断罪、そして

 そんなこんなで奔走すること一ヶ月。

 ちょっと聞いてくださいよ。アリーシャ様のイジメにリアリティを出すためなのか知らないけど、わたしの教科書が破られたり万年筆が折られたりし始めたんですよ。これ買い換えるのにどんだけの金が必要かわかってんのかちくしょう。

 アリーシャ様くらいのご実家ならわんこそばのように次々買い換えても余るくらいだろうけど、わたしは一冊買うのだって苦労するんだからね。

 実家に援助を頼むことは出来ないから、仕方なく破れた教科書のまま授業を受けることにした。だって本当にどうしようもないんだもん。

 でもそのお陰か、周りの反応がもの凄くよくわかった。あからさまに嘲笑する人、アリーシャ様に結びつけて囁く人、なんで買い換えないのって無邪気に疑問に思っている人等々。なるほど、これは確かに、派閥を踏まえて考えるとわかりやすい。


 針の筵みたいな日々を過ごして、今日は秋のダンスパーティ。

 三年生は卒業パーティを目前に、最後の大きなお相手探しの場となる。此処で優良物件と出逢えないと将来婚活に苦労するっていうんだから、貴族社会は大変だ。

 いやまあ、わたしも一応は貴族なんだけども。聖女って恋愛禁止らしいんですよ。恋愛禁止というか、その……清い体じゃないとダメらしくて。次の聖女が現れるまで修道女みたいな生活を強いられるのだとかで。

 わたしは別にいいんだけど、歴代の聖女様方の中には駆け落ちして国を潰しかけた方もいるとか何とか。そりゃそうだよね。魅力的な人がいっぱいいる中、級友たちは恋バナに花を咲かせてお茶してんのに、自分だけは尼さん生活なんて普通はキツい。

 恋愛に興味ない芋女であることがこんな役立ち方をするとは思わなかった。

 そして周りの令息令嬢方は、芋女とは対極にいらっしゃる方々ばかり。やれ何処の家は落ち目だとか、其処の令息は次男だからだとか、あっちの令嬢は顔だけはいいが性格ブスだとか、そっちの令嬢は金遣いが荒いだとか。

 それ本人に聞こえない? 大丈夫? ってくらい噂話が飛び交っている。


 そんな中を、わたしは“王太子殿下にエスコートされながら”入場した。

 花道のように開かれたど真ん中を進んで行き、国王陛下の前でお辞儀をした。鋭く深い海色の瞳が、わたしを真っ直ぐに射抜く。アリーシャ様が愁いを湛えた眼差しでわたしたちを見ている。


「皆の者! この場を借りて、皆に伝えたいことがある!」


 広間に全員揃ったタイミングで、声を上げた人がいた。

 第二王子の側近である、オーブリー様だ。それからもう一人。


「憂いなき後期を迎えるためにも、彼の悪徳令嬢、アリーシャ・エディンセルによる悪行の数々をこの場で以て清算するべきであると宣言致します!」


 宰相見習いの一人、セシル様。


「我々は彼女の王太子妃らしからぬ振る舞いを、全て記録して参りました! これにありますのが証拠です!」


 バサッとビラのようにばらまかれたのは、偽りの証拠たちだ。教科書を破いたり、万年筆を折ったり、ノートに下品な落書きをしたり、人目のないところで転ばせたりしたという、イジメの証拠。あとは、お茶会にわたしだけ呼ばなかっただとか、嘘の作法を教えて恥をかかせただとか。唯一持っていたドレスを引き裂いて、パーティに行けないようにしたなんてのもある。


