第2話 コウの家!
コウは、自宅に帰った。自宅は祖父が営む剣術道場だった。 コウは、毎晩、帰りが遅いので門下生と顔を合わせることが少ないが、割と門下生が多く、道場の経営は思ったより上手くいっているらしい。お金には困っていない家だ。コウは自分が恵まれていることを自覚していた。友人や知人に、恵まれていない者はいる。実は、コウが付き合っている2年3組のまどかも恵まれていない。コウは、まどかにご馳走を奢り、プレゼントをして、更にまどかの弟や妹のおもちゃも買っていた。コウには、そういう一面もある。
帰宅すると、祖父の幻治郎に呼ばれる。毎日のことだ。
「コウ、道場に来い」
幻治郎の後を歩き、道場へ。
コウが祖父から教わる剣術は、門下生に教えるものとは少し違う。
門下生に教えている剣術は、とっくに会得しているのだ。
今日は、道場に両手で抱えきれないほどの大きな岩が2つ置いてあった。
「木刀を持て」
木刀を握りしめるコウ。
「割ってみろ」
コウは、木刀を中段に構えて深呼吸をする。
「早くやらんか!」
コウは気合を入れるために大声を出すということはしない。
無言の一振りで、岩を叩き割った。
幻治郎が、切り口を確認する。
「まだまだ荒いな。斬り口がボコボコしておる。斬ったというよりも、叩き割ったという感じじゃ。では、儂が手本を見せるぞ」
幻治郎が、
「きえええええ!」
と雄叫びを上げて、木刀を振り下ろした。 岩はたたき割られたというよりキレイに斬られている。切り口がキレイな状態だった。
「精進します」
「うむ、今宵は茜と打ち込み稽古をしておけ」
美し過ぎる剣道着の女性が、木刀を持って開始線に立った。姉の茜だ。
「今夜は私がお相手のようです」
「お願いします」
コウ達の剣術は、自分の霊力を木刀(あるいは竹刀)に集めて戦うという、極めて希なものだった。だが、極めれば、先程の幻治郎のように岩をかまぼこのようにキレイに斬ることも可能になるのだ。
また、“戦いの基本は空間の取り合い”というのが幻治郎の口癖で、自分の剣の届く範囲の空間は、絶対に支配しなければならないという鉄則があった。自分のゾーンでは、常に無敵でないといけないのだ。
それがコウ達の神武流の特徴なので、空間支配は茜もやっていることだ。この場合、技術や霊力の差が勝敗に直結する。コウは、まだ茜から1本もとったことはない。生まれてからずっと、1本もとったことが無いのだ。
「突きー!」
「胴―!」
「面―!」
「小手―!」
「突きー!」
ゾーンを破られ、最後に、喉に突きを放たれたコウが倒れた。咳き込む。しばらく動けない。竹刀ではなく、木刀なのだから、本来なら死んでいてもおかしくない。霊力を防御にも使っているので生きていられるのだった。
「コウちゃん、ごめんなさい、やり過ぎたわね」
「大丈夫、僕が弱いだけやから」
「コウちゃんは優しいから、女性を相手に本気を出せないのよ。実力なら、コウちゃんの方が上よ」
「もう、大丈夫や」
「じゃあ、今日はこれで終わり」
「ほな、風呂に入って寝るわ」
コウが風呂に入ると、必ず襷をかけた茜が入ってくる。
「姉貴、もうええで、気を遣わなくても」
「ダメよ、あの日から決めたことなんだから」
「まあ、そう言うならしゃあないけど」
「はい、背中を流してあげるからね」
「姉貴は気を遣い過ぎやねん。もう、ほんまに気にせんでもええから」
「はいはい、背中を流すね」
コウの背中には、肩から腰までの3本の傷がある。幼いとき、動物園に行ったら、ライオンが逃げ出した。茜は棒を拾って戦おうとしたのだが、まだ幼いので勝てるわけがない。ライオンは茜に跳びかかった。その時、コウが茜を庇ったのだ。その時の傷が深かったので、いまだに残っているのだった。
「この傷、なかなか消えないね」
「背中に傷があっても日常生活には支障は無いわ」
「私のせいで、ごめんね」
「毎日言うてるけど、僕は姉貴を守れて良かったと思ってるねん。名誉の負傷やと思ったら、カッコよく見えるやろ? なあ、そう思わへん? カッコええやろ?」
「コウちゃんはいつもカッコいいよ。あ、コウちゃん、女の子の臭いが染みついてる! またデートしたの? もしかしてまた新しい彼女を作ったの?」
「いや、その、あの、まあ、そんなの、どうでもええやんか」
「コウちゃん、女の娘(こ)を泣かしたり傷つけたらダメよ」
「わかってる。傷つけないように気を遣ってるで。まあ、僕はこういう奴やねん」
ライオン事件から、茜は何があってもコウの味方になった。だが、実は茜とコウは本当の姉弟ではない。茜は養女だった。だが、お互いに、本当の姉弟のように振る舞っていた。
母は病弱で、自室にいることが多かった。父は、どこにいるのかわからない。コウが12歳の時に、道場破りが現れた。その時、幻治郎が不在だったため、父の源三郎が相手をした。源三郎は敗北した。看板を盗られそうになった時、
「僕が相手をしてやる」
コウが挑んだ。そしてコウが勝ち、道場の看板は守られた。看板は守られたのだが、自分が倒せなかった相手を12歳の息子に倒された。そのことで源三郎は落ち込み、悩み、武者修行の旅に出た。それからのことを、コウは知らない。自分のせいで父が去ったということだけが心に傷として残った。
風呂から上がったコウは、すぐに眠った。
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