第3話 噂
結論、とても怪しい。
挙動や言葉遣い、そして落ち着きのなさ。まるでここに来た頃の自分と重なる。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」
「え、あ…………え~と、チグサです」
「チグサか、俺はシンだ」
「シン?」
「俺の名前がどうかしたか?」
「いえ、特に。ただ珍しいなと思いまして」
珍しい?なぜ?と俺は思った。
たしかに発音としては珍しいかもしれないが、すでにこの世界には大英雄シン・アキミヤがいるため、そこまで珍しくはないはずだ。
「シンさん、前方にゴブリン3匹、草むらに隠れています。どうしますか?」
「草むら?」
少し目を細めて、前方の草むらへと視線を集中させると、隠れてそうで隠れていないゴブリンが身にまとう布切れが見えた。
「よく見つけられたな。よし、ちょうどいい。狩るぞって、チグサ!?」
チグサは勝手に走り出し、隠れているゴブリンを手当たり次第に頭を拳で吹き飛ばし、即死させた。
それはもうシャドウウルフに囲われていた時と同じぐ、無駄なくきれいな動きだった。
だが。
「ゴブリンの耳。結構高く売れる素材なのに、全部ダメに…………」
「ご、ごめんなさい」
「い、いや、いいんだ。そもそも依頼範囲外だし」
とはいえ、改めて近くで動きを見て、只者ではないことは確認できた。
たぶん、今の俺じゃあ、まず勝てない。
少し詮索してやろうかとも思ったが、それで襲われては意味がない。ここは大人しくサイクルに帰り、別れるのが最善の選択だろう。
「気持ちは切り替えが大事だ。さっさと帰るぞ」
「う、うん」
こうして、無事にサイクルに戻ってくることができた。
「俺は今から冒険者ギルドに向かうんだが、チグサはどうするんだ?」
「とりあえず、宿探しかな」
「そうか。お互い、冒険者としてこれからも頑張ろうな」
「うん。それじゃあ、バイバイ、シンくん」
「またいつかな」
チグサが背を向けて去っていく背中を見届けるシンはその後、冒険者ギルドに訪れた。
すると目線は一斉にこちらに向き、ぐちぐちと声が聞こえてくる。
「あれがあの大英雄と同姓同名の?」
「よせ、聞こえるぞ!」
「所詮、名前だけね」
などなど、いつも通りの反応だ。
だから、人がいるときに来たくないのだが、依頼を終えたことと素材の換金をしなくては生きていけないので仕方がないと割り切っている。
「おお、戻ってきたか、シン。それで素材は?」
「ほら、これ」
「シンが取ってくる素材は全部、状態がいいな。ちょっと待ってな。すぐに換金するからよ」
俺は換金が終わるまでの間、近くの椅子に座った。
すると、隣の席でこんな会話が聞こえてきた。
「おい、聞いたか。どうやら、南東方向の第一防衛線が突破されたらしいぞ」
「そ、それは本当なのか?」
「ああ、しかも、惨状は最悪で、壊滅したって噂もある」
「まさか、魔族がついにここを狙って?」
「かもな。もしかしたら、ここもそろそろあぶねぇかもな」
不穏な会話、それが本当なら大惨事だが、特にこれと言って変わりないのでただの噂だろうと聞き流した。
「おい、シン!換金が終わったぞ。今日は銀貨2枚だ」
「…………多いな。いつもは銀貨1枚なのに」
「最近、素材の価値が上がってるからな。それにたぶん、噂も原因だろうな」
「噂?何なの噂だ?」
「もしかして、気になるのか?」
ゲイルのニヤついた笑顔にムカつきながらも、怒りを抑えた。
「少しな」
「よし、シン。今日時間あるか?」
「時間?別にあるけど…………」
「じゃあ、夜10時にここに来い。そこで噂について話してやる。まあ、来なくてもいいがな」
そう言ってゲイルは受付へのほうへと踵を返した。
その後、俺はミカが働いているお店の手伝いをして、気づけば真夜中になっていた。
「ゲイル、来たぞ」
「遅かったな。10分遅刻だ」
「俺だって忙しいんだ」
「どうせ、ミカちゃんのお手伝いだろ?まったくお姉ちゃん思いだねぇ」
「その口、糸で縫い付けてやろうか?」
「子供の脅しなんて怖くねぇよ。マスター、こいつにジュースを一杯!!」
訪れたのはゲイル行きつけの小さなバーだった。
「それで噂について聞きたいんだが」
「まあ、そう焦るなって、ガキくせぇぞ」
「ガキだからな」
「…………つい最近だ。南東方向の第一防衛線が突破された。しかも、その周辺にある町は壊滅状態。生存の可能性もほぼゼロだ」
やっぱりかと、思った。
「驚かねぇな」
「まあ、予想してたからな。それより、南東方向ってことは今度は」
「ああ、きっとここだろうな。次の標的は」
防衛線は全部で八つあり、円を描くように張られている。そのうちの南東方向の第一防衛線が突破されたとなれば、またまっすぐに進むはずだ。
そして南東方向の第二防衛線はここだ。
「やっぱり、魔族の仕業なのか?」
「それがよう、そこが奇妙なんだ。カルノア王国側からは魔族の仕業と断言してたんだが、その根拠となる証拠が一つもないんだ」
「それは妙だな」
壊滅したのは事実だろうが、その仕業が魔族だと断言しておいてその証拠がないのは明らかにおかしい。
「すでに勇者様がここに派遣されることが決まってる。明後日には冒険者ギルドにその事実が張り出され、迎え撃つための依頼が張り出されるはずだ」
「待て。まさか、ここで争うつもりなのか?」
「ああ、驚いただろ?俺も最初聞いた時は驚いたさ。まさか、かつて魔王討伐の先頭を仕切ったカルノア王国が受け身なんだぜ?笑えねぇ冗談だ」
ゲイルは酒をぐびぐびと洗い流すように飲み干した。
「もし六英雄が健在だったら、すぐにでも前線に向かい、立ち向かったはずだ。そう思うとカルノア王国も、六英雄がいなきゃ、ただの国の一つだったってわけだな。あははははははっ!!」
「笑いすぎだろ。でも、なんでそんなことを俺に教えるんだよ。その情報、絶対に行っちゃダメな機密情報だろ」
「おいおい、これはまだ前菜だ。メインは別だ」
その言葉に俺は目を見開いた。
「いい顔だな。あはははははは!その顔最高だ!!」
「いい年してガキくさいのはどっちだよ」
「あはははははは!はぁ~本題はこっちだ」
ゲイルは一呼吸おいて、ゆっくりと。
「ふぅ。どうやら、最近、魔王が復活したって噂が囁かれているらしい。しかも、その噂の出どころは不明だ」
「魔王が?」
「ああ、おかしいだろ?死んだはずの魔王が復活したって。まあこれが出どころが分かった噂なら聞き流せたんだが、出どころ不明だし、しかも今回の第一防衛線の突破の件もある。シンにとっては魅力的な噂だろ?」
魔王の復活、それを聞くだけでシンの体は熱くなり始めた。
「魔王の復活か…………ありがとう。いい話を聞けた。それじゃあ、ゲイル、また明日な」
「おいおい、もう行っちまうのかよ」
「さすがに深夜12時前には帰りたいんだ。それに、少しこの熱を冷ましたい」
そう言ってシンはゲイル行きつけのバーを出た。
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