第2話 森の中

 魔王との最後の戦い。

 俺はあの日のことを、事細かく鮮明に思い出せる。

 一つのミスが負けを意味する緻密な一閃が襲い掛かり、今までの戦いが遊びだったかのように感じた。


 あれこそまさに嗜好の戦い。もし、お互いに背負うものなく、心から戦いを楽しむことができれば、より良い戦いになっていただろう。


 そう、お互いに背負うものがなければ…………きっと、悔いのない戦いだったはずだ。



「ねぇってば、ねぇってば!!」


「んっ!?な、なんだよ」



 やっと声に気づいたシンは目を見開きながら赤髪のお姉さんのほうへと視線を向けた。



「なんだよじゃないよ、シンくん。ずっと呼んでたのに全く反応してくれなくて、お姉ちゃんは悲しいよ」


「いつから俺のお姉ちゃんになったんだよ」


「うん?シンくんを真っ裸で拾ってから?」


「………その話、みんながいるところでするなよ」


「わかってるって、もう、私の弟は心配性だなぁ~~ふふ」



 まだ開店前のお店で鼻歌を歌っているのはこのお店の看板娘のミカさん。真っ裸でさまよっている俺を拾ってくれた恩人だ。



「そろそろ開店時間か。それじゃあ、行ってくる」


「気を付けて、シン。もし何かあったらいつでもお姉ちゃんを頼ってね」


「ああ、何かあったら頼りに来るよ」



 そう言い残してお店を後にしたシンは上る太陽を眺めながら、大通りを歩く。

 朝日が昇り、次々とお店が開かれ、人々の声で賑わっていき。


 バタンっ!


 と扉を開けた。



「まだ誰もいないのか」


「お前ぐらいだよ。朝一に冒険者ギルドに来るのはよ。大英雄シン・アキミヤ様」



 その名前に一瞬、空気がピリつくも、すぐにシンは溜息を吐いた。



「…………あの大英雄と同姓同名のことをいじるのはやめてくれ」


「あはははは!やめてくれって言わられたら、いじりたくなるのが人間の本能だろ。それで、今日はどんな依頼がご所望しょぼうだ?」



 俺の前に立っているこの髭ずらの名前はゲイル。冒険者ギルドの職員だ。



「魔物の討伐。できれば、ゴブリン、オークあたりを頼む」


「了解だ。ちょっと待ってな。すぐに持ってくる」



 大英雄シン・アキミヤ。この名前を知らないものなど、この世界にはいない。


 六英雄のリーダーとして前に立ち、魔王を倒した功労者。特徴は世にも珍しい黒髪で、右手には光り輝く銀鉄の剣を握りしめている。


 その他にもいろんな伝説を残しているが、挙げればきりがない。それほどまでに大英雄シン・アキミヤは大きな存在だった。



「おらよ、ご所望通りの依頼だ」


「いつも助かる」


「あ、感謝してほしいね」


「…………それじゃあ、行ってくる。そうだな、太陽が沈むごろぐらいだ」


「へいへい、さっさと行っちまえよ、坊主」



 俺はゲイルに背を向けて冒険者ギルドを後にした。



■□■



 冒険者は誰でもなれるが、稼げるかと言われれば、そうではない。

 簡単な依頼はお小遣いにもならない程度の報酬しかないし、魔物の討伐だって素材の状態が悪ければ、簡単な以来と同等の報酬しかもらえない。


 最初は強ければいいと思っていたが、意外と繊細な仕事だった。



「ふぅ…………討伐依頼はこれで完了だな。あとは素材を剝ぐだけ」



 冒険者になって約半年。どうして、朝一で冒険者ギルドに行くのかというと、一番の理由は簡単かつ安定して稼げる依頼を一番初めに受けられるからだ。


 特にゴブリンやオーク、群れで動かないシャドウウルフと言った魔物は倒しやすく、素材を剝ぐのも簡単で、稼ぎやすい。


 あとは、普通に名前をいじられるのがめんどくさいからだ。



「そろそろこの短剣も限界か」



 やることを終えたころにはもう日が沈み始めていい時間帯で、すぐに第二防衛線近くの街、サイクルへと向かった。


 その道中、森の中でフードを被る冒険者らしき人がシャドウウルフ4匹に囲われていた。



「シャドウウルフか、しかも群れで動くタイプ。厄介だな」



 状況を見るには万事休すと判断したシンは腰に携えた剣を引き抜き、助けようと試みようとした。


 だが、その必要はないとすぐにわからされた。フードを被る冒険者らしき人は一斉に襲い掛かるシャドウウルフを素手でいなしながら確実に頭をつぶし、即死させる。


 その動きは不自然なほどなめらかで、それでいて美しかった。



「無駄な心配だったな」



 そう思った瞬間、風を切り裂くスピードで森を駆け抜け、隙をつくように片目に切り傷を付けたシャドウウルフがフードを被る冒険者らしき人に襲い掛かった。


 さすがに不意な攻撃に気づけなかったのか、尻もちをついた。



「しまっ―――」


「おっと、危ない!!」



 しかし、それにすぐに気づいた俺は一足早く、シャドウウルフを切る間合いに入り、透かさず頭と胴体を切り離した。



「ふぅ…………なるほど。3匹を囮にして、親玉がとどめを刺す。まあまあ頭が回るシャドウウルフだったな。それで、大丈夫か?」



 尻もちをついた冒険者らしき人に手を差し伸べると、フードをさらに深く被り、一人で立ち上がった。



「あ、ありがとうございます」


「ただ通りかかっただけだ。それより君ってもしかして」


「な、なんですか」


「冒険者?」


「え」



 予想外の返答だったのか、冒険者らしき人は抜けた声を漏らした。



「いや、ここに来るのって冒険者か、もしくは命知らずのハンターぐらいだから」


「あ、ああ、はい。そうです、冒険者です」


「ならよかった。今からサイクルに帰るところだったんだけど、一緒に帰らないか?一人より二人のほうが戦いやすいし、身も守りやすい。お互いにウィンウィンだと思うんだが」


「…………わかりました。その提案、乗ります」


「それはよかった」



 こうして俺はこの怪しい冒険者なのかもわからない人と一緒に帰ることになったのだった。


 

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