は立ち上がって、深々と頭を下げる。
「では立花さん、皆さんに資料を」
すっと顔上げた神崎先輩は傍らに立つアルバイトメイドの立花さんに指示を出す。
立花さんは、少々危なっかしい手つきで俺たちに小冊子を配った。
その表紙には犬らしきイラストと【合宿のしおり】との文字があった。
神崎先輩め、すべては予定通りかよ。
「立花さんに手伝っていただいて作りましたの」
いろいろ話し合っての夕暮れ。
神崎先輩の豪邸を出た俺と大葉さんは、二人で帰り道を歩く。
「合宿なんて、はじめて、です」
「ああ、しかし」
まさか合宿する場所まで決めてあるとは思っていなかった。
場所は、避暑地にある神崎家の別荘。
そこにはレコーディングが出来るスタジオもあって、プロのアーティストに貸し出すこともあるらしい。
「至れり尽くせりの合宿場所だな」
「すごい、ですよね」
どう見ても、高校生バンドの俺たちにはオーバースペックな施設だが、本当にありがたい。
「私……幸せ、です」
夕日を浴びて歩く大葉さんは、遠くを見つめて微笑む。
この数ヶ月で俺の、俺たちの環境は大きく変化した。
最初は、第二音楽室だった。
偶然の出会いだったけれど、そこから世界は変わり始めた。
ゴリチョとの出会いは未だに少しだけしこりを残しているけれど、今は仲間と認めている。
貸しスタジオで神崎先輩から声を掛けられた時、何かの勧誘かと思ったのは内緒だ。
そして今。
バンド演奏に必要だったピースは揃って、夏祭りでは初ライブも経験した。
「私も、もっと成長、しなきゃ」
何かを決意したように呟く大葉さんに、俺はまだ見ぬ未来を予感した。
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