山猿令嬢の逆襲~最推し令嬢が侮辱されたので使えるものフル活用でざまぁします!

宵宮祀花

猿も木から

 学園の敷地には、精霊の森と名付けられたとても明るくて神秘的な森がある。

 森の中心に聳える大きな精霊樹と透き通った精霊湖は学園の中でも最高位の純粋な魔力が満ちた場所で、ご令嬢たちは授業でもなければ森には近付かないけど、自然が大好きなわたしは休憩の度に訪れていた。

 今日もお昼休みになるやランチバスケットを持って精霊の森を訪ねると、早速森の住民である妖精さんたちがわたしを取り囲んだ。


『ねえねえ、おひるごはんがおわったらまたアレやってちょうだい!』

『わたしもみたーい!』

『えっなになに? なんかおもしろいことがあるの?』


 興奮してきゃあきゃあはしゃぐ妖精さんたちに「待っててね」と言って、わたしは学園の食堂ご自慢のフレッシュサンドイッチを食べ始めた。

 生野菜をふんだんに使ったサンドイッチが食べられるなんて、さすがは上位貴族が多く通う王立学園。

 うちは領地即ち農地みたいな土地だったから、ある意味生野菜も身近だったけど、都会でありながら生ものが当たり前に食べられるのは、交通の便がいいことと広大な農地を抱えていること、そして其処で採れるものを優先的に入荷する力があることの証左だ。上位貴族凄い。王族凄い。


 新鮮なパリパリ野菜を食べていると、故郷の師匠を思い出す。

 ただの田舎貴族娘でろくな取り柄もなかった私に農業を教えてくれたおじさまで、田舎者には田舎者の強みがあるのだと仕込んでくれた。お陰で私は雲の流れで天気がわかるようになったし、星の見方も覚えたから荒野に放り出されても迷子にならずに帰れる。山道の歩き方や毒草や食用茸の種類も知っているから、遭難してもある程度生き残れる自信がある。というか、生きて帰ったことがある。

 わたしが故郷で山猿令嬢と言われるようになった理由の一つはそれだったりする。

 別に侮辱されていたわけじゃない。あの土地でいう山猿は、貴族が言う「品のない田舎者」っていう罵倒語とは違う。サバイバル能力に長け、何処に放り出しても生き抜ける力を持った、強者の称号みたいなものだ。

 まあ、田舎者とはいえ貴族の娘につけるものじゃないっていうのはそうだけど。

 因みに師匠であるおじさまは『大猿様』って呼ばれている。最早山の主じゃんって思ったのは内緒。


「ご馳走様でした」


 パンッと手を合わせてバスケットを片付けると、ひらひら降り注ぐ葉っぱと戯れていた妖精さんが近付いてきた。その目は期待に満ちていて、わたしは「お待たせ」と言って立ち上がった。


「じゃあ、今日はこの子にお願いしようかな。よろしく」


 目をつけた一本の木に手を当てて声をかけると、さわさわと枝葉がそよいだ。

 気合いを入れて幹に手と片脚をかけ、一気に踏み込んで頭上の枝に両手をかける。そのまま軽く体を振って勢いをつけると、逆上がりの要領で枝に乗った。そうしたらあとはもう、枝から枝へ飛び移るだけ。

 精霊樹が見えるくらいの高さに上ると妖精さんたちも追いかけてきてきゃらきゃら可愛らしい声で笑いながら手を叩いた。

 ちっちゃいおててで精一杯拍手してるの、あまりにも可愛い。


『すごいすごーい! にんげんなのに、きのぼりできるなんて!』

『エイミーはこれだけじゃないのよ!』


 前にも遊んだことがある子が、まるで自分のことのように胸を張って言う。

 その姿が可愛くて、指先でつんつんするとまた楽しげに笑い転げた。可愛い。


「見ててね」


 指を折り曲げて口にくわえ、思い切り吹き鳴らす。

 甲高い音が森に響き渡り、暫くして、バサバサと羽音が集まってきた。音を変え、調子を変えて何度か指笛を奏でるうちに、私の周りは鳥たちでいっぱいになった。


『すごいわ! しょうかんじゅつしみたい!』

『エイミーのすごいのは、まじゅつじゃなくあつめちゃうところなのよ』

『そういえば、わたしたちともふつうにおはなししていたわね』

『せいじょ? だっけ? なんかすごいひとなのよね』


 集まってくれた小鳥たちに食堂で分けてもらった雑穀をあげている横で、妖精さんたちがはしゃいでいる。聖女の発音が怪しいところも可愛い。


 わたしはこの時間が堪らなく好きだ。

 故郷の森を思い出すし、お淑やかに令嬢らしく過ごさないといけない学園生活は、わたしにとってだいぶ息苦しいから。とはいえ、不服があるわけじゃないんだけど。本当ならわたしみたいな田舎者、逆立ちしたって通えないところだしね。

