第13話 勇者ミツバの決断

 サイクルに訪れた瞬間に勇者ミツバはすぐに気づいた。

 132年前、世界が瘴気に包まれていた時代に漂っていた魔族特有の匂い。



「こんな時、彼らがいたら心強いんだけど」



 ミツバは誰もいない会談室で弱音を吐いた。

 その弱音は勇者ミツバとしてではなく、ただ志津里光葉しずりみつばとしての弱音だった。



「そんなに怖いのか?」


「んっ!?誰!!」



 背後から聞こえた野太い声にミツバは反射的に聖勇武器を纏って振り返り拳を突きつけた。



「おおっと、いきなり武器を突き付けるなんて勇者としてどうなんだ?」


「いつからいたの?」



 背後にいたのは髭ずら茶髪の男だった。



「ずっとさ、あんたたちが来る前からずっと俺はここにいた」



 一粒の冷や汗をかくミツバはかなり警戒していた。

 なにせ、この男の言葉が事実ならば勇者である私を欺けるほど実力を有しているということになるからだ。



「そう警戒するなら、この規則正しい服をよく見ろ。

 どこかで見たことがあるだろ?」



 ミツバは警戒しながら視線を徐々に下げ、服をよく見た。



「冒険者ギルドの職員?」


「正解だ!俺の名はゲイル。

 ここサイクルの冒険者ギルドの職員だ。

よろしくな、お嬢ちゃん、いや勇者ミツバ様」



 冒険者ギルドの職員はみな、元凄腕の冒険者だと聞いたことがある。


 だとしたら、この男も…………。



「ギルド職員がなぜ、無断に盗み聞きを?こんなことがばれたらただではすまないでしょ」


「だろうな。だが俺はそれよりもこうして勇者ミツバ様と話すことのほうが重要だと判断したんだ」


「…………ゲイルさん。あなたは一体、何者ですか」



 するとゲイルは冗談げに笑いながら答えた。



「ただのギルド職員に決まってるだろ。

それよりこうしてわざわざ接触しにきたのは確認したいことがあるからだ。

まあ、とりあえず、座れよ。

立ったままだと落ち着かないだろ?」



 ミツバは警戒しながら互いに向かい合う形で座った。



「それで確認したいことってなんですか?」


「もし、今回、進軍している魔族の中に魔王がいるとしたら、勇者ミツバ様は命をかけて戦うか?」


「…………当たり前です。勇者として、それが最善な選択ならば私はかつての彼らのように命をかけて戦う覚悟です」


「へぇ、立派な覚悟。さすが勇者様だな。だがこれを見て果たしてその威勢が保てるかな」



 ゲイルはポケットから一枚の写真を取り出し、ミツバに見えるように机に置いた。



「これは…………っ!?ま、魔王!?」


「噂はすでに耳にしていると思うが、これが魔王が復活した証拠だ。

さて、もう一度、確認しよう。

勇者ミツバ、お前は命をかけて戦う覚悟はあるのか?」


「…………」



 ミツバは小さく唾をのんだ。


 …………魔王か。


 勇者であれば、一度は魔王の素顔を見たことがある。

 誰もが魔王を見て絶望し、勝てないと悟った。だけど、たった6人だけど立ち向かった勇者がいた。それがいずれ六英雄と呼ばれる勇者の存在だ。


 そして今、目の前の写真には魔王と瓜二つの姿が映されていた。



「これを信じろと?」


「勇者ミツバ様ならわかるだろ?なにせ、その目で見たことがあるんだからな」



 艶やかな灰色の髪に、綺麗な真紅の瞳。


 間違いなく、容姿だけ見れば魔王でしょう。だけど、それを認めたくない自分がいる。



「どうやら、覚悟は偽物だったようだな。まあ、わかっちゃいたがな」


「ゲイルさん、あなたは何がしたいんですか?」


「断言しよう。こいつは間違いなく魔王だ。偽物じゃない。

そして今回の進軍では前線を張るはずだ。

つまり、かなり絶望的、勇者ミツバ様が前で戦わなきゃ、戦いにするらないだろうな」


「…………それが本当なら」



 一番最初の魔王との戦いは勇者全員で戦った。

 でもまともに戦えていたのは六英雄の彼らだけでそれ以外はお荷物だった。


 もちろん、その中に私も含まれていて、その時の絶望感は今でも心の刻まれている。


 勇者ミツバでは魔王に敵わない。そもそも立っている土俵が違うって。


 そう自覚すると、ミツバの右手が小刻み震え始めた。



「それが勇者ミツバ様の弱さか…………いいもんが見れたな。そんじゃあ、確認したいことも確認できたし、ここでおさらばしますか。まだやることがあるんでね」



