第2話 エルフの墓掘り

 ーー 能力の代償として、嘘を付けない ーー


 滔々と自分の罪状を語った俺は抜剣した四人の衛兵に囲まれ、護衛だった男も弩でこちらを狙っている。

 もういっその事殺してくれたほうが楽だ。


「衛兵さんよ、どうせまた異世界人を騙る野郎だ!最近こう言うの多いんだよ、さっさととっ捕まえようぜ」


 正直捕縛は殺害よりも厄介だ。牢の中で眠りでもすれば、いくら死んでも牢で甦る拷問の練習台にされかねない。


「む……確かに怪しい。そもそも異世界から来た者は出自を明かすのを嫌う。なのに聞いてもいないのに自己紹介やら罪状をペラペラと」


 草むらに荷物を隠したので今はロクな武器すら持っていない。だらしない体型の中年が素手で暴れたところで、この衛兵たちは俺を切り捨てようとは思わないだろう。

 事実さっきから剣を向けられてはいるものの、殺意のようなものは殆ど感じない。


(仕方ない。賭けてみるか)


「殺しても俺を止めることはできんぞ。後悔するんだな、今にも能力が発動しそうだ」


 嘘は付いていない。殺しても俺は復活するだけで止められないし、実際この発言で能力発動の可能性は上がったはずだ。


 ーー ガシャッ ーー


 弩を装填する音。『能力』この言葉が口から出た瞬間、周囲の緊張感が一気に高まった。


「能力だと?!嘘も休み休みに……」


 ーー ドスッ ーー


 視界の死角から放たれたボルトが肋骨の間を縫い肺を貫く。銃撃を遥かに凌ぐ衝撃に体はバランスを崩す。


「判断を誤るでない!」


 ーー ズシャッ ーー


 トドメは心の臓に突き下される全体重を乗せた刺突。落下以外を原因とする死か。なんだか少し新鮮に感じる。


「何故頭を狙わん!万一本当に能力を持っていたら取り返しの付かないことになっていたぞ!勇者が引き起こした『オレツエー』を忘れたか!」


 それだけ危険視されているということは、やはり勇者達の能力は相当に強力なものなのだろう。


「隊長の言う通りだ。たとえ嘘だったとしても車上荒らしに勇者詐称だ。斬られても文句は言えぬ」


 もう殆ど死体の俺を一瞥すると、ゴブリンに襲われた馬車と被害者を回収し、衛兵達は来た方向へと引き上げていった。


 ………

 ……

 …


 腐臭を放つ死体の山を前で蘇り、荷物を回収するため前回の死亡地点へと向かう。

 山間部だからか既に辺りは薄暗く、死臭に引き寄せられたであろう獣達の視線を感じながら足速に死亡現場へ辿り着き、灌木の中に押し込んだ風呂敷を引っ張り出し中身を確認する。

