推定冒険者ランク中級ダンジョン“雷の祭壇“アシッドスライム熟成チーズ

「やい店長、スライムなんか生け捕りにしてなんのつもりだ?」

「ニー、店長になんて口をきくのですか! 訂正なさい」

「まぁ、別にいいよ。しっかり仕事はしてくれるしね」

 

 両手に花ならぬドラゴンバイトを連れた店長は本日、少し湿った推定冒険者ランク中級の“雷の祭壇“にきている。最深部まで行くと、雷の中級魔法を習得する事ができるらしい。そしてここは植物系、爬虫類系、そしてスライム系のモンスターが頻繁に出現する。魔物ランク初級に毛が生えた程度だが、モンスターの出現頻度が高い。

 

「図鑑で見たんだけど、このスライムはアシッドスライムって名前らしくてね。特殊な酸を出すんだってさ。このスライムでチーズの発酵をすすめてみようと思うんだ。提携ワインセラーの新商品と合わせてみたいしね」

「チーズ食べられちゃいません?」

「ふっふっふ! これなーんだ?」

 

 ミドさんとニーさんに店長は冷凍した将軍バッタを見せる。そしてそれをアシッドスライムに向けるとゆっくり捕食しているのだ。スライムは捕食対象があると同時には捕食しない。チーズの方は保存食代わりにしっかりとホールドしている。

 

「随分、チーズの発酵が驚く程早く進むから、これはひょっとしそうだね」

「店長、これ食べて大丈夫なんですか?」

「うぬ、体に悪そうだぞ」

 

 スライムを食べていいのか問題、実は店長はパッチテスト、そしていくつか実験、そして実際に茹で、焼き、煮て食べてみた。

 

「今日のさ、お昼に二人にサンドイッチを出したよね?」

「えぇ、大変美味しゅうございました」

「ギガウマだったなアレ!」

「あれもさ、このアシッドスライムを使ってパンを発酵させて作ったんだ。どうも普通に食べるのには適してないんだけど、発酵食品を作るのにはかなり有能だよこのスライムってモンスターはさ。今後、お酒なんかも作れるかもね。これはモンスターというより、自然酵母の親玉だよ。凄い役立つよ君は!」

 

 まさかの回答。割とどこにでもいて厄介者扱いされるスライムを店長は尊そうに見つめ、時折将軍バッタを餌として与えて可愛がる。

 

「わ、私の方が店長のお役に万倍立ちますけどね!」

 

 ミドさんはスライム相手にムキになった。最下級モンスターに神獣ですら瞬時に屠る世界龍がである。

 

「そうだね。ミドさんやニーさんがバイトしてくれてるから俺は危険なダンジョンで開店できるし、何より二人ともとってもキュートだからお客様も沢山きてくれるしね」

「ふふん! 当たり前じゃ! 我はドラゴンの中でもいっとう顔がいい!」

「もう! 店長ぉ、お上手! 好き!」

 

 三人はダンジョン最深部の手前にちょうどいいフロアを見つけた。そこでお店を出そうと準備する。目の前の最深部に行けば中級の雷の魔法が手に入る。

 

「店長は魔法を覚えに行かぬのか?」

「うん、俺は魔法とか使わないからね。俺の仕事はこれだから」

 

 木製のジョッキを綺麗に拭いて並べる店長。皮袋に入ったワインを大きなフラスコに入れる。来店客を待っていると、このダンジョンにはいないはずのキマイラがこのフロアに入ってきた。

 

「ほぉ、中々に高ランクの魔物じゃ! やるかぁ?」

「店長、捕獲しますか?」

 

 要するに食べますか? というミドさんと、闘争心むき出しのニーさん二人に店長はこう言った。

 

「ダメだよ。あれは飼い主がいるよ。よくみてごらん、首輪をつけてる。きっとテイマーって職業の冒険者さんだ」

 

 店長の言う通り、遅れて飼い主であろう冒険者の女性と、そのパーティーらしいメンバーが現れた。

 

「いらっしゃいませ! 居酒屋“ダンジョン“開店です。雷の魔法を習得したお祝いに当店で祝杯をあげられていはいかがですか? 送迎込み、お飲み物二杯に、メイン料理がついて銀貨一枚。本日のおすすめはアシッドスライムで熟成させたチーズになります」

「ふははは! 食っていくいい!」

「店長のお料理は大変おいしいですよ」

 

 冒険者達は最深部での魔法を習得すると、少し高いと感じながらもあの噂の居酒屋“ダンジョン“じゃんと! 席についてくれた。

 

「アシッドスライムで熟成させたチーズって、食べられるの?」

 

 ワインで乾杯をした冒険者達、メニューを見て何を食べようか? そんな中でモンスターテイマーの女性が尋ねた。それは冒険者だけでなく、ミドさんもニーさんも感じていた事。店長は待ってました! という顔をして、アシッドスライムに包まれたチーズを取り出す。

 

「「「「!!!」」」」

 

 生きたスライムを平然と取り出す店長に身構える冒険者達。「アッシくん、チーズから離れて、将軍バッタ沢山あげるよ」と言うと、まさかもまさか、アシッドスライムがチーズから離れる。そして店長はチーズの表面を拭いて少し削ってバゲットにぬってパクリと食べてみせた。

 

「んんーっ、トロッとして、芳醇な香り、そしてほのかに苦味が付与してワインとの相性は、悪魔的ですね」

 

 にっこり笑う店長、モンスターテイマーの女性はその笑顔に赤面し、ミドさんは無表情で女性客に殺意を向ける。そんな様子にニーさんはやれやれと、そしてこのチーズはくっそ美味い事が確定した。

 

「店長、我にも! 我にも味見ぃ!」

「はいはい、どうぞ。お客様も是非、一度試食してみてください。それから注文するかどうかどうぞご検討を」

 

 全員揃って実食。

 店長の言葉に嘘偽りはなかった。それどころか、冒険者の魔法使いの中年の男性が言った。

 

「魔力が回復してる」

 

 そう、アシッドスライム酸には疲労回復効果があるようだ。冒険者は皆、銀貨を一枚出して、

 

“銀ベロセット、アシッドスライム熟成のチーズを“

 

 と雷魔法習得の祝杯を上げる。モンスターテイマーの女性はワインを片手に、アシッドスライムを手懐ける店長に尋ねた。

 

「店長さんは、テイマーなんですか? アシッドスライムを飼ってますけど」

「いえ、俺はただの調理師ですよ。ギルドの冒険者適性も最低ランク魔法使いと出ましたが、魔法も一切使えないですしね」

「それなのに? しっかりと調べたら何か他の特性見つかるかもしれませんよ?」

 

 ないないと笑いながら店長は冒険者達の料理を作り、そんな店長の姿を瞳をハートにしながらミドさんが給仕しているいつもの風景。そこにニーさんだけが、ミドさん、そして自分をバイトとして雇っている。

 要するにドラゴン二人を連れているドラゴンマスターなんじゃね? とか思ったけど、つまみ食いする料理が美味しいのでそんな事どうでもいいかと、行儀良く離れて座っているキマイラに店長がサービスで作ったご飯を出して食べさせる。

 気がつくと調理補助にアシッドスライムも増えて店長のお店、居酒屋“ダンジョン“のレパートリーが増えた。

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