 ゲイルは立ち上がり、堂々と会談室の扉の前に立った。



「待って!本当にあなたは何がしたかったんですか?私の心を揺さぶって一体…………」


「ただの見極めだ。今の勇者ミツバにこの件を片付けることができるのか、をな」


「ゲイルさんは本当に一体、何者なんですか?魔王のことも私のことも詳しいようでしたけど」


「ただのギルド職員って何度も言っているだろ。

 だがまあ、そうだな。それだけじゃないのも確かだな」



 ゲイルはニヤリと笑うと、ミツバはゲイルの違和感のある魔力に気づいた。



「あなた、まさか!」


「じゃあな、勇者ミツバ様。健闘を祈るよ」



 そのままゲイルは会談室を後にした。



「…………そんなことが本当にあり得るの?いや、考えすぎよ。それより」



ミツバは残された写真を握りしめる。



「魔王…………私が戦って勝てるの?」



 魔王のことを思い出し、弱腰になっているところに。

 

 コンコンと扉のたたく音と一緒に、ガーラくんが姿を見せた。

 ミツバはすぐに写真をポケットに隠し、右手も見えないように後ろに回して隠した。



「ミツバ様、失礼します。ミツバ様?」


「んっ!?が、ガーラくん、どうしたの?」


「いえ、バックの投獄が終わったのと、参加する冒険者の人数を把握したことを報告しに」


「そ、そうご苦労様。」


「…………ミツバ様、何かありましたか?顔色が優れないようですが」


「そ、そう?変だな~~」



 ガーラくんが気づくほど今のミツバは顔に出ているのだろう。

 そこで、ミツバは。



「ガーラくん、真剣な質問なんだけど、私ってどんな人間に見えているの?」



 するとガーラは迷うことなく。



「正義感が強く、真っ直ぐで諦めない。誰よりも仲間のことを思っておられる勇者の鏡のような人間です」



 きっぱりと答えたのだった。



「そうだよね。うん、私ってそういう人間だった」


「ミツバ様は何にか怯えているのか、悩んでいるのか、私にはわかりません。

ですが、もし相談できることであれば、いつでも頼ってください。

私達は仲間なんですから」


「ガーラくん…………いつからそんな立派に」


「み、ミツバ様!?なぜ泣いているんですか?」


「うれし涙だよ」



 もし、魔王が相手だとしたらきっと私は勝つことができない。


 でもみんなで力を合わせれば、勝てるかもしれない。勝てなくても進軍を止めることはできるかもしれない。


 ミツバは決心した表情を浮かべた。



「ガーラくん、集めている冒険者、そして騎士団を集めて」


「ミツバ様、いったい何を」


「本作戦、進軍してくる魔族をサイクルで迎え撃つ作戦を変更し、私たち自ら戦場へ赴きます」



 本作戦の変更にガーラは慌てた表情で。



「なぁ!?それは本気ですか?そんなことをしたら、命令違反だけでなく、甚大な被害が」


「これは決定事項だよ。それに魔族側には魔王がいる。守りに徹した戦い方は死者を増やすだけ。ここは私を信じて、ガーラくん」


「魔王、まさかあの噂は本当に…………。

 わかりました。私はミツバ様の聖騎士、信じないわけにはいきません」


「ありがとう。安心して、私がいる限り負けないから」



 ミツバは守りに徹せる戦い方ではなく、攻める戦い方を選んだのだった。



■□■



 ―――冒険者ギルド。



「ゲイルさん、仕事をさぼってどこに行っていたんですか?」


「ちょっとな。それより冒険者たちはどうした?一人もいないが」


「勇者ミツバ様の命令で作戦に参加する冒険者を収集したんです。まあ、その場にいなかったゲイルさんが知るはずもないですけど」


「へぇ…………急かしたかいがあったってことだな」


「それはどういう意味ですか?」



 首傾げるギルド職員だがゲイルは気にせず、背を向けた。



「まあ、面倒な仕事が減るならラッキーだな。じゃあ、俺は寝るからあとよろしくな」


「ちょっとゲイルさん!?」



 ゲイルはそのままソファーに寝そべり、寝てしまった。



「もう、吞気なんですから」



 彼女の名はティーフ。

 ゲイルと同時期にギルド職員になった腐れ縁である。


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