 あとは死体から服を回収するだけ……


 ーー ガサ。ズズ…… ーー


 音の方向に目をやると、俺の死体を引き摺る黒い影が宵闇の中に紛れ込もうとしていた。

 そのまま行かせようとも思ったが、やはりこれ以上全裸でいるのは文明人として少々恥ずかしい。加えて靴がなければこの悪路を歩き続けるのは正直きつい。


「待て」


 引き摺る音が止む。ランタンに照らされた影の正体は、ボロ切れは纏った人間のようだ。


「はい、何かご用でしょうか」


 弱々しい、掠れた女の声。炎の光に照らされた者の顔は泥と垢で黒ずみ、澱んだ瞳は決してこちらを直視しようとはしない。


「その死体に用がある」


 俺の死体から手を離し、女は三歩下がる。


「どうぞ」


 着替えを済ませると、微動だにしない女の方に向き直る。

 一切の疑問をせず、ただ言われるがままに死体を差し出すこの女なら、ある程度情報を仕入れることができそうだ。


「お前は誰だ」


「エルフの墓掘りです」


「ここで何をしている」


「エイクとドウを繋ぐ街道沿いにある引き取り手のいない死体を焼き、墓を掘って埋めています」


「なぜ焼く必要がある」


「焼かなければアンデッドとして蘇り、人間に害を与えるからです」


 聞かれたことだけを的確に返している。初対面なのに、まるで主人と使用人の間で交わされるような会話だ。


「エイクに住んでいるのか」


「はい。町外れの無縁墓地に住んでいます」


「寝床に困っている。泊めてくれたら礼をする」


「……賎民の私に拒否権はありません。お好きになさってください」


 これはかなり好都合だ、しかし裏がないとは言い切れない。こういう全てを諦めた眼をしている奴は、何をしでかすか分からない。


「ありがたい。仕事が終わったら案内してくれ。土地勘がないものでね、それまで同行しても構わないか」


「構いません」


 結局その後も一度も目を合わせることなく、俺は俺の死体を引き摺る陰気な女と共に再び歩き出した。


 *


 3人の死体を焼いて埋葬し、女の住む廃屋同然の小屋へ到着した頃には、辺りはすでに真っ暗になっていた。


「快適とは程遠いですが、どうかご容赦ください」


 椅子に腰掛けるよう勧めると、女は残ったわずかな薪で暖炉を灯し、湯を沸かし始めた。

 客人に茶を出す文化は、どうやら異世界でも共通らしい。


「まずは泊めてくれたことに感謝する、名乗るのが礼儀なのだろうが名前を思い出せない。ひとまずはソロモン……ソロと呼んでくれ」


 そう言って茶を一口啜る。ほんのりとした苦さと清涼感、少々薄いミントティーと言ったところだろう。


「賎民に名乗る必要はございません。ソロ様……えっ?!」


「……ほぅ」


 蝋燭に照らされ、俺たちは初めてお互いの顔を正視した。

 耳が長い。月日に晒され衰えてはいるものの、元はかなり端正な顔立ちをしていたことが伺える。


「あ、あなたはさっき埋めたはずの……」


「気にするな。あの死体は俺の力で作った。いくつか質問をしていいか」


 語弊はあるが嘘ではない。


「奇妙な魔法もあるんですね。はい、私の知る範囲でしたらお答えします」


 剣と魔法の世界だ。当然魔法が存在する。


「ありがたい。それでは最初に」


 ………

 ……

 …


 まずは、歴史について。

 技術レベルは中世だが、産業革命前後程度に発展した地域もある。

 少なくとも90年前から人間と魔族は戦争をしていた。そして10年前に勇者は現れ、5年前に魔王が倒され人間が実質世界を支配することとなった。

 それと同時に人間国家同士の戦争が勃発し現在もそれが続いている。


 次に、種族ついて。

 人間、ドワーフ、ハーフリング、エルフが存在する。

 エルフとハーフリングは対魔族戦争において中立を貫いたので現在賎民に堕とされている。賎民は名を奪われ、職業名+種族名で呼称される。奴隷一歩手前の存在と思えばいい。

 これ以外の人型種族は総じて魔族に分類され数は少ない。


 そして地理について。

 墓掘りエルフは国外に出たことがないので、近辺のことしかわからないとのこと。ここはリモンという国の南端。南に広がる大山脈を超えると言語の通じない南方諸国がある。西側は海に囲まれ、東北は大国デリアンとの国境。


『階級』について。

 自我を持つ生命全ては0〜10の階級で脅威度を量られる。いわゆるこの世界におけるステータスだ。『階級』と念じるだけで確認できる。階級ごとの強さの差は約100倍。目安としては殆どの人間は0〜1階、人類の最高到達点が4階、魔王は7階、最強の勇者は9階。

 ちなみに俺は0階とのこと。


 最後に、魔法について。

 魔法(マジック)は魔族の法、魔族が行使するもので、人間はそれを洗練させた魔力を操る術、魔術(ソーサリー)を使用する。行使するには触媒(杖、手袋、タトゥーなど)、代償(魔力、血液や肉体、金銭など)そして術式(詠唱、字列、掌印など)を必要とする。

