勇者 殺すべし

@Dumpling

第1話 陳腐な始まり

「お前は死んだ」


 見覚えのない部屋。周囲を見渡す。自分が座っているパイプ椅子と、目の前に立つ奇妙な人型の何か以外のものは見当たらない。


「言葉は分かるな」


 脳裏に直接響いてくる声。聞き覚えのない言語の筈だが、何故か意味は理解できる。


「ここはどこだ」


「減点1。質問を質問で返すな」


 いつのまに現れたもう一つのパイプ椅子に腰掛け、『観衆』は足を組んだ。


 名乗られた覚えはないのだが、存在するはずのない記憶が、目の前の何かを『観衆』だと確信している。


「言葉は分かっている」


 足元が妙に湿っている。


「異世界転移、分かるな」


 血だ。自分の足元に血溜まりができている。


「若い人達の間では人気な物語のジャンル。って理解でいいか」


 自身の身体を確認する。太ももの肉がえぐれている。痛覚が麻痺しているせいか、痛みはない。


「そうだ。お前をこれからその世界に転移させる」


 妙に視界が霞むのは、おそらく片目を失っているせいだろう。


「なぜだ。目的はなんだ」


 右手の親指、人差し指と小指が欠損している。残った薬指と中指も第二関節から先を失っている。


「私の娯楽のためだ」


 左手に関しては、前腕の途中までを全て失っている。


「そうか」


 残った指で顔を触るが、顎部分の感触がない。下顎を完全に失っているらしい。


「減点1。反応が薄過ぎる」


 どうやって言葉を発しているのかは分からないが、通じているのならば今の所問題はない。


「なぜ俺なんだ」


 それにしても酷い怪我だ。電車にでも引かれたのだろうか。


「お前が、日本という先進国に居ながら、独自で6件の完全犯罪、それも殺人を成し遂げているからだ」


 まあ、端的に見ても悪人には相応しい惨めな死に方だ。


「……」


「欲しい力はあるか」


 欲しいものならある。あれだけの人を殺めても、結局再び手にすることのできなかったものだ。


「転移ということは、肉体はこのだらしない中年男のままか。なら力でも授けてくれるのか」


 こうやって与えられる力を、小説ではよくチートなどと呼ぶらしい。チート。不正行為。欺瞞。もう少々ポジティブな語彙選びはできなかったのだろうか。


「そうだ。望むものより少し下等なものを一つ与えよう。減点2だからな」


 望むものはなんでも、というならば、それなりに高望みをしても問題はないだろう。


 爆弾テロにでも巻き込まれたみたいな体のまま目的地に送り込まれる可能性が捨てきれない。


 と、なると。


「不死の身体が欲しい」


「分かった。少しグレードを下げ、少し捻りを加えて『お前は死後、即座に最後に眠った場所で甦る』にしておこう。代価はそうだな、向こうに着いてからのお楽しみだ」


 代価。なるほど、力の代わりに何かデメリットが与えられるということか。これなら等価交換、チートとまでは言わずとも良いだろう。


「それで俺は何をすればいい」


「この世界に居座る地球人、通称勇者を全て殺せ。それを果たした暁には願いをなんでも一つ叶えよう」


 なんと陳腐な。それでいて魅力的な提案なのだろう。死後に再び願いが叶う機会を得るなんて。


 もしかすると、この欲望も見据えて『観衆』は俺を選んだのかもしれない。


「分かった。できれば予備知識が欲しい」


「日本人が認識するベタな、所謂剣と魔法の世界だ。詳しくは自分で模索しろ」


 中世の欧州にロードオブザリ⚪︎グとハリーポ⚪︎ターを混ぜてドラゴンク⚪︎ストを足したようなものだろう。


「良い例えだ」


「……思考も読めたんだな」


「続けるぞ。殺すべき地球人は10年前に人外を滅ぼすために転送した10人。全員何らかの力を得て代価を支払っている」


 10年か。生きていればそれなりには世界に居場所を作っているだろうな。


「全員の生存は確認している。数人は子も成している。能力を受け継いでいる場合は子も殺せ。そうでない場合は自己判断で処理しろ」


 ーー どちゃっ ーー


 汚水を吸った雑巾が落ちたような音。その発生源は自分の足元。裂けた腹から溢れ出た臓物が、地面に撒き散らされている。


「そろそろ時間切れだな。傷を直し、能力と代価を与え、適当な場所に転送する。我々を楽しませてくれることに期待する」


 こうして、召喚されし十人の勇者を殺し願いを叶える。こんなありがちな物語の主人公として、俺は選ばれた。これから何が俺を


「そんなクサい導入はいらん。黙って行け」


「……すみません」


『観衆』の溜め息を最後に、あたりの景色が一変する。突如襲いくる浮遊感に戸惑いながら周囲を確認する。風切り音と、頭上より迫り来る地面。


(そう来たか)


 俺は『観衆』に転送された。確実に転落死する程度には高い、異世界の空中に。


(まだ力を発動させる条件としての睡眠をとっていない、このまま落下で死んだら俺はどうなるんだ?)


