ちっぱい先輩VSセクハラ上司
1
「大杉先輩」
outlookに届くメールと格闘しているさなか、新入社員の工藤絵麻が喋りかけてきた。新入社員の中では一番おっぱいが小さい子だった。とはいっても、スーツの上からもしっかりと膨らみが確認はできる。私はそんな胸を見ながら「どうしたの?」と返答した。
「あの……、どこ見られているんですか?」
「ん、ああいや!!なんでもないよ。うん」私は取り繕うように笑う。
「いや。あのですね。大杉先輩って櫻井先輩と付き合っていらっしゃるんですか?」
「どうぇ!?」私は言葉にならない声を発した。櫻井先輩は県内の営業所に行って留守だった。まさかこの子、今日を狙ってそんなことを訊きに来やがったか!!
「いいや、付き合ってないよ!!」
「そうなんですか!!良かった」そう言うと工藤は目をキラキラさせながら微笑む。
「んーと。まさか君、櫻井先輩のことが好きなのか?」
「えへへ。まあ……。一目惚れと言うか」恋する乙女というような顔をしながら言う。
「そうかいそうかい。しかしまた、なんで今言うんだ。昼休みでもいいじゃん。そんな話」
「いや。それでなんですけど……。席を交換して欲しいなって」
「なんで!?いや。櫻井先輩の隣から離れたくない!!とかそういうことではなくてね。席移動も面倒くさいなあっていうか……」私がボソボソ言うと、工藤は何かを探るような顔をして、……しかしやがてそんな疑問を払拭するような顔をすると、口を開いた。
「私、隣が瀬川課長なんですよ」
「……ん、ああ、あのハゲか……」時代錯誤のセクハラ発言野郎だ。私を女装男子だと茶化した張本人。
「実は私、瀬川課長に膝を擦られたり、軽くおっぱいを触られたりするんです」
「まじか、キモいなあ……」私はされたことねえがな、という言葉をゴクリと飲み込みつつ、あいつならやりかねねえという苛立ちが募る。
「でも見るからに…、いや、おそらく瀬川課長は大杉先輩に対してはセクハラしないと思うんですよね」
「見るからにといったな……。まあ良いけど。即ち、私に防波堤の役目を負ってほしいというわけか」
「そういうことです。申し訳ないんですけど」工藤は俯きながら言う。性分的に、嫌とは言えないたちなので、素直に頷いた。
「分かった。それじゃあ私があのハゲの隣に移動しよう。部長にちょっと取り合ってみる」そう言うと私は剣部長の席へ向かった。
剣部長は話を聞くと溜息をつく。
「……なるほどね。まあいいじゃないか。ただ大杉はいいのか?瀬川の隣になるし、何より櫻井くんと離れ離れになってしまうが」
「もううちの会社じゃ私と櫻井先輩はセットのような扱いっすね」
私がそう言うと剣部長は呆れたような顔をする。
「キミさ、いい加減素直になりなよ。もう勢いよく、櫻井くんをホテルにでも引き込んだらどうだ」
「ホテ……!!まだふたりきりで食事もしたこと無いし!!」
「ええ……。高校生のうちの娘よりも遅れてるわよ、それ」
「胸の発育の話っすか?」
「違うわ。まあ、いいけどさ。取り敢えず、君もそうだが今度瀬川からセクハラされたらすぐに言うように。現行犯だったらそのまま首をストンと落とすからさ」
「ありがとうございます。あと、お言葉ですけど、剣部長の発言も結構セクハラまがいですから気をつけたほうがいいっす」
「こざかしいな。君と櫻井くんを見てると話の進まん恋愛漫画見てるみたいでイライラするんじゃ!!」
2
私が隣の席に収まると瀬川はなんともいえない顔をする。こいつマジでなんなの。
私は気を取り直すようにペットボトルのお茶を口に流し込むなり、またoutlook開いてメールの確認をする。
「あ、今日櫻井先輩が行っている営業所からのメールだ」私はそのメールを開く。
『支店配属の櫻井さんの指示の元、本営業所にクーラーを増設することと致しました。クーラー本体と設備業者の手配をお願い致します』
櫻井先輩、流石だな……。営業所のクーラーの設置に対してめちゃくちゃ本気出しているから『シロクマくん』と言われるだけはある。本人は東川篤哉の小説のファンだから霧ヶ峰のほうがいいようだが……。
って本を読まない私にとってはなんのことだかわからない。
取り敢えず、発注書を記入しないといけない。私はディスクに備えられた専用紙を取り出す。『黒の消えないペン』で『直筆』で書かないといけないという但し書きの載った用紙に、必要事項を書き込む。
それを持って私は剣部長の下へ行く。ハンコを押してもらったら、その用紙を本部へ『ファックス』で送る……。
ファックス付き電話に飲み込まれていく紙を眺めながら私は叫んだ。
「今って21世紀だよね!?」
すると剣部長がやれやれと言った顔で呟く。