 日常的に使用する簡単な魔術以外は魔法研究機関である『大学』が秘匿、独占している。


「私が知るのは最も下等で簡易とされる奴隷の魔術だけです。お教えしてもお役に立てるかどうか……」


 奴隷魔術とは自身の手を触媒に見立て、血肉を代償とし詠唱と掌印で術式を組む魔術である。

 自分の身一つで完結させられる上詠唱は単純、かつある程度の出力を保証される堅実さを持つ。

 しかしその反面、触媒と代償の双方を担うと自身の両手への負担は凄まじく、数回の使用で片腕を失うというデメリットが目立つ。

 まさに使い捨ての奴隷が行使するために考案された魔法と言えよう。


「是非ともご教授願いたい。ちょうど有効利用できそうな者を知っている」


 嘘ではない。その者が自分と言うだけの話だ。使い捨てる体を幾らでも持っている俺にとって、これほど都合の良い魔術は中々ない。


「凄まじい再生能力を有する勇者様も常用していたと聞いたことはあります」


 なるほどそういう使い方もあるのか。実に興味深い。

 再生勇者の攻略法をそれとなく考えていると、墓掘りが机の埃を払いながらスクロールを俺の前に広げた。


「奴隷でもすぐ習得できる易しいものばかりです。このスクロールは差し上げますので活用してくれそうな方に渡して頂ければ」


 いくつかめぼしい魔術を頭に叩き込むと、スクロールを巻き直し、風呂敷を広げる。

 2冊の解読できない魔導書らしきもの、鍍金のメイス、焼き菓子。これだけの情報と魔術の手引きまでして貰って、この程度の謝礼は正直心苦しい。


「すまないが、持ち合わせはこれだけだ。礼はいずれまた寄った時にさせて貰う。それとこれらは全部盗品だ、菓子と本はともかく、メイスの方はエイク以外で金に変えた方が良い」


 風呂敷から取り出した瞬間から、エルフは焼き菓子の入ったビンの方に釘付けだった。

 しかしなぜだろうか、その目にあるのは甘味に対する期待ではなく、言い表しようのない寂しさだった。


「私は幸運ですね。マリーお嬢様のクッキーを最後にもう一度食べられるなんて」


 そうだ。

 目の前にいるエルフに、薄汚れた賎民の墓掘りに、自分で焼いた菓子を分けていた心優しおい娘。

 ゴブリンに喉を掻き切られ、ゴミのように投げ捨てられた、あの茶髪の綺麗な娘。


「あの子は俺が、見殺しにした」


 いくらでも慰めの言葉を紡げるこの口から漏れ出た、ただ一つの歪まぬ真実。

 俺は、嘘が付けない。


「分かっております。衛兵の方々から話を聞いてから死体の回収に向かったのです」


 懐かしむような手つきでビンに手を伸ばし、エルフは蓋を開ける。

 使い込まれたであろう、凹凸の増えたその蓋の裏には、拙い文字組書かれた一枚の便箋。


「アデライン……」


 取り出した不恰好な焼き菓子が、俺の方へと差し出された。

 バターに似た優しい乳の香りが、ふわりと鼻を抜けていく。


「今はもう、ただの墓掘りエルフです。それとも、あの子の次は、ソロ様が覚えていてくださるのですか?」


 菓子を口に入れる。クッキーにしては硬い。カリカリとゆっくりすり潰す感覚で噛み砕いてゆく。

 思い出すのは、あの苦痛と恐怖で血走った、焦点の定まらない一対の幼き瞳。

 不意に、そして初めて、アデラインと目が合った。曇天のように澱み、それでいて朝霧のように優しい、灰と紫紺が入り混じった、美しい瞳だった。


「甘すぎる」


「ふふ、やっぱりそうよね。気のせいじゃなくてよかった」


 すっかり冷めたミントティーで口内の甘みを洗い流し、静かに席を立つ。

 空はすでに、白み始めていた。


 *


 アデラインの家を後にして、俺は小走りで自分の『リスポーン地点』に向かっていた。

 エイクからなるべく離れたいというのもあるが、昨晩アデラインが発したとある言葉が、ずっと心に引っかかっていた。


 ーー 焼かなければアンデッドとして蘇り、人間に害を与える ーー


 そう。俺が落下死し続けた場所。あそこにはまだ40体以上の、未焼却の俺の死体が放置されていた。

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