第3話 呼ばれる
「え!?ばあちゃんなに?呼んだ?」
「呼んでないけど?」
僕は確かに声を聞いた。
『みずいろ』と呼ぶ声がした。
でも確かにばあちゃんの声色よりずっと若い凛とした声色な気もする。
『みずいろ、探して。楽譜を探して。』
聞こえた声は、女性とも男性とも取れるような中性的な声。
「また聞こえた・・・!」
僕は行李を探す。
「ばあちゃん、今声が聞こえた!楽譜探してって!」
「なんですって・・・!」
祖母は驚いていた。そしてすぐに曾祖母の行李に目を移す。
今までに無い慌てようだ。
『みずいろ、私は楽譜だよ。隣にはバッハの楽譜がいる・・・それに、エルガー、バルトーク・・・・』
声の主は、自分は楽譜だと言った。
凛とした声が僕の頭の中に響く。
「ばあちゃん、楽譜は隣にバッハがいるって。あとエルガーとバルトーク」
僕が言うと、祖母はハッとしたように顔を上げた。
「水色、楽譜の部屋に行って、ピアノの棚かスコアの棚を見てきてくれる?
ばあばはこのまま行李を見てみるから。」
祖母の家の一部屋は、音楽の部屋だった。
グランドピアノと楽譜の棚があって、その横にはレコードやCDがある。
確かにそこには何冊ものピアノ譜も、オーケストラのスコアが棚にしまわれていた。
『みずいろ、こっち。』
先程よりもはっきりと声が聞こえる。
楽譜の部屋に向かうと、棚の一部から光が漏れていた。
『みずいろ、みずいろは音楽は好き?』
「え?うん。」
『音楽で人を幸せにできると思う?』
声の主は僕にたずねる。
この声の主は、なぜそんなことを聞くのだろう?
「どうして?」
『私の魔法の力やコラールの楽譜の魔法を巡って、沢山争いが起きたからだよ。』
その声は、凛としていながらも悲しそうだった。
『魔法が無くても、歴史の中で音楽は戦いとは切り離せない。
信号ラッパもプロパガンダも・・・』
難しい言葉は僕には分からない。
ただ、僕はその悲しげな声に耳を傾けていた。
光が漏れている棚に近づくと、更に光の強さが増した。
(・・・眩しい)
きっと声の主は望んでいる。
音楽で人を幸せにすることを。
そして、コラールの楽譜の力を必要としている。
「僕は・・・」
僕は棚に手を伸ばした。
「僕は『とっておきの素敵な歌』を知ってる。元気と勇気がでるようにって。
それで僕はいつも元気も勇気も貰うよ。
だから、僕は音楽が人が幸せになれるって信じたい・・・!」
手を伸ばして楽譜の棚に触れた瞬間、フラッシュのようにビカビカっと光が瞬く。
そして光の中からひらひらと舞い降りてきた一枚の羊皮紙。
僕は慌てて手に取る。
『みずいろ、あなたが知ってるとっておきの素敵な歌を聞かせて』
僕は頷く。
羊皮紙は真っ白で、楽譜がかかれていない。
そうだ。
僕はずっと疑問に思っていた。
『とっておきの素敵な歌』の歌詞。
別に子守唄のように優しい歌詞でもなく、むしろ不安を煽るんじゃないかと思うような歌詞。
元気と勇気がでるように。
『みずいろ、これはあなたの歌』
僕は小さく息を吸い込み、そして『とっておきの素敵な歌』を歌った。
水色のコラール 大路まりさ @tksknyttrp
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