第4話 オバケさんと不穏な男子




 大葉さんとの話し合いの結果、しばらくは個々の活動を続けながら、定期的にミーティングをする事となった。

 大葉さんの情報では、文化祭のステージは持ち時間二十分、およそ三曲か四曲分だ。

 既存の曲をるだけの力量なら、すでに俺も大葉さんも持っている。

 文化祭前に何度か音合わせすれば足りるだろう。


 だが、人前で歌えるようになるには、どうしたらよいのか。

 考えても、答えは出ない。


 時折ナイフミドルな大葉さんのじいちゃんが口を挟んできたが、大葉さんの「おじいちゃんは黙ってて」のひと言でカウンターの奥で小さくなっていたのが滑稽だった。


 しかし、あのオバケさんとこうして面と向かって話をする事なるとはな……。


 つか、目の前で歌う光景を見た今でも、オバケさんの動画と目の前の大葉さんが重ならない。

 というか。

 目の前で歌う大葉さんは、ネットで観る歌姫オバケさんの動画以上の衝撃だった。

 けれど、まだ実感が湧かない。

 あの歌姫「オバケ」さんと、教室で見る普段の大葉さんが、脳内で一致しないのだ。

 そして、いま目の前に座る大葉さんも。



 帰宅したのは、どっぷりと日が暮れた後だった。

 いつものように学校の課題を済ませ、ここからが俺の時間。


 父親の餞別であるパソコンを立ち上げて、鍵盤を繋ぐ。


 けれど何をしようか、まとまらない。

 パソコンに繋いだ鍵盤を適当に押さえると、気持ち悪い不協和音が鳴った。


 なんだ。

 何がしたいんだ。


 試しに簡単なコードを弾いてみる。カノンコードの変形だ。

 C、Am、Em、G。

 違う。

 こんなんじゃない。

 もっとこう繊細で、澄んでいて、でも力強くて──


 ふと、我に返る。


 なぜ俺は曲を作ろうとしている。

 バンドは解散したし、ソロで演るなら出来合いの曲でいい。

 そもそも何故、ギターじゃなく鍵盤なんだ。

 ピアノなんて、とっくにやめたのに。


「……バカバカしい」


 鍵盤を手元から遠ざけて、代わりにアコースティックギターのネックを引っ張り上げる。


 椅子に座ったまま右の腿にギターを乗っけて、また適当に弦を押さえてアルペジオ。

 一本一本、順繰りに弦を弾いていく。

 やがてそれはひとつの旋律にたどり着く。


 昔の、超世界的なバンド。

 とうの昔に解散していて、けれど未だに多くのミュージシャンに影響を与える、ブリティッシュバンド。


 そのバンドを代表する、音楽の教科書にも載る一曲。


 なんとかなるさLET IT BE





 翌日、教室で見る大葉さんは、いつも通りの隅っこキャラだった。

 移動教室の時は、いつのまにか消えて、いつのまにか移動先に現れる。

 隠密スキルでも身につけているのだろうか。

 そして、相変わらず独りで行動している。

 一緒に過ごす相手がいないのか、昼休みは教室から姿を消す。


「よっ」


 昼休みは終わりを迎え、五時限目が始まる間際、突然誰かに肩を叩かれた。

 振り向いて顔を見る……え、この男子生徒、誰だっけ。


龍ノ瀬たつのせさ、今日ずっと大葉さん見てなかった?」


 アルカイックスマイルというのだろうか、その男子生徒は口角のみを上げた笑みで、俺に話しかけてくる。

 てかなんかチャラい。


「いや、別に」

「えーっ、絶対見てたって。だって大葉さんの顔、ちょっと赤いもん」


 大葉さんへ目を向けると、視線がぶつかった。

 その瞬間、大葉さんは顔を伏せる。


「な? 大葉さんも龍ノ瀬たつのせに気があるんだよ」

「そんなんじゃないだろ」

「まあそう言うなって。恋愛の相談なら乗るからさ。またな」


 言うだけ言って、そのチャラい男子生徒は自分の席に戻っていった。


「酒井が来てたけど、何の話だったの?」

「なんでもない」


 隣の席の茶町のおかげで、あの男子が酒井というのを思い出す。

 が、どうでもいいことだ。


「ま、酒井には気をつけた方がいいかも」


 それはどういうことですか茶町さん。


「あいつ、トラブルメーカーらしいよ」


 なんか、どうでもいいとか、言っていられなくなりそうな予感しかしない。

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