「王太子妃の身分を利用して田舎男爵令嬢に対して数多の嫌がらせをし、私物を破壊するなどの蛮行を繰り返して来ました」

「このような行いをする者を未来の国母とすることを、我々は許容しません!」

「よってアリーシャ・エディンセルと王太子殿下の、婚約破棄を要求します!」


 二人はまるで台本を読んでいるかのように見事な連携で、アリーシャ様のやってもいない罪を並べ立てた。

 やりきったようなどや顔をしているところ申し訳ないんだけど、其処まで言われて黙ってるなんて無理。


「エイミー・リヴィア」

「はい」


 壇上の玉座でいまの茶番を聞いていた国王陛下が、わたしを呼んだ。困ったような思い悩んでいるような、複雑なお顔をなさっている。


「いまの話は? 其方に発言を許可する。申すが良い」


 オーブリー様とセシル様の視線が突き刺さる。

 余計なことを言うなと顔に思いっきり書いてあるのがわかる。

 だけどわたしは、お辞儀をしたまま口を開いた。


「いいえ。彼らの話に、真実は一切御座いません」

「なっ……!?」


 慌てた声が二人からあがったけれど、お構いなしに顔を上げた。


「まずは皆様に、聖女の加護の一部をお分け致します」


 祈りのポーズを取って目を閉じると、光の粒がホールを包んだ。

 直後、わあっと歓声があがり、その中に困惑の声がちらほら聞こえだした。それもそのはず。いままで見えなかったけれど、其処ら中に妖精さんがいたんだから。

 わたしの傍に着いているふたりの妖精さんは、クスクス笑って困惑するオーブリー様とセシル様を見ている。その視線に気付いた二人が睨んできたけど、無視して話を続ける。


「彼女たちは此処一ヶ月、アリーシャ様の傍に着いておりました。そして、その目でアリーシャ様の全てを見て、その耳で全てを聞いておりました」

『アリーシャさまは、いじめなんてしてないわ!』

『エイミーとだって、とーってもなかよしなんだから!』

『いまエイミーがきてるドレスだって、アリーシャさまがくれたのよ!』

『ほんとにドレスをやぶいたのは、そこのひとなんだから!』


 妖精さんたちが、ここぞとばかりにまくし立てる。

 目に見えない監視者たちがいたなんて思ってなかったらしい二人は、顔を真っ赤に染めてぷるぷるし始めた。


「うっ……嘘だ! だいたい、妖精なんかの戯れ言が証拠になるものか!」

「そうです! 妖精は平然と嘘を吐き、悪戯をする、下等精霊ではありませんか! そんなものの証言がなんだと……」


「――――黙れ」


「っ……!」


 国王陛下の一声で、二人は喉を絞められたみたいに押し黙った。


「そう言われると思って、わたしはわたしと彼女らに『真実の枷』を施しています」


 わたしが宣言したとき、アリーシャ様が小さく息を飲んだ。

 ごめんなさい。無茶はしないって約束だったけれど、わたしみたいな身分も権力もない田舎娘が国王陛下の前で一定の信頼を得るにはこうするしかなかったの。


「なっ、真実の枷だと!?」

「王宮裁判で使われる上級魔術ですよ!? そんなものを、あなたのような田舎者が使えるわけ……」

「あれ? ご存知ないんですか? 聖女は女神様の前で誓いを立てると、真実の枷を初めとした上級魔術が使えるんですよ。まあ、濫用は出来ませんけど」


 二人が陛下を見ると、陛下は重々しく頷いた。


「ゆえに私は、先ほどエイミーに真実であるかと問うたのだ」


 そういうことなのでした。

 仮にあの場でわたしが「本当ですぅ、アリーシャ様にいじめられましたぁ」なんて言おうものなら、この場でぶっ倒れていたんだから。冗談じゃない。


 深く深く息を吐いて、国王陛下はわたしを真っ直ぐに見据える。


「エイミー・リヴィア。セシル・レイノルズとオーブリー・サンズにも、真実の枷を取り付けるのだ」

「ひっ……!」


 怯えた顔で後退った二人に向かって、真実の枷を発動。すると二人の首にも黒荊の棘みたいな紋様がぐるりと巻き付いた。まるで刺青みたいだ。

 これで二人は、真実しか口に出来なくなった。偽りを吐こうとすれば喉が締まり、呼吸さえままならなくなる。おまけに三度嘘を重ねるとそのまま息が止まるという、恐ろしい祝福だ。

