第14話 オバケさんと新しい出会い
(第1章終了)
三回目ともなると、大葉さんもスタジオで歌うことに慣れてきた。
持てる歌唱力を遺憾無く発揮した大葉さんの歌を聴くためか、ブースの前に人が集まるようになってきて、大葉さんはスタジオの中でもパーカーのフードを被るようになった。
そして、五回目のスタジオ練習を終えたところで、二人に提案することにした。
「次から他のスタジオに行こう」
スタジオブースを出た、自販機のある休憩スペースで、俺は話す。
「ここには慣れてきたからな。そろそろ他に」
「いいな、いろんなスタジオに行こうぜ」
楽天的なゴリチョをよそに、大葉さんは困り顔だ。
「え、せっかく慣れてきた、のに」
「言ったろ、慣れないことに慣れる、って」
「そう、でした。でも」
俯く大葉さんに、突然ゴリチョが鬼の提案をぶつけてきた。
「スタジオもいいけどよ、そろそろどっかでライブ演ろうぜ」
「ラ、ライ……ええっ!?」
「人前で歌う度胸をつける練習も必要だろ」
それはそうだ、が。
俺たちには別の大きな問題がある。
そう、ドラムがいないのだ。
「あの」
その時、見覚えのない女子から声がかけられた。
振り向くと、白いブラウスに長いスカートに、長い黒髪の、どこから見ても深窓の冷嬢だ。
切り揃えられた前髪の下の目は、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「失礼ながら、二回ほど演奏を聴かせていただきました」
誰だ。つか何者だ。
スタジオの関係者、にしては若く見える。
「え、三年の……神崎先輩!?」
ゴリチョが驚いて声を上げる。
「あら、ご存じでしたのね」
「うちの高校で神崎先輩を知らない生徒なんて、いないですよ」
ゴリチョが答える。大葉さんも頷いている。
「すまん、俺は知らなかった」
「ええ、マジかよウドっち。あの神崎先輩だぞ」
知らん。俺は初耳なんだよ。
肩にかかった長い黒髪を払ったその小柄な女子は、ふふっと笑いながら俺たちと正対して立つ。
「お初にお目にかかります。
まるで中世の貴族のように長いスカートをつまんで挨拶をする神崎先輩は、もしかして厨二病なのだろうか。
「単刀直入に申し上げますわ。私、あなた達のグルーヴに惚れましたの」
「は、はぁ……」
「職人のようなギターに、素晴らしい歌唱。ベースは……ちょっとアレですけれど」
すっかり神崎先輩のペースに呑み込まれた俺たちは、おとなしく神崎先輩の話を聞く流れに。
「見れば、リズム隊が足りていないご様子。私、少々ドラムを嗜んでおりますの」
あれ、この先輩って。
やけに大葉さんを見ている。
「えーと、バンドに入りたい、と」
「そんな烏滸がましいことは申しません。ただ、一助になれたら、と」
回りくどい先輩だな。
しかし、はいそうですかお願いします、とはいかない。
そんなことを考えていると、神崎先輩はレンタルスタジオの受付の人に告げる。
「高橋さん、八番のブースは、空いているかしら」
「はい。一時間は大丈夫ですよ、お嬢様」
え、スタジオK、神崎楽器、お嬢様。
この先輩、もしかして。
「ご想像通りですわ。神崎楽器は
マジもんのご令嬢だった。
「では皆様、いらしてくださいな」
神崎先輩の後を、俺たち三人はついていく。
しかし、細いな。
とてもドラマーというイメージではない。
「ここですわね」
神崎先輩は、長いスカートの中からドラムのスティックを引き抜いた。
……やっぱ厨二病かな。
八番ブースの中。
お淑やかを絵に描いたような美少女は、大きく足を広げてドラムセットに腰を下ろしていた。
なるほど、ドラムを叩いても足や下着が見えないためのロングスカートか。
「さて、どの様なリズムを差し上げましょうか」
「じゃ、じゃあ、普通の8ビートを」
「かしこまりました──ふんっ」
カウントなしで演奏が始まる。
「すげぇ……」
ゴリチョが唸るのもわかる。
そのリズムは正確無比。まるでリズムマシンのようだ。
「さあ、そろそろ参りますわよ!」
その瞬間、リズムが弾ける。
リズムの正確さは変わらない。が、そこに抑揚が乗る。
細かい手数が増えて、しかしリズムは微塵も破綻しない。
「プロ並みじゃん……」
再び溢すゴリチョに、神崎お嬢様は笑みを向ける。
まだ余裕があるのだ。
そして何より、演奏を楽しんでいる。
「なんか、歌いたくなって、しまいます」
いや、聴く者の気分を高揚させ、楽しませているのだ。
俺はゴリチョに目配せして、大葉さんへと向き直る。
「──演ってみるか」
「ひゃいっ!」
急いで楽器の準備をして、大葉さんを見る。
その間も、ビートは正確に刻まれ続ける。
「皆様、乗ってらっしゃいましたわね、では」
ビートが変わる。
この曲は、さっき練習していた曲だ。
「はっ!」
神崎お嬢様の掛け声で、一斉にギターとベースが走り出す。
そこに大葉さんのボーカルが加わって、根こそぎ持っていく。
まるで、数年一緒に演り続けたバンドだ。
まだ素性も知らないドラムに、みんなが支えられている感覚。
この日俺たちのバンドに、新しいメンバーが加わった。
第1章 了
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