第7話 お相子の秘密

 依頼を黙々とこなしていく俺とチグサ。

 1日かかる依頼をなぜか、お昼前に終えてしまった。



「まさか、こんなに早く終わるなんてな、あはは。笑えねぇ」



 チグサの実力はそれなりに理解していたつもりだったが、実際は想像を超え、ほぼ一人で魔物を蹴散らした。



「シンくん、これで全部ですか?」


「ああ、これで全部だ。あとは、素材を剥ぐだけなんだが…………それにしても、きれいに仕留めたな」



 ゴブリン、シャドウウルフを的確に心臓だけを狙って殺している。しかも、素材の状態は最高品質だ。



「えへへ、前回の反省を活かしました」


「反省?」


「素材をダメにしてしまったので」


「素材をダメにってそんなことあった…………な」



 素材をダメにしたというのは、初めて会ったときに戦ったゴブリン戦の時のことだろう。



「別にチグサは冒険者じゃないんだし、気にしなくてもいいんだが、まあいいか」



 そんな感じで、あっという間に依頼をこなしてしまった俺達は森の奥へと進み、広々とした場所へと出た。



「ここまでこれば、誰も盗み聞きできないな」



 正直、ここまで来る必要はないと思うが、今の世の中、どこでだれが聞いているのかわからないし、それに内容は魔王についてだ。


 慎重に事を運ぶのは当然のこと。



「シンくんは私が怖くないんですか?」


「うん?怖い?なんで?」


「だって、追われている身ですし、素性もわかっていない。それに急に私が魔王なんて口走ってし、ふつうは怖がると思うんです」



 真剣な表情を向けられると、たしかに普通なら怖がるか、不審がると思ったが、それは普通の人間ならの話だ。


 それに俺は魔王と面識もある。


 そうか、そういえばチグサは俺の事情を知らないんだったな。



「まあ、簡単に言っちゃ、俺も普通じゃないからな。ちょうどいい、チグサが秘密を教えてくれる前に俺の秘密を教えてやる。これでお相子だ」


「秘密?」


「気になるだろ?なら、まずは座って、空を見上げてみろ。いい景色なんだ」



 魔物がいつ襲ってくるわからない場所で俺はピクニック感覚で座り、雲一つない青空を見上げた。



「見ないのか?」


「…………み、見ます」



 チグサはそっと俺の隣に座り、空を見上げる。



「何もない」


「だろ?それがいいんだよ」



 青空を見上げると、嫌なことを忘れられる。心が穏やかになって、自然と笑みがこぼれる。


 俺は昔から、いやなことや悩みがあるとよく天気がいい日に青空を見上げるんだ。



「実はな。俺、魔王と戦ったことがあるんだよ。もう100年以上前の話だけど」



 その言葉にチグサは目を見開きながらこちらを振り向いた。



「六英雄なんて呼ばれて、戦う選択肢しかなくて、散々だったけど、それはそれで楽しかったんだ。とくに魔王との決戦。

あれは忘れられない」



 悲しみ、そして懐かしみながら語るシンを見てチグサが感じたのはかすかに残る心の中の熱だった。



「そう、俺は六英雄シン・アキミヤ…………いや秋宮信。不甲斐ない話だが、魔王との戦いで生き残り、死ねなくなった英雄の成れ果て。あ、これ、秘密だから、誰にも言うなよ」



 そう言うと、チグサはやけに真剣に顔を近づけながら。



「だ、誰にも言いません!約束する!うん!!」


「顔が近い」


「あ!?ご、ごめんなさい」



 この秘密を知っているのはごくわずか、それこそ片手で数えられる程度しかいない。


 そんな重要な秘密を語ったのは全て、チグサの抱えている秘密を知るためだが、なぜか、心が軽くなったような感覚がシンを襲う。



「どうしたんですか?」


「んっ!?いや、なんでもない。それより、こっちは秘密を教えたんだが、次はチグサ、お前の番だ」


「…………前に言った通り、私、魔王なんです」


「だろうな」


「魔王はね。死んでも転生するらしくて、私はその転生体。

魔王として魔族を率いて人類を滅ぼす使命を背負ってる、らしいです」


「らしい?」



 俺は首を傾げた。



「私、記憶がないんです。本来なら魔王として転生すると記憶を引き継ぐはずなんですけど、私には記憶がなくて、覚えているのは名前も顔もその姿も知らない誰かに会いたいって気持ちだけ」



 魔王が転生する。

 その話は聞いたことがない。


 だが、昔、書物でそんな説が説かれていた本を読んだことはある。


 そもそも、この世界の歴史は200年に一度、魔族の個体の中で極めて膨大な魔力と天賦の才を持つ魔王が生まれると言われている。


 そんな化け物を相手に人類は戦い、勝利してきたが、考えてみれば、魔王という存在が定期的に生まれてくるのはおかしな話だ。



「転生か、通りで見た目のわりに強いはずだ」



 転生、しかも記憶を引き継ぐことができるのならば、転生するたびに強くなるはずだ。


 だから、人類は勇者を召喚するところまで追い込まれたんだ。



「…………てことは、俺と戦った記憶もないんだな」


「うん。でも初めて会ったときに、懐かしい気持ちにはなったんです。心がぽわぽわして、なんか変な感じで…………言葉にしずらいんだけど、えへへ」


「そうか、やっぱりの俺との熱い戦いは記憶を通して深く魂に刻まれているみたいだな」



 魔王の転生体なら、強いのもうなづける。そして、噂も本当だったことが分かった。


 だけどどうやら、俺の望みは叶えられないらしい。



「そうなんですかね?」


「真に受けるな、冗談だ。それより、これからどうするんだ?また逃げ回るのか?」


「…………わかりません」



 うつむくチグサは本当に本能のままに行動していたのだろう。

 それは聞いていてすごく伝わってきた。

 だって、記憶がないとはいえ、その場から逃げ出すことには相当なリスクがあるからだ。


 そんなリスクを無視してまで逃げ出したのはかすかに残る記憶、その本能が強いが故。きっと前の魔王はそれほど会いたい誰かがいたんだ。



「俺から見れば、チグサは俺が戦った魔王と瓜二つだ。

もし、ほかの勇者に遭遇したら、間違いなくバレる。

そうなれば、魔族だけじゃない。

カルノア王国にも追われることになるし、今回の南東方向の第一防衛線が突破されたことにも関係あるはずだ。

いずれにしろ、本格的な捜索が行われるのは時間の問題だ」



 魔王が復活したという噂、第一防衛線の突破、そして記憶がない魔王の転生体。


 こんな偶然がたまたま起こるはずがない。


 きっと何かしらの裏があるはずだ。


 そう元六英雄としての勘がそう告げている。

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