第17話 オバケさんin初ライブ
あれから神崎邸での数回のスタジオ練習を経て、夏祭り当日。
「……なんだ、このバンド名」
ステージ横に貼り出された俺たちの出番の時間には
【
と表記してあった。
「お、親父がバンド名決めろっていうからさ、
つまりキミのセンスで勝手に決めた、と。
そういうことでいいんだな、ゴリチョくん。
「だって、あのネットの歌姫オバケさんの旅が、ここから始まるんだぜ」
「いや、以前からオバケさんの歌はネットで評価されてるけど」
「そうね、オバケさんはとってもかわいいわ」
そう、とっくにオバケさんはネットの海に漕ぎ出している。
というか神崎先輩は何の話をしているんだ。
あと、いつも着てる大葉さんのそのパーカー、夏用じゃないよね。
ん?
「どうした、大葉さん」
「き……」
き?
「き……」
そうか、緊張してるよな。
無理もない。
「気絶、しそう、です……」
「ええっ!?」
ふらりとよろける大葉さんを、慌てて支える。
「大丈夫か!?」
「あれ」
「どうした?」
「
それはどういう状況なんだ。
「なんか、大丈夫そう、です」
「無理はしなくていいからな」
「やって、みます。みんなが考えてくれた、対策も、ありますから」
大葉さんは拳を握るが、もう震えていない。
まあ、いざとなったら、代わりに俺が歌えばいい。
それよりも今は大葉さんの経験だ。
成功も経験だけど、失敗はそれよりさらに大きな経験になる。
最初から満点を取れる奴なんて、滅多にいない。
「ゴリチョくんがつけてくれた、バンドの名前も素敵、ですし」
「そうですわね、よく考えたら結構良い名前ですわよ。ね、ゴリチョ?」
「で、ですよね、お嬢様!」
大葉さんのフォローに神崎先輩も手のひらクルーする。
というか神崎先輩、いつのまにかゴリチョを呼び捨てだ。
あの「お嬢様とゴリチョの長い夜」に何があったのかは知らない。けれど、そこで何かしらの上下関係が構築されたのだろう。
よく分からんが、頑張れゴリチョ。
「けれど可愛さが足りないわ、やはり却下。再考の余地ありね」
あーあ、ゴリチョ撃沈。
やはりバンド名は大葉さんの意向を汲んだ上で、全員で話し合うべきだよな。
さて、他の参加バンドは……一組か。
【レッド・ホールド・チリソース】
略してレッチリ、ってやかましいわ。
俺だけはレホチリと略すことを心に決めた。
出番は、レホチリ(笑)が先に二〇分。
そのあと俺たちが二〇分か。
持ち時間、結構長いな。
なかなかにヘヴィなステージになりそうだ。
俺たちのバンドの準備は終わり、あとは出番を待つばかり。
テントの隙間から見えるステージではレホチリが演っているが、ステージ前を歩く人々はちらっと見ては通り過ぎていく。
おおむね予想通りの塩ステージだ。
だが、それがいい。
目立つのが苦手な大葉さんには、観客は少ない方がいいからな。
顔バレ防止にパーカーのフードを目深に被る大葉さんの手を握る。
好きで大葉さんの手を握っているわけではない。
神崎先輩の指示だ。
ちなみに、恥ずかしいのは必死で我慢している。
「見ろ、大葉さん。誰もステージに立ち止まって聞いていない」
「はい、でも、少しかわいそう、ですね」
「まあ夏祭りのアマチュアバンドなんて、こんなもんだろ」
「そう、なのですか」
上目遣いの大葉さんに少々ドキっとしつつ、引き続きステージ前の人の流れを観察する。
「お、観客がいるぞ、四人」
レホチリは五人編成のバンドだからギリギリ勝ち、いや負けかな。
しかし、この状況でオリジナルの曲を演るとは、度胸だけは大したものだ。
「ゴーストレックの皆さん、そろそろ準備をお願いしますー」
お、もう出番か。
さあ、行きますか。
「大葉さん、楽しもう」
「はいっ」
レホチリが去ったステージに、俺たちの機材が並ぶ。
機材は、神崎先輩からのレンタル品だ。
「よし、予定通り、いくぞ」
最初は神崎先輩のドラムソロだ。
それが──非常に功を奏してしまった。
女子が叩くドラムはまだ珍しいようで、加えて神崎先輩の美貌が人々の視線を集め、歩く足をその場に縫い付ける。
神崎先輩に続くベースは控えめだが、しっかりゴリチョッパーしている。
次は、俺のギターだ。
今日は軽めの音でコードのカッティングに専念する。
なんせ今日演る曲はJ POPのコピーだ。重いギターは邪魔になる。
そして曲のイントロに入り、フードを深く被った大葉さんが歌い出した時。
──えっ
──この曲、知ってる!
──てか上手くない?
人々が振り向いた。
あっという間にステージ前には数十人が集まって、それぞれに音を楽しみ始めた。
まずいな、初回から人が集まり過ぎだ。
ちらっと大葉さんを見ると。
お、ちゃんと対策どうりに目を閉じて歌っている。
今回の対策は、ふたつ。
ひとつめは、目を閉じる。
ふたつめは、顔を隠す。
つまり、客席が見えない、客席から見えない、そういう状況を作る。
この作戦は、思ったより効果があったようだ。
緊張を表に出すことなく、しっかり歌えている。
それどころか、打ち合わせになかった軽いアドリブまで始めたぞ。
うん。いい傾向だ。
こうやって「ライブは楽しい」という経験を大葉さんが積み重ねていければ、面白いバンドになりそうだ。
こうして初ライブは、予想外の盛り上がりを維持したまま完走できた。
「かんぱーい」
お祭り会場の隅に設置された運営本部のテントの下で、俺たちはジュースの紙コップを掲げる。
なんでも夏祭りが盛り上がったとかで、簡単ではあるがゴリチョの親父さんの計らいで、急遽打ち上げ会場が用意されたのだ。
長いテーブルの上には、出店で売っている焼きそばやタコ焼き、クレープなどが並べられている。
「いやー、凄かったね。本当にありがとう」
自治会長であるゴリチョの親父さんは、ホクホク顔だ。
しかもハッピ姿でちゃっかりビールなんか飲んでいる。
そんな中、居心地悪そうに隅っこに座る、フードを被ったままの大葉さん。
暑いステージで三曲歌った後だし、きっとフードの中は汗ダラダラだろう。
ということで、場所を変えることに。
「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
ゴリチョパパは名残り惜しそうに言ってくれたが、
「夏休みの宿題がありますから」
で通した。
そして、二次会は。
「お疲れ様でしたわね」
エアコンが涼しい神崎先輩の豪邸だ。
相変わらずメイド服のお母さんが、豪華な宴席を用意してくれていた。
フードを取ってようやく落ち着けたのか、大葉さんに笑顔が戻った。
それから数分──
「あらあら、疲れが出てしまってたのかしら」
大葉さんは、眠ってしまった。
初めての体験尽くしだったのだから、無理もない。
俺だって初めてステージで弾いた夜は、泥のように眠ったのだから。
しかし、すごかった。
無関心の人々をあれだけ惹きつけられた要因は、やはり大葉さんの歌だ。
反省会なんか後回しにして、今日は良い結果を噛み締めよう。
あ、この肉、美味いな。
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