第8話 オバケさん怒る
大葉さんの置かれた状況について考えるも、良い打開策は見つからない。
というか、俺がそこまで首を突っ込んで良いのかすら、わからなくなっていた。
同時に、俺自身も小さな問題を抱えている。
「よっ、
「
「
先日、バンド勧誘を断ったはずのゴリチョッパー酒井は、懲りずに俺へ猛アプローチを仕掛けてくるのだ。
一日中そんな調子の酒井に大葉さんも気づいたようで、コソコソとスマートフォンに心配するメッセージを送ってくれる。
大葉さん自身も、周囲からのオバケいじりで大変なのに。
『慣れてますから』
と笑う大葉さんだが、いくら慣れていても平気なわけではない。
我慢の仕方を覚えるだけ。
他人から受けた悪意は、消える事なく心の中に蓄積していく。
そしていつか、大きな問題になるのだ。
「──大葉さんも、何とかしなきゃな」
不意に口から漏れた言葉は、どこにも届くはずはない。
と、思っていた。
放課後。
自分の席を立つと、当たり前のように酒井が俺に引っ付いてくる。
しかし今日は大葉さんとの用事がある。
大葉さんの名前は隠して、それを酒井に伝えたのだが。
「なら、オレも行く」
「帰れ。用事あるって言ったろ」
「と、いいつつも?」
マイクを握るフリをした手を向けて来るのが、マジでウザい。あとチャラい。
俺は最後通牒を突きつけるつもりで、酒井に向き直る。
「なあ、本当にやめてくれないか」
「えー、いいじゃん」
何が、いいじゃん、なのか。
これだけ断っても効果がないのか。
俺の願いは、いいじゃんのひと言で無かったことになるのか。
冗談じゃない。
あくまで俺の都合や感情を考慮しないというなら、もう容赦しない。
声音を一段下げて、酒井へ事務的に伝える。
「これ以上俺に付きまとうなら、俺はお前を完全に遮断する」
「なになに、それってどういう意味なん?」
ダメだ、真面目に話を聞く気はないらしい。
軽い言葉で返す酒井に、俺は最後の言葉を告げ──
「でもでも、大葉ちゃんとの仲はクラスには秘密にしたいよね。知られたら大葉ちゃん、今よりもっと
「どういう、ことだ」
「オレ見ちゃったんだよねー、楽器屋に一緒に入るところを、さ」
──絶句した。
今のは悪意ではないのかも知れない。
だが、確実に大葉さんと歩いていた件を、脅しの材料として使っている。
「どうする? ねえ、どうする?」
もう、無理だ。
もう、いい。
「酒井」
「ナニナニ、どったのぉ?」
「悪いけど、もう話しかけないでくれ。以上」
「え」
さすがに少しは響いたのか、酒井は真顔になる。
そんな酒井に背を向けて、俺は歩き出そうとした。
「ま、待って、くだ、さい」
微風のような弱い声に振り向くと、息を切らした大葉さんが立っていた。
「大葉さん……」
今まで、大葉さんが校内で俺に話しかけてくる事は、一切なかった。
校内で接触することでクラスの奴らから変に勘繰られるのが、俺も大葉さんも嫌で、面倒だった。
あいつら、なんでもかんでも恋愛に繋げたがるからな。
しかしその危険を冒してまで、大葉さんは教室で話しかけてきたのだ。
「
教室に残っていた数人の生徒が、一斉にこちらを見る。
普段の大葉さんからは想像の出来ない、それくらいの大声だった。
「
打って変わって弱々しい大葉さんの声は澄んでいて、そんな大葉さんの声帯に大きな声を出させてしまったことを悔いる。
「酒井、場所を変える。着いてこい」
とにかく
俺は大葉さんの手を引いて教室を、そして高校を出る。
たどり着いた先は、人気のない公園だ。
「酒井」
「……なんだよ」
おとなしく着いてきた酒井は俯きつつ、そっぽを向いている。
「さっき大葉さんが言った通り、今日は大葉さんと貸しスタジオを見に行く約束がある」
「スタジオ……?」
「だが酒井、それはお前には関係ない」
酒井は黙って聞いている。そんな酒井に、俺はさらに畳み掛ける。
「おまえが言っていた俺と大葉さんの関係も、さっき秘密ではなくなった」
「けど、オレは」
「どんな理由があっても、変わらないよ」
大葉さんは目に涙を浮かべて、俺の袖を引っ張る。
「
が、ここで止めたら、大葉さんの扱いはさらに酷くなるかも知れない。
「俺はさ、自分の性格が良いなんて思わない。自分がいつも正しいなんて思わない。けどな酒井」
何か言いたそうな酒井を置き去りに、俺はとどめの言葉を吐く。
「俺、卑怯な奴は嫌いなんだ。そして、仲間を傷つけようとする奴は、死ぬほど嫌いなんだよ。悪いな」
──スタジオまでの道すがら。
俺と大葉さんは二人並んで歩く。
今までのように、周囲に気を配ったりはしない。
気をつけるのは、楽器屋で会った黄川先輩くらいだ。
堂々と、二人で並んで歩く。
「……
市内を流れる二級河川の橋の上で足を止めた大葉さんは、何かを言いたげに俺の顔を見上げてくる。
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