 逆さまの空。逆さまの山陵。逆さまの針葉樹。逆さまの木の幹。凄まじい速度で上から下へと巡ってゆく。

 そして雑草と野花に覆われた地面。


 ーー グシャッ グキッ ーー


 頭蓋が地面にめり込みながら砕け、脛骨は折れ、続いて治されたばかりの五体全てを地面に叩きつけらる。

 痛みを感じる暇もなく、異世界における俺の最初の生は、終焉を迎えた。


 *


 目を覚ます。またもや聞こえてくる風切り音。空、山陵、針葉樹、木の幹。


(これは……詰みに近いな)


 異世界の重力によって2度目の死を迎える前のわずかな時間。俺はどうにか状況を整理することにした。

 与えられた能力は機能している。そして俺が復活する場所は、『観衆』が俺をこの世界に転移させた時の座標、落下すれば確実に死亡する高度の空中。


 ーー グチャッ グキッ ーー


 ………

 ……

 …


 3度目の落下。自分自身の状態の確認と着地までにかかる時間の大まかな計測を行う。

 1度目の落下時はスーツを着用した状態だったが、現在は全裸である。つまり復活時転送されるのは肉体だけ。外傷は全て治癒した状態だが、装備などは死亡した場所に置き去りにされる。

 そろそろ地面だ。次は落下の衝撃を緩和できる場所を探さねば。


 ーー ドチャッ ベキッ ーー


 着地までに要する時間は約20秒。近くに水場はなく、五回ほど樹木に突っ込んで衝撃を和らげようと試みるも、鋼鉄のように堅い枝に串刺しにされ絶命する始末。

 いくら復活できると言っても、死亡時の痛みや常に落下し続けるストレスは徐々に俺の精神を蝕んだ。

 20回目の死を迎えた頃、俺はほぼ放心状態に至っていた。

 特に何も考えず重力に引っ張られるまま、異世界最初の死を刻んだ小さな草地へと落ちていった。


 ーー ドチュ グキン ーー


(……ん?)


 俺の頭部を受け止めたのは、何かブヨブヨしたものであった。肋骨が肺に突き刺さり呼吸すらままならないが、地面に叩きつけられても数秒間だけ、俺は生きていた。


「な……なるほど、そう来たか」


『観衆』は中々面白い力を俺に与えてくれたらしい。これなら、力技で現状を打開できる。

 覚悟を固め、転移してから死に続けること以外何もできなかったの男は、静かに21回目の死を迎えた。


 ………

 ……

 …


(大分掛かったが、これなら一睡するまでは持つだろう)


 腕部に突き刺さった骨の破片を取り除き、俺は死体の山から這い出る。血液と臓物に塗れながらも、41回の死亡の末、辛うじて俺は墜落を生き延びた。自分の死体を緩衝材にして。


(しかし服をこの死体の山から掘り起こすのは苦労しそうだ、まずは睡眠をとって復活場所を変えねば)


『死体を残したまま、最後に睡眠をとった場所で新しく肉体を生成して復活する』これが与えられた能力。

 しかし能力の代わりに支払う『代償』に関しては未だに全くの未知数。勇者達と対峙する前、いや、現地人と接触する前に解明しておきたい。


(詳しいことは起きてから考えるとしよう。落下死はもう御免だ)


 腕の傷による失血のせいか、悪寒を感じながら俺は気絶するように眠りに落ちた。


 *


 意識が戻る。腕を確認するが、傷は消えている。体を覆っていた血と臓物、脂の匂いもない。


(なるほど、目覚めるまでではなく眠った時に復活場所が再設定されるらしい)


 俺に寄りかかるようにして、目を半開きのまま『墜落を生き延びた自分』が息絶えていた。

 自分の死体を目の前にすると人間は動揺しそうなものだが、死臭を漂わせ始めている『自分の山』を目の前にしていると、やはり感覚は麻痺するらしい。


(この様子じゃあ服にはもう臭においが染み付いてるだろうな)


 昨日の墜落中に周囲の地形は大方把握した。ここと山陵の間には整備された道路があるのを覚えている。

 ひとまずはそちらに移動しつつ、『観衆』の言う『ベタな剣と魔法な世界』がどれほどにベタなのか試すことにしよう。

 ………

 ……

 …

「ステータス」「ウィンドウ」「メニュー」歩きながら思いつく限りのそれっぽい言葉を放ってみるも、空中に文字が浮かんだり自分の状態を示すイメージが脳内に浮かぶことはなかった。


(ベタとは……一体……)