 だからこそ王宮裁判とかの重要な現場で使われてるんだけど。


「では、今一度問おう。セシル・レイノルズ」

「っ……はい……」

「アリーシャ・エディンセルはエイミー・リヴィアにイジメを行ったか。エイミー・リヴィアが受けた全ての被害は、アリーシャ・エディンセルによるものであるか」


 セシル様はチラッとわたしを見てから、国王陛下を見上げて言った。


「はい。アリーシャは王太子妃に相応しく……な……ッ、……カハッ……!」


 最後までいいきることなく、セシル様は喉を押さえて倒れ込んだ。

 周囲から悲鳴が上がり、ただでさえ人が割れていたわたしたちの周囲から、もっと人が離れていった。

 後ろのほうにいる人は壁に押しつけられているんじゃなかろうか。


「……残念だ」


 国王陛下は目を伏せ、深く重く息を吐いた。

 ワンチャンわたしの聖女パワーがカスだって可能性に賭けたんだろうけど、何故か女神様は、まだわたしを見逃してくださっている。

 まさか本当にアリーシャ様をお救いするまで待って頂けるんだろうか。


「クソッ……! もう少しで上手くいくはずだったのに……!! なにもかもお前のせいだ! このクソ田舎女!!」

「きゃああっ!」


 激昂したオーブリー様が、懐に忍ばせていた短剣を抜き、斬りかかってきた。

 周りの令嬢方から悲鳴があがる。目を伏せて怯える人もいる。けれどわたしは彼を真っ直ぐ見据えたまま、逃げも隠れもしなかった。


「何ッ!?」


 キィン! と甲高い音がして、短剣が弾かれる。

 目の前でオーブリー様が、驚愕の表情で固まっている。


『なんでわたしたちがエイミーについてるか、かんがえなかったの?』

『ねえねえ、たかだかカトウセイレイにはじかれてどんなきもちー?』


 わたしの両肩に座っていた妖精さんたちが、楽しげにオーブリー様を煽る。滅多なことを言うと枷が発動しちゃうから、大人しくしててほしい。


「妖精は、下等精霊なんかじゃないですよ。精霊樹様の許で修行をしている、立派な精霊見習いです。良い行いをすれば魔力も高まり、より高位の存在に近付くんです」


 パーティの場で剣を抜いたオーブリー様とピクリとも動かないセシル様が、学園の警備兵に連れ出されていく。オーブリー様は最後までなにか喚いていたけれど、最早彼の言葉に耳を貸す人は誰もいなかった。あと、勢いで嘘を吐いたみたいで、語尾が「カヒュッ」みたいな嫌な途切れ方をした。

 学園の医術師は優秀だから、きっと枷くらい解除してくれるだろう。たぶん。別に嘘一回でいきなり命を奪う術でもないしね。

 ていうかオーブリー様がクソ田舎女って言ったときに発動しなかったってことは、わたし女神様お墨付きのクソ田舎女ってことじゃん。つら。


「あの……アリーシャ様がいじめていたっていうことが誤解なのはわかりましたわ。でしたら何故、王太子殿下はエイミー様をエスコートなさっていましたの?」


 騒ぎが収まって気持ちに余裕が出来たのか、一人の令嬢が怖ず怖ずと訊ねてきた。疑問は尤もだ。本来ならアリーシャ様をエスコートするべき場面だったんだもん。


「それは私から説明しようかな」

「殿下」


 殿下がハッキリとした口調で喋り出したのを見て、わたしはやっと安堵した。


「実は、先ほどの二人……特にセシルから呪詛を受けていてねえ」

「呪詛!?」


 不安と恐怖の声が、波のようにホールに広がった。

 まさか王太子殿下相手に其処までする人がいるとは思っていなかったのだろう。


「まあ、それはエイミーが浄化してくれたんだけど。浄化のためには触れていないといけなくて。どうせだからアリーシャの件を後押しして彼らをあぶり出すためにも、エイミーに乗り換えているふうに見せようかなって話して決めたんだ。ね?」

「は、はい。仰るとおりで御座います。あとですね、アリーシャ様もわたしが暫くのあいだ王太子殿下にひっついていることは了承済みなので、疚しいことはなにも全くミジンコほども起きておりません」


 疚しいことはないけど、寧ろいまこそ好機とばかりにアリーシャ様可愛いトークに花を咲かせてたとは絶対言えない。

 其処へアリーシャ様が、静々と近付いてきた。細い手がわたしの手を取り、震える手のひらの中にわたしの手が包まれる。


「エイミー……わたくしのために、ありがとう」

「お安いご用です。アリーシャ様のためなら何だってしますから」


 にっこり笑って言ったら、アリーシャ様に抱きしめられた。頭上から「あれえ? 私は? ねえアリーシャ、私は?」って聞こえてくるんですが、無視ですか??

 どうしよう。滅茶苦茶いい匂いする。やわらかい。ふわふわしてる。同じ生き物と思えないくらいなにもかもが違うんだけど助けて。


「いいなあ。私も混ぜてえ」

「ふぇあ!?」


 何故かアリーシャ様ごと巻き込んで、王太子殿下がもふっと抱きしめてきた。

 なんだこれ!? 助けて女神様! アリーシャ様と王太子殿下のあいだに割り込むこのとんでもないお邪魔虫を排除してください!!


「これ、ユーディット。淑女レディをそのように扱うものではない」

「はあい」


 のんびりとした声と共に、やっと体がふわふわともふもふから解放された。

 いい匂いが二倍になって襲ってきて、ちょっとお花畑の幻覚が見えかけた。

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