第8話 チグサのやりたいこと
「南東方向…………第一防衛線って私がここに来る前に通った…………そこで何かあったんですか?」
「うん?知らないのかって、そうか、知るわけないよな」
第一防衛線が突破されたことはまだほとんどの人が知らない情報だ。
…………うん?今、ここに来る前に通ったって言ったか?
「チグサ、お前、ここに来る前は第一防衛線あたりにいたのか?」
「え、あ、はい。第一防衛線近くのトネリという街で」
「…………そういうことか」
第一防衛線を襲ったのは魔族だ。
そして、魔族の狙いは逃げ出した魔王の転生体。
なるほど、これなら魔族が大胆に行動した理由に納得ができる。
だって、魔王さえいれば、今の人類に勝ち目なんてないのだから。
「シンくん?」
「…………」
俺は現状を見て、自分が今、危うい立ち位置にいることを理解した。
おそらく、今、攻め込んでいる魔族にチグサを差し出せば、その場で進軍を止めるだろう。だがそうすれば、魔王は魔族の手に落ちる。
そしたら、もう人類に勝ち目はない。だってもうかつての六英雄はいないのだから。
まあ、チグサは先代の魔王ほど強くて、人類を滅ぼしたいかはわからないが、記憶を取り戻した場合、魔王として動く可能性は十分に考えられる。
「…………と、とりあえず、もう少し魔物を狩らないか?」
「え、でも依頼はもう」
「まあ、そうなんだが、どうせならチグサの本気が見てみたいと思ってさ」
「本気ですか?」
「俺が戦った先代魔王は魔法も剣術も格闘術も使っていたし、チグサの動きから見ても本命は剣だろ?」
「ど、どうしてわかったんですか!?」
そりゃあ、魔王と戦った時も剣を使っていたし、と言う必要はないと思うが動きから見ても基の動きは剣術によるものだということはすぐに分かった。
「俺を誰だと思ってるんだよ。もと六英雄の一人、シン・アキミヤだぞ。見ればわかるって。というわけで、付き合ってくれるか?」
「わかりました。シンくんには恩があるので、私の本気、お見せします」
「いい顔になったな」
正直に言うと、少しだけ情報を整理する時間が欲しいのが本音だ。
現状、チグサをほっておけば、また魔王と人類の総力戦が始まりかねない。
ここは慎重に情報を整理して、動かないと。
「うん?どうした、チグサ。顔が赤いぞ?」
そう言われてはじめて気づいたのか、チグサは両手でほほを重ねる。
「あれ?なんでだろ、今日はそこまで熱くないのに」
か、可愛いすぎないか。
チグサの女の子らしい一面を初めて目にした瞬間であった。
■□■
先代魔王の実力は俺が一番よく知っている。
だから、魔王の転生体であるチグサの本気を見ても驚くことはないだろうと思っていた。
だが、実際は。
「私、まだまだいけます」
「無理はほどほどにな」
え、先代魔王より強くね。
お昼が終わり、チグサの本気を見るべく森の奥へと進んだのだが。
迫りくる魔物を俺が貸した剣で一刀両断、危険度Bのベヒーモスを瞬殺、さらに危険度Aのオークキングさえもいとも簡単に倒してしまった。
「ここのオークキング。なかなか倒せなくて多額の報酬金がかけられてるんだけどな。さすが魔王というべきか」
今の彼女の実力は見た限り、全盛期の俺以上だと言わざる負えない。と言っても殺し合いとしての本気を見ていないから、断言はできないけど。
でも、最低でも今健在の勇者の実力は確実にある。
むしろ、どうして逃げていたのかわからないぐらいだ。
「なぁ、チグサ。それだけ強かったら、追ってきている相手を殺せばよかったんじゃないか?」
「…………私、今まで人も魔族も殺したことがなくて。ちょっと怖いんです。この手で殺めるのが」
「魔王なのに?」
「変ですか?」
「いや、むしろ普通だな」
魔物は殺せるけど、他は殺せない。魔王としてそれはどうなのだろうかと思うが、今にして思えば、魔王にしては大人しいような気がしてきた。
これじゃあ、魔族というより人間に近い。
「俺も昔は殺すのをためらったもんだ。もう慣れちゃったがな」
「なれたほうがいいですかね?」
「うん?う~~~ん。別に慣れなくていいんじゃないか?魔王になりたいわけでも、戦いたいわけでもないんだろ?」
「…………どうなんでしょう。私、あまり自分がわからなくて。今私が何をしたいのか、とか特になくて」
今さらながら、チグサには自分の確固たる意志がないことに気づいた。
おそらく、ここずっとかすかに残る記憶を頼りに動いてきた結果なのだろう。
「やりたいこともないのか?」
「う~ん、強いて言えば旅がしたいかもです。
ずっと追われて、つらかったけど、その道中で見た光景は新鮮で、楽しいなって思えて、そんなまだ私が知らない世界を旅してみたい」
目を輝かせながら語るチグサは無邪気な夢を見る子供だった。
「でも、私が魔王である限り、叶わないと思いますけど」
「…………そろそろ狩りはここまでにして、サイクルに戻るか」
「もう終わりですか?」
少し残念そうなチグサを見て、俺はクスっと笑う。
「なに残念そうなんだよ。まだまだ1日は長んだ。夜まできっちり付き合ってもらうぞ」
「い、いいんですか?」
チグサは首をかしげた。
「いいんですかは少し言葉が違うような気がするが、夜まで追っては襲ってこないと思うし、襲ってきたらまた逃げればいい。どうせなら、楽しもう、チグサ」
「でも…………」
「チグサ、こんな機会なかなかないんだ。迷うなら楽しめ。じゃないといつか、きっと後悔するぞ。それに魔王であろうと関係ない、人類、魔族、みんな楽しむ権利はあるし、楽しんじゃいけないわけでもない。それとも、俺と一緒じゃ嫌か?」
「そんなことないです!むしろ、シンくんと一緒なら、きっと、うんうん。絶対に楽しいと思います!!」
「なら、全力で楽しまないとな。そんじゃあ、さっさと素材を剥いで、サイクルに戻ろう。実は、俺、ほっぺが落ちるぐらいめっちゃ美味しいご飯を知ってるんだ。楽しみにしとけよ」
「ほっぺが落ちるおいしいご飯!気になります!!」
こうして、俺とチグサはサイクルへと戻るのであった。
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