第2話 魔王、忘れたいあの頃を思い出す





 落ち着こう。まだ慌てる時間じゃない。


 俺はたしかに『ファンタジーブレイブ』のゲームを起動したはずだ。

 しかし、主人公であるはずの勇者ではなく、魔王としてログインしてしまったらしい。


 まじで意味が分からない。


 もしかしてパッケージと中のソフトが違うものだったのか?


 いや、それはない。

 仮にそうだとしたら店長のバツイチお姉さんが気付いて商品棚には並べないはずだ。


 それに魔物たちが叫んでいる『アーデウス』という名前だ。

 それは歩きスマホ中に調べた『ファンタジーブレイブ』のラスボスの名前で間違いない。


 つまり、パッケージとゲームソフトの中身は合っている。


 考えられる可能性は……。



「もしかして、改造データ?」



 有り得る。


 FDVRの登場初期に発売したゲームでは、相応の知識があればデータを書き換えることができると聞いたことがある。


 そうやってNPCの身体にログインしたりすることが昔はできたそうだ。


 流石に今はできないらしいが……。


 仮に改造データだとしても、あのバツイチお姉さん店長なら確認するはず。


 しかし、実際に俺は主人公の勇者ではなく、その敵である魔王アーデウスの身体になってしまっている。


 やはり改造データしかあり得ないだろう。



「はあ、今月の中古ゲームはハズレだな。仕方ない。取り敢えずログアウトして、明日は半休もらって病院に行かないと」



 こういう改造データのFDVRは脳に多大なダメージを与えるらしい。

 誤ってログインしてしまった場合は病院で精密検査を受ける必要がある。


 改造データと知らずにログインしたなら警察の厄介になることもないだろうし、明日はこれと言って大事な会議もない。


 先輩には嫌味を言われるだろうが、仕方ないか。



「システムコンソール」



 俺はシステム画面を開こうと、虚空に向かって独り言を言う。


 しかし、何も起こらない。本来なら目の前に画面が出てくるはずなのに。



「……システムコンソール。システムコンソール!!」



 何度叫ぼうが、結果は変わらない。


 まさか改造データのせいでFDVRゲーム機そのものが正常に作動していない?


 おい、ざっけんな!! FDVRのゲーム機は十万もするんだぞ!! 俺の給料の半分が改造データごときに!!


 と、そこで俺はある違和感に気付いた。



「お、おい、魔王様はさっきから何を言ってんだ?」


「さ、さあ?」


「なんか魔王様の様子がおかしくないか?」


「いつもの魔王様と違う?」


「まさか偽物か?」



 待て。待て待て待て!! おかしい!!


 俺はあることに気付いてしまった。それはNPCであろう魔物たちの表情。


 彼らの目には困惑と疑念が宿っていた。


 最新のゲームソフトでもここまで細かい描写をするのは難しい。


 これも改造データの影響だろうか。


 そう思って色々と考えていると、その事態は突然起こった。



「そいつは魔王様の偽物かも知れない!!」


「な、なんだって!?」


「おい、偽物!! 本物の魔王様をどこにやった!?」


「もうすぐ人間界へ侵攻できるのに、本物の魔王様がいなくてどうするんだ!!」


「拷問して吐かせるんだ!! 手足を千切って身体の端から食っちまえ!!」



 NPCであろう魔物たちが石を投げてきた。


 と言っても、所詮はゲームの中。当たったところで本当に怪我をするわけじゃない。


 ……そう、思ったのだが。



「痛っ。……え、血……?」



 魔物たちの投げた石が頭に当たり、うっすらと血が流れてしまう。


 それは明らかな異常事態を示していた。


 普通、FDVRのゲームでは現実とゲームを混同させないために過激な描写ができないようになっている。


 仮に改造データで血の描写を可能にしているのだとしても、それには膨大な容量を要する。


 しかし、いくら高価なFDVRゲーム機でも、俺の使っているモデルは家庭用ゲーム機の域を出ない代物だ。


 そんな改造データゲームソフトなどそもそも起動すらできない、はず。



「まさか、現実なのか?」



 突拍子もない考えだが、そうとしか思えない。


 いや、考えるのは後回しだ。それよりも今は解決すべき問題がある。


 それは……。



「「「「「魔王様の偽物を殺せッ!!」」」」」



 魔物たちが俺を吊し上げようと武器を持ち出してきた!!


