第3話 魔王、魔王を蘇生する




 幸いというか、魔王城には書庫があり、情報を集めることができた。


 まず、魔王城はゲームの設定通り、魔王の誕生と共に異次元の狭間から人間界に転移する。

 そして、それはどうやっても止めようがないらしい。


 つまり、勇者との戦闘は避けられない。


 人間と友好的な関係を築こうにも「人間は絶対に殺せぇ!!」と叫ぶ魔物たちが配下にいては不可能だろう。


 いやまあ、上手く立ち回って主人公との敵対を避ければ可能かも知れないが……。

 残念なことに、俺は『ファンタジーブレイブ』についてわずかな知識しか持っていない。


 というか知らない。


 俺が知っているのはうっかり見てしまったラスボス、アーデウスの戦闘スタイルと主人公の名前、あとは大まかな世界観設定のみ。


 これだけで破滅を回避するために立ち回るとか無理ゲーにも程がある。


 魔王の座を放り出して逃げるのも手かも知れないが、角や尻尾を見られたら魔物だとバレて人間たちに狙われるかも知れない。


 要するに――



「詰みだわー、コレ」



 書庫のテーブルの上に足を上げ、鼻糞をほじりながら呟く。


 思考を放棄した馬鹿の顔を配下に見られたら不味いと分かっているのだが、もうどうでも良くなるくらいの詰みである。


 もっとも、魔物たちに本を読むような奇特な者はいない。

 彼らはただ人間を殺しまくりたいだけのモンスターだからな。


 書庫には俺以外に誰の姿もない。


 だから遠慮なく鼻をほじれる。

 クソゲーでももう少しプレイヤーに有利なところがあって良いと思う。


 ……いや、諦めるな。方法が無いわけではない。



「一番良い選択肢は、勇者を返り討ちにして人間界を征服すること、か」



 ガチガチなアーデウス対策の装備で固めてきた勇者を相手に俺が勝つことは難しい。

 しかし、ゲームならともかく現実かも知れないこの世界でそれは不可能だ。


 ならば勇者をこの手で始末し、魔王として生きるのが最良の選択。


 躊躇っている場合ではない。


 俺は自分の命がかかっている状況で他人を思いやるほど善良な人間手はないからだ。



「よし。まずは自分の強さを確認してみよう」



 俺は席を立ち、書庫の広いスペースに移動する。


 魔王城には魔物たちの鍛練場があるが、魔王がそこで一人訓練してたら怪しまれる。


 ならばここで練習させてもらおうそうしよう。



「俺の……アーデウスの力がウィ◯ペディアで見たままなら――」



 俺は尻尾を自在に動かしてみた。


 尻尾と言っても、どこか爬虫類っぽさのある硬い鱗に覆われているもの。



「うおっ、本当に尻尾から鱗を飛ばせた!?」



 尻尾をブンブンすると、先の尖った鱗が正面に向かって飛ぶ。


 鱗が突き刺さった床は変色し、腐り落ちた。



「うわー、普通の人間や魔物なら簡単に殺せるかも知れないな……」



 俺の尻尾から放たれる鱗の弾丸はランダムな状態異常を付与する効果がある。


 毒、麻痺、混乱、幻惑、眠り……。


 直接的な殺傷力よりも敵の撹乱や妨害に秀でた攻撃だろう。


 あともう一つ、アーデウスには特別な能力がある。

 尻尾攻撃よりそちらがメインと言っても過言ではないだろう。


 俺は全身に力を込める。



「ぐぬぬぬ、はあ!!」



 感覚的にはウンコを踏ん張っている時に近いかも知れない。


 すると、俺の心臓の辺りから片手で掴めるくらいの紅い玉が出てきた。



「お、おお、これが『復活の宝玉』か」



 アーデウスの切り札、それがこの『復活の宝玉』である。

 この『復活の宝玉』を死体の前にかざすと、宝玉が光って死者を蘇らせるらしい。


 魔力の充填に時間はかかるものの、破格の能力だろう。


 主人公が最終決戦で戦うアーデウスはこの力を最大限に活用し、配下と共に勇者一行との戦いに臨む。


 尻尾の状態異常攻撃で勇者の動きを阻害し、配下の魔物たちに攻撃させる。

 魔物たちが死ねば『復活の宝玉』で蘇らせるという戦略だな。


 まあ、この作戦は状態異常対策の装備を整えておくだけで完封されてしまう。


 配下の魔物たちがそう強くないのだ。


 お陰で装備を整えたら余裕を持って倒せるそこそこの強さのラスボス扱いである。



「つまり、大切なのはどれだけ強い配下を連れて勇者との最終決戦に臨むか、だよな」



 強力な配下であれば、そう簡単に倒されず、勇者を返り討ちにできるはず。


 俺がやるべきはより強い魔物を探すこと。



「問題は、勇者を倒せるくらい強い奴がそう都合良くはいないってことだよなあ。――おおっと!?」



 などとぼやいていた、その時だった。


 魔王城が激しく揺れる。


 書庫にあった知識が正しいなら、もうじき人間界に転移する証だ。



「……ふぅ。収まったみたいだな――痛っ」



 地震が収まって安堵したのは束の間、俺の脳天に書庫の本棚から落ちた一冊の本が見事に直撃しやがった。


 か、角が当たって地味に痛い……。ん?



