第1話 思い出の歌を口ずさむ



「元気と勇気が出るように」


小さな頃から母や祖母が、歌を歌ってくれた。

母も祖母も音楽関係の仕事をしていて、僕も自然と音楽に携わっていた。


小さな頃からリトミックに通って、気がつけば毎日ピアノを弾く。

僕にとっては自然で、普通だった。

それでも、学校で披露したりすることは無かったけれど。


母や祖母が昔から聞かせてくれた歌は、『とっておきの素敵な歌』らしい。

題名と言う題名は無いが、母も祖母も曾祖母から歌われていただけで、特段意味があるわけじゃないらしい。

それでも、不思議と赤ん坊は泣き止むし、転んでも痛いのは飛んでいくし、育児には最適だった。


でも僕はこの『とっておきの素敵な歌』を聞く度に懐かしいような泣きたくなるような、不思議な感覚だった。


高校一年生になった今も、僕はたまに口ずさむ。


『元気と勇気がでるように』


高校生活ではまだあまり仲の良い友達ができていなかった。

もう7月になるのに。

「おはよう」と「じゃあね」と隣の子に挨拶するくらいで、馴染んでいるとは思えなかった。


7月に入ったら、すぐ夏休みになる。

それまでに馴染めるとは到底考えられない。


可もなく不可もなく。虐められているわけでも、ハブにされている訳でもないから、余計に自分の立ち位置がわからない。

特に問題が起きないからこそ刺激もなくただ日常を過ごす。


『元気と勇気がでるように』


この歌になんの意味があるのかわからない。

ただ、元気の出ない時に口ずさむと、不思議と体が温まるような気がする。

歌詞の内容に元気が出るような感じはしない。


どうしたらいい?

どうしたら僕は僕が納得出来る生活ができるんだろう?


「ね、天草、その曲なんの曲?」


ある朝、隣の席の女子が言った。


「よく鼻歌うたってるから気になっちゃった。」


ニカッと笑ったその女子は、ポニーテールで明るくて、クラスでもよく目立つ。


「あ、ごめんね突然。」


「いや、いいんだ。好きな歌で。落ち着くんだ。」


「そっかそっか。天草君て、珍しい名前だね。水色って。天草水色って芸能人みたい」


さっきの元気な笑顔と違い、ふんわりと笑った顔が可愛い。いや、なんだそりゃ。

僕は慌てて返事をした。


「春日さんも凄く素敵な名前だよね。夜羽よはねって。外国みたい」


「あはは、そうかも!私のママ、ミーハーだからさ、ちょっとキラキラネームっぽいよね!でも私は気に入ってる。」


「僕は素敵だと思う。」


女子とまともに喋ったのはこれが初めてだった。

挨拶以外にこんなに話せるなんて。

彼女をみると、彼女は少し照れたように笑った。


「天草君て、いい人だね」


僕はそんな彼女の顔を見て、少し顔が熱くなった。


『元気と勇気がでるように。』


本当に元気が出るなんて。

僕は嬉しくなった。

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