 女神様から聖女の力を授かったとか何とか、その恩恵がなければ敷地を跨ぐことはおろか学園を目に入れることすら出来なかったんだから。

 可愛い小鳥さんと可愛い妖精さんに囲まれて和んでいると、ずっと下のほうで人の声がした。


「? アリーシャ様だ」

『ほんとだー』

『すっごくえらいおじょーさまよね? じゅぎょうでもないのにどうしたんだろ』


 妖精さんたちが、小首を傾げて不思議そうにしている。

 わたしも同感。他のご令嬢たちの例に漏れず、アリーシャ様も授業以外でこの森に入ってくることはないと思っていたのに。供も連れず、王太子様もご一緒じゃない。学園内だから滅多なことはないだろうけど、それでも高嶺の花とワンチャン狙う輩がいないとも限らない。

 どうしたのかなって妖精さんたちと見守っていたら、アリーシャ様が木陰で密かに声も立てずに啜り泣き始めた。


「え……? うわああ!?」


 予想外すぎる光景に驚いたせいで足を滑らせ、わたしは地面に向けて真っ逆さまに落ちていった。せめて受け身をと身構えた――――んだけど、一向に衝撃が来ない。それどころか、ふわっとした感触と共に地面に下ろされた。


「あ……あれ……?」


 仰向けに転がったまま辺りを見回せば、すぐ傍に白く美しいおみ足が。怖々視線をぐぐっと上に向けていくと、美しいおみ足の持ち主でいらっしゃるアリーシャ様が、目に涙を溜めて蒼白な顔でわたしを見下ろしていた。


「あなた……な、なにを……どうして上から……」


 可哀想なくらい震えながら訊ねられ、わたしは一先ず跳ね起きて正座した。何だかわたし、アリーシャ様の前で正座してばっかりな気がする。


「ええと……妖精さんたちと遊んでいたら、アリーシャ様のお姿が見えたもので……その、つい動揺しまして……大変申し訳御座いませんでした」


 正座からの土下座を決め、其処でやっとわたしが無事な理由に思い至った。

 アリーシャ様が風魔法でクッションを作ってくださったのだ。誰もいないと思っていた森で、上からいきなり人が降ってきたのに。なんて正確無比な魔術構築力。


「それと、助けてくださってありがとうございます。精霊の加護があるとはいえあの高さから落ちたら無傷では済まなかったと思うので……」

「本当に……危険な真似は二度としないで頂戴」

「はい……心から反省しております」


 平身低頭ごめんなさいをしていたら、頭上から溜息が降ってきて「わかったのならいいわ。頭をあげなさい」とのお言葉を頂戴した。

 そろっと頭を上げて見れば、アリーシャ様がわたしの前にしゃがんでいた。


「あなたが動揺したのは、わたくしが物陰でみっともなく泣いていたせいでもあるのでしょう? ごめんなさい」

「み゙っ……! そそそそんなっ!」


 びっくりしすぎてセミの断末魔みたいな声が出た。

 みっともないなんてとんでもない。アリーシャ様は人目を憚って泣いていたのに、わざとじゃないとはいえ勝手に見ちゃったのはわたしのほうだ。

 でも、アリーシャ様が涙を見せるだなんて、いったいなにがあったんだろう。別に王太子殿下と上手くいってないなんてことはないはずだし。


「あのう……差し出がましいようですが、なにがあったか伺っても……?」

「……そうですわね。あなたにならお話ししても良いかしら」


 アリーシャ様は、それはそれは哀しげに眉を下げて、儚げな微笑を浮かべて、涙の理由をお話くださった。

 要約すると、王太子派と第二王子派の令嬢たちにそれぞれ嫌がらせをされているというのだ。王太子派は単純な嫉妬だろう。第二王子派はよくわからない。お目当ての令息に買収されたり「俺のことを思うなら」とやらされてる可能性はあるかも。

 嫌がらせの内容はというと、これもまあ、ひどいものだった。すれ違い様に嫌味を言う。教科書を傷つける。足をかけて転ばせる。そしてそれらの嫌がらせを、なんとアリーシャ様がわたしに対してやったことにして噂を流しているというのだ。

 なにがどうしてそうなったのか理解出来ないんだけど。何故わたし?