「『魔王城観光ガイド』?」



 それは俺の頭に落ちてきた本のタイトルだった。


 こんな魔物溢れる場所を観光したがる者がいるとは思えないが……。


 俺は何となくその本を開き、中を見た。



「ほぇー、写真付きで分かりやすい。……写真が載ってるとか地味に謎テクノロジーだな。いやまあ、深くは突っ込まないけどさ。ん?」



 その時、あるページが目に入った。


 それは魔王城の地下にある、広大な空間。俺ですら把握していない領域。



「……歴代の魔王たちが眠る……墓場……? そんなものが魔王城の地下にあったのか」



 どうやらこの本には俺の知らない情報が載っているようだった。


 もしかしたら、主人公らプレイヤーに収集させるアイテムの一つだったのかも知れない。


 そして、この本は俺の救いとなった。



「魔王たちの墓場……。いや、それは流石に無理かな? でもやってみないことには分からないし、仮に成功したとして俺に従うかどうかは分からないよな……」



 俺の頭に浮かんできた作戦。


 それは魔王城の地下にある墓地に眠る過去の魔王たちを生き返らせるというものだった。


 普通に考えるなら、まず不可能。


 魔王が群れで襲ってくるとかゲームバランス崩壊どころじゃない。


 でももし過去の魔王たちを蘇生できたら……。


 しかし、これはハイリスク&ハイリターンの賭けになる。

 仮に蘇生が可能だったとして、かつての魔王を味方にすることが出来たら戦力の大幅なアップに繋がることは間違いない。


 逆に、復活させた魔王を従えることができず、反逆してきたら俺は最悪死ぬかも知れない。



「流石にリスクがデカイか。――いや、待て。違う、そうじゃない!!」



 と、そこで俺は気付いた。


 戦力不足を補うだけでなく、俺の置かれている状況を一気に解決できるかも知れない可能性に。



「この賭けのリスク、無しにできるんじゃないか!?」



 仮に復活させた魔王が俺に従わなかったとしよう。

 そうなったら、俺は魔王軍でのナンバー2という地位に収まればいい。


 そうなれば復活させた魔王が勇者に狙われるだろうし、仮に相手が従うとしても単純な戦力アップに繋がることに変わりはない。


 つまり、過去の魔王を蘇生させるのは俺にとってハイリターン&ハイリターン。


 か、完璧だッ!!


 この完璧な作戦はどう転ぼうとも失敗することがないッ!!


 ただちに実行しようそうしよう。



「とは言え、まずは魔王を蘇生できるかどうかだな。早速試してみるか!!」



 俺は『魔王城観光ガイド』に従って隠し通路を通り、魔王城の地下に向かう。


 仕掛けを解きながら進むことしばらく、俺は過去の魔王たちが眠る墓地に到着した。



「お、おお、墓石ばっかでおどろおどろしいな」



 地下墓地には無数の墓石があった。


 日本みたいな墓石ではなく、十字架が地面に突き刺さっているような墓場だ。


 ぶっちゃけ怖い。雰囲気がめっちゃ怖い。



「いやいや、ビビるな。死ぬより幽霊の方がマシだろ。早速魔王を蘇生してみるか。どーれーにーしーよーおーかーな!!」



 俺は一番大きい墓石の前に立った。


 他にも同じような大きさの墓石はあったが、こういうのは勘が大事だからな。



「――死者よ、蘇れ」



 俺が『復活の宝玉』を墓石にかざすと、禍々しい光が生じた。


 その光の中に影が現れる。


 それは背の高い、黄金の髪の美女だった。年齢は二十歳くらいだろうか。


 グラビアアイドルも裸足で逃げ出すようなボンキュッボンだ。

 特にその大きなおっぱいは男の視線を釘付けにする代物。


 身にまとう衣装はやたらと布面積が狭く、抜群のスタイルを強調するような、あるいは男の劣情を煽るような格好だった。


 どう見ても全年齢向けじゃない。


 腰の辺りから漆黒の翼が生えており、頭の上には砕けた光輪が浮いている。


 堕天使、といったところだろうか。



「そこの貴様、不躾な目で余を見るでない」



 その言葉と同時に、美女の指から放たれた灼熱のビームが俺の頬を掠めた。


 熱いどころではない。今にも泣き叫びたい程の痛みがあった。

 あまりにも怖くて喉がキュッとなり、悲鳴が出なかった程である。



「余は魔王シャウラ。貴様が余を目覚めさせたのか」


「っ」



 そして、俺は理解した。


 言葉の重みから感じられる圧倒的なオーラ。俺との絶望的な差を。


 魔物としての本能だろうか。


 目の前の女は絶世の美貌をしているが、同時に絶対的な力を宿している。


 勝てない。戦ったらこちらが死ぬ。


 多分、俺は復活させてはならないモノを蘇らせてしまったのかも知れない。


 死を、予感してしまったのだ。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「まったく関係ない話だけど、生き物は死を予感すると子孫を残そうとする本能が働くらしい」


ア「ほぇー」



「ウンコ踏ん張るで草」「あとがきで未来予知した」「本当に関係ない話なのか疑わしい」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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