第5話  コウは初夜の余韻に浸る!

 茜を優しく抱き終えて、ウトウトしていると、横に茜がいないことに気付いた。というか、布団も無い。何も無い真っ白な空間だった。床も壁も天井も全てが真っ白。そもそも床があるのか? 地に足が付いていない。宙に浮いているような感覚だ。なんだ! この世界は? なんだ! この状況は?


 “ああ、これは夢や。夢、夢、目覚めたら現実世界に戻れるわ。寝よ、寝よう”


 コウはもう1度寝ることにした。すると、誰かに名を呼ばれた。


「コウ、コウ……」

「誰や? 僕は寝るぞ。起こすな」

「コウ、コウ……」

「なんや? 夢のくせにしつこいな。しつこい奴は嫌われるで」

「夢ではないのだ、コウ!」

「なんやねん? うるさいなぁ。お前、誰やねん?」

「私は、世界を管理する者だ」

「世界を管理する? それって、神様か? 仏様か? 偉い人なんか?」

「神でもなんでも好きなように呼べばいい。お前達が私をなんと呼ぼうと私の知ったことではない」

「ほな、暫定的に神様と呼ぶわ。ほんで、その神様が僕に何の用やねん? 僕は幸せの余韻に浸りながら眠りたいんやけど。用があるなら今度にしてくれ。初夜に来るなよ。場の空気を読んでくれ」

「そんなことは言っていられない、一大事なのだ!」

「だから、なんやねん? もう、勘弁してや。眠いねん。ほんで? 一大事ってなんやねん? 聞くだけ聞くわ」

「ここでは詳しくは言えぬが、大きな災いが起きる」

「この世界でか?」

「いや、異世界じゃ」

「なんや、ほな、おやすみ。異世界のことなんか僕は知らん。僕はこの世界で最愛の女性と結ばれて幸せなんや。僕のことは放っておいてくれ。もう、起こすなよ」

「待て、待て、寝るな! 寝るな! このピンチ、最早抗う術は無いかもしれぬ」

「抗えないんやったらしゃあないないやんか、放っておいたらええんとちゃうの? もう寝るで、おやすみ」

「待て、待てというのだ。まずは話を全部聞け! 寝よう寝ようとするな」

「なんやねん? こっちは初夜の余韻に浸りたいねん。さっきから言うてるやろ」

「私の言うことを聞かぬと、茜が事故に遭うぞ」

「なんやて!」

「嫌であろう?」

「当たり前やないか、なんでそんなにクールやねん、お前は頭おかしいんか? 茜が事故に遭ったら、僕は茜の後を追って死ぬからな! っていうか、それがわかっているなら茜を助けてくれや!」

「まあ、待て、落ち着け! コウが協力してくれたら、その不幸な事故から茜を守ってやることができるぞ。どうだ、少しは話を聞く気になったか?」

「汚えー! なんやねん、その人の足元を見たような交換条件は? 卑怯やぞ! それってほとんど脅迫やんけ!」

「なんとでも言え、こちらも切羽詰まっておるのじゃ。少々は強引にことを進める」

「それで? 僕はどないしたらええんや? どないしたら茜を救えるんや? 茜を助けてくれ! 悔しいけど何でもするから!」

「うむ。コウにはこれから異世界に転生してもらう」

「異世界の18歳にか?」

「いや、事情と都合があって、異世界の赤ん坊からじゃ」

「それはちょっと、回りくどいんとちゃうか? 切羽詰まってるんやろ? もっと急ごうや。サッサと終わらせて平和な未来を手に入れたいんやけど」

「まあ待て、段取りというものがあるのだ。その村で育って、その村で人脈をつくったり、修練したり、準備も必要なのじゃ。ということで、赤ん坊から頑張れ」

「で、その村はどんな所なんや? 村っていうくらいやから、王都ではないか」

「辺境の小さな村じゃ」

「そんなところから、どうやって這い上がれって言うねん? 田舎で干からびてしまうやないか! スタートが不利やんか。ここは王都で生まれるべきやろう?」

「大丈夫、お前が、お前らしく生きていくことが出来たならば、必ず王都からスカウトが来る。スカウトが来たら、お前の使命が始まることになる」

「俺の素行が悪いの知ってて言ってるんか? 僕が僕らしく生きたら大変なことになるで。ええんか?」

「お前の素行の悪さはよく知っている。それでも、ここはお前じゃないとダメなのだ。お前は選ばれた者、力を秘めた切り札なのだ!」

「そういうことならならええわ。ところで、僕が異世界で死んだらどうなるの?」

「こっちの世界に戻ってくる。だが、その時は茜の事故は止めることが出来ないぞ」

「よくわからへんけど、異世界で僕がハッピーエンドを迎えて帰って来たらええんやな? それで僕の仕事は終わりなんやな? 僕は必要最小限のことしかせえへんで」

「そうだ、それでいい。それしか道は無い。お前がハッピーエンドを迎えたら、異世界も茜も救われるのだ」

「畜生、結局、拒否権は無いんかい」

「そうだ、要するにお前に拒否権は無いのだ。始めからな」

「ほな、最初から言うてくれ。なんか、無駄な会話が多かった気がするぞ」

「まあ、いいではないか。良かった。これで異世界が救われるかもしれない」

「“かもしれない?”、かもしれないってどういうことやねん。僕が異世界に行ってもハッピーエンドにならない可能性もあるんか?」

「ある」

「なんやねん、ムカつくわ。もうええ、とっとと異世界に送ってくれ」

「おお、行ってくれるか?」

「っていうか茜のためや。行くしかないやろう!」

「私は、お前の力を信じているぞ……」

「勝手に信じるなー! どうなっても僕は知らんぞー!」







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