第9話 ひと時の楽しみ
サイクルに戻り、俺はチグサにご馳走を振る舞った。
チグサはすごく楽しそうで、こっちも見ていてすごく微笑ましかった。
「すっごく楽しかったです」
「それはよかった」
ルンルンなチグサはずっとニコニコで、まるで無邪気な子供。魔王にはとても見えない。
「やっぱり、髪色を変えたのは正解だったな」
街中でご飯を食べる以上、フードを被った状態では食べにくいし、多分、楽しめない。そう思った俺はチグサの髪色を赤に変えた。
おかげでチグサはフードを脱いで、楽しむことができた。
「しかし、もう夜か…………チグサ。そろそろ宿に行くぞ。ついてこい」
「うん!」
本当にそこら辺にいるただの子供。そんな子が実は魔王だなんて、誰も気づかない。
宿に向かっている途中、チグサは足を止める。
「どうした?」
窓ガラスの向こう、ごく普通の帽子にチグサは目を輝かせている。
「ほしいのか?」
「え、いや…………その可愛いなと思って、帽子」
今、気づいたがチグサの服装は汚れた布切れであまりにも奴隷ぽい服装だ。
まだお金は残っているし、ちょうどいいか。
「よし、チグサ、ついてこい」
「え、ちょっ………シンくん!?」
俺はチグサの手を引っ張りながら、覗いていたお店に入店した。
「とてもお似合いですよ」
「は、恥ずかしいです」
「よし、全部買おう」
偶然にもチグサが興味を示した帽子を売っているお店はファッションを専門として服屋だった。
そこで俺は帽子ついでにチグサの服を何着か見繕ったのだが。
可愛い、可愛すぎる。
「お客様、こちらなんかも彼女さんに似合いだと思うのですが」
「よし、それも買おう」
「シンくん!?」
服はたくさんあっても困らないし、生活するうえでもいずれ必要になる。
そう、これは必要なこと。決して、可愛いからという理由で買っているわけではない。
「あと、あの帽子も下さい」
「かしこまりました」
こうして、買い物を終えると、買った一着の服と帽子を被ったチグサと俺は店を出た。
「チグサ、似合ってるぞ」
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしそうに帽子を深くかぶるチグサは少しだけ耳が赤かった。
「嫌だったか?」
「いえ、そんなことは!ただ、こんな華やかな服を着たことがなかったので、その特に下がスースーしてて………恥ずかしいというか」
「そうか、ごめんな。良かれと思ったんだ…………無理しなくていいぞ」
可愛かったもんだから、チグサのことを考えずに選んでしまった。
反省しないとな。
「せっかくシンくんが選んでくれた服を着ないなんて、私にはできません!!大丈夫です!!」
「そ、そうか。まあ、無理はするなよ。本当に」
思わぬ気迫に押されるシンだが、そんなチグサもまた可愛く、周りを見渡すと視線を集めていた。
…………可愛いって罪だな。
寄り道を経て俺達は宿に到着した。
「フカフカです。すごくフカフカです!シンくん!!」
「奮発していい宿にしたからな。ぐっすり眠れるぞ」
「あったかい。すごく…………ふぅ」
フカフカのベットに身を包んで数秒後、チグサは眠ってしまった。
「もう寝たのか」
サイクルに戻ってきて、休まず遊んだから、眠くなるのも仕方がない。
「まあ、俺には好都合だな。そんじゃ、俺は」
チグサが寝たことを確認すると部屋の扉の前に立った。
「ずっとチグサの後ろをつけまわってる輩を始末するとしますか」
■□■
チグサの事情を聴いた時点で、俺は魔王との再戦を諦めることにした。
もともと、噂を手掛かりに魔王を探し、心を置きなく戦うのが目的だったわけだが。
噂は本当でも俺が知る先代の魔王と今の魔王は別人で、記憶もない。それにどう見たって普通の女の子だ。戦ったとしてもこの熱が冷めることはないだろう。
だから、諦めたんだ。
そして、同時に思った。
チグサの力になれないだろうかと。
彼女の願いを叶えることはできないだろうかと。
大きなおせっかいかもしれないが、そう思ってしまったんだ。
「…………出てきたらどうだ。後ろからつけていたのはわかってる」
宿を出るとすでに周りの明かりはほぼ消えており、歩いている人は誰一人としていない。そんな中でシンは、殺気を乗せた低い声を放った。
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