「大杉、老人しかいないうちの会社にはな、まだ新世紀が訪れていないんだよ」そう言うと剣部長はチラリと瀬川を見る。私は思わず吹き出しそうになる。しかし当の本人は自分のことだとは思っていないようだ。社内報をペラペラ捲ってなんかマーキングしている。
自分のディスクに戻る。すると瀬川はなんだか溜息をつきながら、ふと私の方を見る。
「大杉。ラインって知ってるか?」
「へ!?」予想外な発言に思わず変な声が出る。
「いや、娘が言うんだよ。『お父さん。ラインも知らないの?』って。どうやらスマホでなんかできるようなものらしいが、どうもわからなくてな」
「は、はあ」
コイツ娘いるのかよ!!思わずツッコミたくなるのを我慢して、話を聞く。
「だから、ちょっとそのラインとやらを教えてほしいんだけども」
「なるほど。そうっすか」私は少し考え込む。これはいい機会になるかもしれない。
「いいっすよ。ラインっていうのを教えてあげても」
「本当か!?」
「ただし」私はそう言うと瀬川を睨む。
「た、ただし!?」
「……今のでわかったんすけど、瀬川さんてあれっすよね。おそらく悪い人じゃないと思うんすよ」
「お、俺は悪い人だと思われてたのか!?」完璧にショックを受けたようで、キョドっている。
「まあこの際だからハッキリと言いますけど、今の時代としては完全に終わってる人間ッス。正直、クビ通り越して処刑もんすよ。瀬川さんがやってることを動画に撮ってネットにさらしてやったら、あっという間に火達磨になって骨上げ、納骨ですね。前時代の人間よ、さようならー。って」私はそう言うなり瀬川に手を振るジェスチャーをする。
「君、なんだか物騒な事を言うね!?」
「要するに言いたいのは、時代錯誤ってことです。勿論、接客とか昔から変わらない対応面なんかでは、きっとこの支店で瀬川さんの右に出る人はいないと思います。けれど瀬川さんは今の時代っていうものを何も知らないんです。セクハラ、パワハラなんかしたら、下手すると一瞬でネットに拡散されます。そこから無駄な努力家が拡散された動画から個人を特定して、所謂『私刑』に処するんです。怖いっすよ。もうしばらくしたら、きっと瀬川さんがネットで晒されます」
「え、どうしてまた」
私は溜息を吐く。
「瀬川さん、アンタいつも工藤にセクハラしてるでしょ」
「せ、セクハラって。いやそりゃちょっとボディタッチをしただけというか」
「それがアウトなんだよ。馬鹿なのかなホントにこのハゲ!!」
「ストレートに刺してくるね!!」
去年の女装発言の鬱憤を晴らすかのように言う。
「選り好みしてナイスなボディの女性にタッチしてんだからセクハラ確定でしょ!!貧乳の私にボディタッチしてないんだから、『私はヘンタイです。おっぱいのある女性が大好きです』って公言してるに
「そ、そうか。そう言われればそうかもそうかもな」えらく素直に瀬川は頷く。それから、意外なことを口にした。
「実はな。俺の娘って、大杉ににているんだ」
「そ、そうなんすか」
「ああ。凄く素直で真面目なんだが、凄く男勝りでな。全く女っ気がないんだ」
「そうすか。って待てよ、まさか瀬川さん、女っ気無いなって娘さんに言ったりして無いよな?」
すると大杉は目を泳がせる。
「言ったな?」
「話題を作ろうと思ったんだ。高校にもなって彼氏の影も無いから『女っ気が無いなあ。もっとおしゃれしたらどうだ』なんて話しかけたことがある。すると『うっせえな禿げて枯れきったおっさんがしゃしゃるな』ってブチギレられた」
殺人現場でも思い出したかのように大杉は震えだす。
「……まあ暴言吐かれただけで済んだなら良かったと思いますよ。そう言う発言……、性をネタにされると女性って男性が思う以上に傷つくんです。だから、スパッと今日でそういうことをやめてください」
私が瀬川を睨むと、彼はは小さくなって頷いた。
「そうだな。君がそういうなら、そうなんだろう。心に刻み込んでおくよ」そう言うと瀬川は頷いた。
「良かったっす。ということで、これが本題なんすけど……、ラインを教える代わりに、もうセクハラをしないっていうのは約束してもらえますね?」
「分かった。だかその代わりと言ってはなんだが……、もうハゲだとかなんとかは言わないでほしいのだが……」
私はフッと笑った。
「いいっすよ。別に嫌いなやつじゃなきゃわざわざハゲだなんて蔑称使わないっす。それじゃあ、仕事が終わったらラインの使い方を教えてあげますよ。……ああ、あとなんですけど」
「な、なんだね」
「おじさん構文だけは絶対に使わないようにしてくださいね。その構文は、使うだけで娘から嫌われるという物凄く恐ろしい文章構文っすから」
「怖すぎるね!?」
ちっぱい先輩VS スミンズ @sakou
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