「立て貴様ら!幾らで雇ったと思っておる!」

 木立を吹き抜ける風に乗って切羽詰まった男の声が聞こえてくる。訛りはひどいが聞き取れはする。英語だ。


(言語が通じる。なるほど、確かにベタだ)


 どうせなら日本語でも喋ってほしいものだが、刀と陰陽術ではなくここは剣と魔法の世界、言語の選択は妥当といえよう。


「おい、逃げるでない!たかがゴブリンではないか!」


 木々の間に見える道路、その先には『ゴブリン』とやらに襲われている馬車。

 先ほどから大声を出している恰幅の良い男は馬車の主人。馬車から逃げ去っている数人は雇われた護衛と言ったところだろう。


「いやぁ!パパ、助けてェ!」


 斃れた護衛にトドメを刺した深緑の小人が馬車に取り付き、天井に張られた布を破ろうと手鎌を突き刺している。

『勇者』ならきっとこの草むらを飛び出し、徒手空拳でも馬車の親子を守るためゴブリンに挑むだろう。だが。


(見殺しにしてゴブリン達が去った後死体を漁ろう)


 装備がない。身体が貧弱。戦っても状況は変わらない。そんな言い訳をするつもりはない。俺の目的は勧善懲悪でも人類救済でもない。勇者を殺すことだけだ。他人の生死に、一々関わろうとは思わない。


「くそ、役立たずどもがぁ!」


 護身用のショートソードを振り回す男を容易く切り刻み、泣き叫ぶ少女の髪を掴んで馬車から引き摺り出すと、ゴブリンは手慣れた手付きでその喉を掻き切った。


(しかし素人目線で見てもあのゴブリンは強い。てっきり数匹で馬車を襲っているものだと思ったが、あの1匹で全員を片付けた様だ)


 馬車の中を物色し始めて十数分、自分の体ほどもある大きな麻袋を担いだゴブリンは馬車を降り、少女とふくよかな男、そして斃れた護衛達の懐を探り始めた。


「しけてやがる」


 金目のものや武器を乱雑に麻袋に詰め込むと、ゴブリンは草むらの中へと姿を消した。


(ゴブリンの方が日本語を喋るのか)


 辺りに動きがないことを確認し、馬車に近づく。恐怖と苦痛で目を見開いたまま絶命している少女の瞼を閉じてやると、俺は馬車の中を物色し始めた。


(着替えは馬車の主人のものを拝借するとして、本当に大したものがないな)


 金品の類は既に持ち去られており、馬車の中に残されているのは持ち運びのしにくい家具や絵画、嵩張る調度品と衣類が殆どだった。引越しをする途中だったのだろうか。


(魔導書らしき本2冊、火打石にランタン。着替えと装飾用に作られたであろう鍍金のメイス。あの少女が作ったであろう動物の型を模った焼き菓子。風呂敷に包んで行けるものはこんなものだろう)


 着替えを済ませ一息ついていると、遠くから馬蹄の音が聞こえてくる。


「おーい!!旦那ぁ、助けを呼んできましたよ!」


 咄嗟に道端の灌木に荷物と身を隠そうとするが、既に馬上にいる衛兵らしき人物数人は俺の姿を捉えられている様だ。


「そこの男!雇われの護衛か?」


 衛兵たちに足止めをされていると、息も絶え絶えになりながら先程逃げた護衛が追い付いてきた。


「はぁ、はぁ。いや、こんな奴知らないっすよ。通りすがりか何かっすか。それより、ゴブリンは?!」


 乗馬した状態の衛兵たちが四方を囲う。今の所剣を抜くつもりはないようだが、明らかに俺を怪しんでいる。


「エイクの町の衛兵だ。状況を説明して貰おう」


(この身なりを見ても反応がないってことは護衛連中も馬車の積荷を知らないってことだ。漁ったことはバレてない。エイクへ向かう途中の旅人という設定で行こう)


 英語は海外勤務続きだったのである程度の覚えはある。緊張せず、この辺りの人ではないアピールを盛り込んで……


「どうした、さっさと話さんか」


 私はジョエル。旅人です。エイクへ向かう途中、襲われた馬車を見かけました。今ちょうど乗員の様子を見に来たところです。


「俺は自分の名前を思い出せない。別世界から転移してきた。ゴブリンに襲われている馬車を見かけた。乗員を全員見殺しにして今ちょうど車内を一通り漁ったところだ」


「……」


 鞘を滑り、剣が抜かれる音が四面から聞こえる。

 徐々に辺り一体を包み込む恐怖と殺意。

 唾を飲む音さえ煩く感じるほどの沈黙。


「異世界人……!」


違う。


「ああ、そうだ。」


(つまり、そういうことか)


 状況を整理するためフル回転している脳は、受け入れ難いが唯一辻褄の合う回答を弾き出した。


 ーー 俺は『代価』として、嘘を付けない ーー

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