 あっ、もしかしていつぞやの密会をいまでも怨んでることにしてるとか、そういう方向性で行く感じなのかな。とっくに和解してるというか、お許し頂いてるのに。

 王太子殿下の婚約者であり公爵家の一輪の花に其処まで出来るものだと感服する。当の本人たちは自分が犯人だとバレていないつもりでいるようなのだ。あり得ない。犯人どころか派閥まで割れているというのに。

 アリーシャ様は最初こそ殿下に報告したが、あまりにも数が嵩んで言うに言えなくなってしまったらしい。一つ一つは小さいから、言いづらいってのは凄ーくわかる。あんまり言うとまたかよって思われるんじゃないかってなるんだよね。王太子殿下はそんなお人じゃないってわかっていても。

 それに最近、王太子殿下の様子もちょっとおかしいらしい。

 元々ぽやぽやした人ではあったけど、それが加速しているというか。ぼんやりしていて話を聞いていないことがあったり、何処か上の空だったり。まるで心を何処かに落としてきてしまったみたいだという。


「わたくしが至らないばかりに、殿下にまでご迷惑をお掛けしてしまって……これが陛下のお耳に触れれば、婚約解消されてしまうやもと……」

「そんなっ! あり得ません!」


 またまたとんでもない飛躍をされて、思わず大声が出た。

 婚約解消なんて、政治的にもお二人の心情的にもあり得ないことだ。だって殿下は心からアリーシャ様を愛しておられるように見えたし、アリーシャ様だって。心から慕い合っている二人を引き裂く理由が、王家にも公爵家にもありはしないはず。

 まだ学生のうちにクソ共の対処を完璧に出来なかったから? そこで試合終了? あり得ないでしょう!


「でも……証拠を出すことは難しいのよ。人目に触れないところで小さな嫌がらせを重ねるだけなのですもの」


 まあ、それもそうか。

 切り裂かれた教科書とかは物的証拠になりはしても、誰がやったかという証拠にはならないし。自演だって言われたらどうしようもないわけだ。転ばせるとか悪口とかそういうのも周りに人がいないときにやるらしいので、馬鹿なりに頭は回るみたい。


「なるほど。でしたら、完膚なきまでに叩き潰してやればいいんですね。コソコソと隠れて嫌がらせをする卑劣なクズ共を、くずかごにぶち込んでやりましょう」


 ぐっと拳を握り力強く宣言すると、アリーシャ様はぽかんとしたお顔をなさった。これは初めて見る表情だ。なんてお可愛らしい。


「あ、あなた、エイミー、言葉が過ぎますわ」

「ふふっ」


 乱暴な物言いを注意されて、うれしくって思わず笑いが漏れた。

 良かった。ちょっとだけどいつものアリーシャ様が戻って来た。


「失礼致しました。公爵家と王家に弓引く不届き者を、あぶり出してやりましょう。わたしは地位も権力もありませんけど、それ以外なら結構持ってるんです」


 にっこり笑って言うわたしの周りで、妖精さんたちが気合い充分な顔をしている。わたしの推しは皆の推しだって言ってくれただけあって、彼女たちもかなり怒ってるみたい。


「エイミー、なにをするつもりなの? あまり無茶なことは……」

「お任せください。アリーシャ様にも殿下にも、悪いようにはしませんから。無茶もしません。アリーシャ様のご心労になりたくはないですし」


 遙か上空から落っこちた直後だからあんまり説得力ないけど。


「推しを傷つけられたオタクの恐ろしさ、骨身に刻みつけてやりましょう」


 ああ、やっぱりドン引きなさっているお顔も素敵。


 早くその麗しいお顔に笑みが戻るよう、不肖エイミー、一肌脱ぎます!


 ということで、アリーシャ様と別れたわたしは、学園の片隅にある聖堂を訪ねた。なにをするにしてもまず、女神様にお話する必要があると思ったから。

 わたしはいまから女神様に授かった聖なる力を、私情で利用する。悪用と言ってもいい。だから、正しい行いをしなかった罪でこの力がなくなっても構わない。

 でも、せめてアリーシャ様の憂いが晴れるまでは、わたしに罰を与えるのを待ってほしいと祈った。

 勝手なことを言っているのはわかってる。女神様も呆れているかも知れない。全く見込み違いだったって。


「わたし……自分が特別な存在であるために、大切な人が泣いているのを見ないふりするような人にはなりたくないんです。ごめんなさい、女神様」


 わたしの周りでは、一緒に着いてきてくれた妖精さんたちもお祈りしている。

 彼女たちにも大変な役目を背負わせてしまうけれど、アリーシャ様とわたしの役に立てるのがうれしいって言ってくれた。本当にいい子たちだ。


「……よし。がんばろうね」

『おー!』


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