第6話 コウは生まれる!
コウは生まれた。ランプの灯りさえ眩しいと感じた。なんだか体がぬるい。液体だ。お湯か? 湯加減が悪い。ぬるい。風邪をひきそうだ。コウは目が慣れてきて自分の姿を見た。うん、赤ん坊だ。さっきの白い空間での“やり取り”は夢じゃなかったのだ。本当に赤ん坊として異世界転生をしてしまったようだ。ああ、面倒臭い。ミッションクリアまであと何年かかるのだろうか? 考えれば考えるほど気が重くなる。早く茜の元へ帰りたい。っていうか寒い。クシュン。くしゃみをしてしまった。マジで風邪をひく。
「すんません、産湯がちょっとぬるいんですけど」
コウは言った。生まれたての赤子が喋ったということで、周囲の人間は驚いたが、コウは平気だった。産婆は腰を抜かしていた。コウは構わず喋り続けた。
「すんません、産湯がぬるくて寒いです。このままやと風邪をひいてしまいます。もう少し温かくしてください」
「わかった、わかった」
「ああ、段々温かくなってきましたわ。もう少しで適温です。あ、今、ちょうどいい感じです。どうも」
「いえいえ」
「どうして君は喋れるんだね?」
「ちょっと事情があって、今は赤ちゃんやってるんやけど、僕、普通の赤ちゃんとは違うので気にせんといてください。たまにはこういう赤ちゃんがいてもいいでしょう? 当分、お世話になります。よろしゅう」
「魔物か?」
神父が問うてきた。
「人間ですよ。僕、異世界から転生してきた18歳です」
「18歳? 異世界転生? そんなことがありえるのか?」
「ああ、お湯が気持ちええわぁ。あ、異世界転生はあるんですよ。ほら、僕を見てください。どう見ても普通の赤ちゃんじゃないでしょう?」
「わかった、わかった。信じられないが、現実を受け止めることにしよう」
「うん、それでお願いしますわ」
「で、貴女はこの赤子は本当に捨てるつもりなのか?」
「はい、事情が事情故、この子を育てることが出来ませんので」
「おいおい、あんたがオカンか? 子捨てはアカンぞ、子捨ては。僕、転生してきていきなり捨てられたらめっちゃかわいそうやんか」
「ごめんね、赤ちゃん。許してね。その代わりにこれを置いていくから」
「なんやこれ? 日本刀やないか」
「じゃあね、赤ちゃん、元気でね」
「おいおいおいおい! だから、子捨てはアカンって言うてるやろ!」
「ごめんねー!」
「うわ、マジで捨てられた。信じられへんわ」
神父は日本刀を拾い上げた。
「これはどうする?」
「え! この状況で話題がそれ? 神父さん、それはおかしいやろ、子捨てはアカンやろ? なんで母親を追いかけてくれへんねん。あ、その刀は僕にとって必要なものやねん、僕が使えるようになるまで預かってもらいたいんやけど、ええかな?」
「わかった。この変わった剣は預かる。大事にしまっておこう。錆びないように時々手入れもしてやるから安心しろ」
「神父さん」
「なんじゃ」
「いきなり親に捨てられたんやけど、僕、これからどうしたらええんや? 赤ん坊のまま、捨てられて終わりかいな?」
「この教会で暮らしなさい。何人もの孤児がいるから安心すればいい。この教会は孤児院でもあるからね。君の仲閒が沢山いるよ。楽しいよ、きっと」
「そうか、ほな、安心して寝るわ」
「そうそう、子供はよく寝て、よく食べるのが1番だ」
「あ、そうや! 僕、まだ何も食べてない、何か食べさせてくれへんか?」
「おお、そうであったな。とはいえまだ歯が…」
神父はコウの口の中を見て言った。
「歯は生えておるな。パンでいいか?」
「ああ、申し訳無い」
「ところで、もう名前はあるのか?」
「コウだ」
「では、そのままコウと呼ぼう」
パンと牛乳をもらって、その日は寝た。
次の日から、コウは2足歩行が出来た。
トイレも(踏み台を使って)1人で出来る様になった。
3歳児から学校があるので、3歳からは学校に入った。
といっても、教師は神父だった。
コウは飛び抜けて成績が良かった。
満点以外をとったことがない。村では神童と呼ばれることもあった。
この世界では、13歳が成人年齢らしい。
ということで、12歳まで教会から保護される。
皆、戦で家族を失ったり、捨てられた子供達だった。
授業以外に、食事の支度、片付け、掃除、洗濯がある。
だが、それ以外は基本的に自由だった。
コウは、6歳まで、悪友とイタズラしながらのんびりと育った。
スカートめくりとか、パンツ脱がしなど、子供らしいイタズラだった。
しかし、来たるべき日のために、運動や訓練は欠かさなかった。神様? の言うことが本当なら、いつか王都からスカウトが来るはずだ。
6歳になって、コウは神父から日本刀を返してもらった。
「こんな不思議な剣で大丈夫なのか?」
「この刀でしかできないこともあるねん」
刀を返してもらったと言っても、むやみに振り回すようなことはしない。
修練も木剣だった。
最初に刀を抜いたのは、酒場だった。
チンピラとぶつかった、同じ施設のサラが酒場に連れて行かれるのを目撃した。
チンピラ達は、サラに“テーブルを舐めてキレイにしろ”と言っていた。
サラは、恐怖に怯えるばかりだった。
サラだけではない、酒場の全ての大人が、“我関せず”と、見て見ぬフリをしていた。コウは真剣を抜いた。真剣での稽古は何度もしてきたが、さすがにコウでも人を斬ったことは無い。コウは少し緊張していた。
そしてコウが踏み込んだ。
「なんだ、お前?」
「噂の神童や。お前達、サラを放せ」
「どうしてガキの言うことなんか聞かなきゃいけないんだよ」
「やっちまうぞ、この野郎」
「サラを返さないと、ケガするで」
「怪我するのは、お前だ!クソガキ」
酒の瓶を振り上げた男の動きが止まった。
腹には、刀が深々と刺さっていた。
コウは、すぐに刀を抜いた。急所は外している。
人の体に刀を刺す感触は初めてだった。思っていた以上に気持ち悪かった。
「早く、病院に行った方がええで」
「この野郎!」
もう1人の男は、大きなナイフを出した。
「こうなりゃ、血を見るまでおさまらねえぜ」
襲いかかるナイフは、コウまで届かなかった。
男の腕は、手首の少し上から斬り落とされていた。
人間の腕を切り落とした感触も、心地よいものではなかった。だが、これでコウは確実に本当の斬り合いに慣れた。実戦経験を積んだのだ。コウは以前よりも自分の剣技に自信を持つようになった。真剣で斬り合えるようになれたのだから、もう怖いものは無い。神武流の剣術の真の強さがこれから証明されていくだろう。
「急いで病院にいけば、くっつくかもしれへんで」
悲鳴を上げながら、チンピラ2人は退散した。そして、この村に現れることは二度と無かった。
それまで、教会の施設(孤児院?)で上級生と喧嘩が絶えなかったコウだったが(負けたことは1度も無い)、この事件を機に上級生も手下に加えることが出来た。
それから、コウは年齢や性別を問わず、みんなと剣術の稽古をするようになった。神父は少し嫌な顔をしたが、“護身術で身を守るためのものです。攻撃するものではありません”ということで、黙認された。
変化は他にもあった。チンピラから守ったサラが、コウにずっとつきまとうようになったのだ。目が合うと、いつも“えへへ”と笑う。妹みたいでかわいかったので、そのままにしておいた。前の世界の幼馴染みの綾女を思い出した。
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