第5話 オバケさん落ち込む




「トラブルメーカー?」

「ウワサだけどね。でも、何もなかったら、そんなウワサはないでしょ?」


 そうかもしれない。

 が、そうじゃないかもしれない。

 人間は、残酷だ。

 自分の愉悦、酷い場合は暇つぶしで、他人を傷つけられる。

 現に、今の大葉さんがそうだ。

 大葉さんに直接ちょっかいを出しているのは、数人の女子グループだ。

 彼女らは、大葉さんが困ったり戸惑うのを見て、楽しんでいる。

 つまり、オモチャにしている。

 そしてそれを大葉さんが望んでいるとは到底思えない。

 ──思考を戻そう。


「で、どんなウワサなんだ」

「部活で暴れてクビになったとか。真相は知らないけどね」


 ああ、その類のウワサか。

 周囲に不満でもあったのだろうか。

 いや、それとも……って。

 他人のことは、どうでもいいか。


「わかった。情報ありがとう」

「ううん。宇童うどうっちは捻くれてるけど純粋そうだからさ、念のためってヤツ」


 褒め言葉、じゃないな。確実に。


 放課後。

 今日は大葉さんからの呼び出しもない。

 そのまま帰ろうとした時。


 ふと大葉さんが俯く姿が、目に飛び込んできた。


「あー、今日の大葉ちゃん、結構落ち込んでるねぇ」


 バッグを抱えて席を立って茶町が言う。


「え、見てわかるのか」

「なんとなくだけどね。雰囲気っていうか」


 そういうものなのか。

 気になった俺は、大葉さんにメッセージを飛ばす。


『今後の活動について、聞いておきたいことがある。駅裏の公園で軽くミーティングできるか?』


 すぐにOKの返事が来た。




 駅裏の公園は、狭くて目立たないけれど、結構充実している。

 いわゆる児童公園ではなく、半端に余った土地をとりあえず公園にしたような感じだ。

 けれど東屋があって、自販機もある。

 俺は好きな公園だ。


「お、おまちどお、さま、です」


 タタっと小走りでやってきた大葉さんは、挨拶するなり俯いて顔を隠す。


「おう、お疲れさん」

「あの、これ」


 大葉さんが差し出すのは、ペットボトルの烏龍茶だ。

 どこかのコンビニで買ったのか、コンビニ模様のテープが貼ってある。


「悪いな」

「い、いえ」


 ペットボトルを受け取ると、大葉さんは俺から離れて座る。

 ……まだ信用されてない、のかな。

 そりゃそうだ。

 まだ俺たちはたった一曲、一緒に歌っただけ。

 信用なんて簡単にできるものではない。

 苦笑をひとつ、俺はペットボトルを開けて口に流し込む。

 美味い。

 横を見ると、大葉さんも烏龍茶のペットボトルを傾けている。


 どうしよう。

 言っておくべきか。

 いやしかし、まだ何かを言う関係性ではない。


「どうか、しました?」

「あ、いや……」


 何かを察知したのか、大葉さんは小首を傾げて俺を見る。

 前髪の奥、眼鏡の向こうの瞳がすごく綺麗……いかん、違う。


「違う」


 うっかり声に出しちまった。


「えっ……」

「いや、違う。てか違うってのが違うっていう意味な」

「はぁ……」


 なにを慌てているんだ俺は。

 別に言い訳するようなことじゃないのに。


「今日の龍ノ瀬たつのせくん、なんか、変、です」


 変、か。

 たしかにそうかも知れない。


「あ、べつに嫌とか、そういうことではない、ですよ」

「いや、申し訳なかった。気がついたら大葉さんが気になって」

「え……それって、ふぇええええええ!?」

「ち、ちが、そういう意味じゃなくて!」


 頭を下げると、大葉さんはわたわたと慌て始めた。

 前髪の奥に見える顔は真っ赤に染まって、様子も変だ。


「風邪か?」

「ち、違いまふ」


 あ、噛んだ。


「今日は、帰るか」

「らいじょうぶ、れす」


 うん、大丈夫じゃないな。


「とりあえず、今日はこのまま帰るか?」

「本当に大丈夫、ですから」

「わかった。でも無理はするなよ」

「はい」


 さて、本題に入るか。


「文化祭で歌いたい曲の候補はあるのか?」

「特にはないです……今は」


 ならば、どうして文化祭のステージに立ちたいのだろうか。

 だが、そこで考える。

 俺は、大葉さんの願いを叶えると約束した。

 今さら文化祭のステージに立ちたい理由を聞いたところで、約束は約束。

 それなら、聞かないほうがいい。


「じゃあ、楽器屋に行ってみるか」

「楽器屋さん、ですか」

「ああ。楽譜もたくさんあるし、良い曲が見つかるかもしれない」

「い、行きます。行って、みたい、です」


 我ながら下手な誘い方だ。

 しかし、落ち込んでる大葉さんの、ちょっとした気分転換になれば、それでいい。

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