 今はこの世界が本物でも偽物でも、どちらでも構わない。

 ここで大切なのはログアウトができず、痛みは現実と同じということ。


 つまり、ここで彼らに殺されたら無事では済まないかも知れないってことだ!!


 お、落ち着け。もう慌てる時間だが、落ち着こう。



「ちょ、ま、待って!! 皆、一旦落ち着こう!! 話をしよう!! ね!?」


「「「「「……」」」」」



 必死に魔物たちを宥めると、彼らは互いの顔を見合わせた。


 ほっ。どうやら落ち着いてくれたらしい。


 と思ったら、さっきの倍以上の熱量で俺を殺せコールが響いてきた。



「魔王様は話なんかしねーよッ!!」


「そうだッ!! アーデウス様は逆らう者を皆殺しにする御方だッ!!」


「傍若無人な本物の魔王様なら、オレたちを殺してるはずだッ!!」


「やっぱりそいつは偽物だッ!!」


「殺せッ!! 偽物を殺せッ!!」



 どんなブラック上司だよ、アーデウス!!


 あとお前らも何だよ!! もしかしたら魔王の影武者とかかも知れないじゃん!! いきなり殺そうとするとかどんな蛮族だよ!!


 などと心の中でツッコミを入れていたら、魔物たちが武器を持ってじりじりと近づいてきた。


 ダメだ。このままじゃ嬲り殺しにされる。


 いや、死ねばログアウトできるか? 現実かも知れない可能性があるのに、そんな一か八かの賭けをするのか?


 無理無理!! もし現実だったら死ぬじゃん!!



「っ」



 いや、諦めるな。方法はある。


 この状況を脱する方法を、たった一つだけ思いつくことができた。


 問題はそれを実行できるかどうか。


 ……大丈夫だ、問題ない。

 さっき魔物たちがヒントを叫び散らかしていたじゃないか。


 思い出せ。


 あの忘れたい、中二病を患っていた学生時代の記憶を!!



「――黙れ」



 ピタッと魔物たちの動きが止まった。


 できるだけ傍若無人に、逆らう奴を皆殺しにするような魔王を演じろ!!



「俺はお前たちを試していたんだ」


「「「「「え?」」」」」


「もうじき、魔王城は異次元の狭間を出て人間界に顕現する。お前たちが浮かれ過ぎていないか試してやったのだ。俺に感謝するといい!!」



 さっき魔物たちの誰かが『もうすぐ人間界へ侵攻できるのに、本物の魔王様がいなくてどうするんだ!!』と。


 つまり、ここはまだ魔王軍が異次元から主人公である勇者の世界に襲来する前の段階なのだろう。


 半ばやけっぱちの適当推理。


 外していたら更に俺への疑惑は深まり、もう殺されるしかない。


 でも俺は昔から、ピンチの時ほど運が良いんだ!!

 大学の頃、卒論を期限日までに提出するのを忘れていたら教授が持病でぶっ倒れて期限が延期になったことがある!!


 頼む!! 俺の適当な推理が当たっていてくれ!!



「「「「「……ど」」」」」



 魔物たちが呟いた。


 俺は王座に座って魔物たちを見下ろし、その先の言葉を待つ。



「「「「「なるほどッ!! 流石は魔王様だッ!!」」」」」



 よっしゃあァ!! きたコレ!!


 俺はこのチャンスを逃がすまいと、更にそれっぽいことを言って誤魔化す。



「皆が浮かれすぎていないと分かって安心したぞ。お前たちが俺を疑わず、魔王と崇めるようならこの手で殺していたところだ」


「「「「「ひいっ!!」」」」」


「ふっ。俺は少し席を外そう。お前たちは今後も精進しろ」



 魔物たちがぶるぶる震えている横を、俺は魔王らしく堂々と歩いて王座の間を出た。


 しばらく廊下を歩いて、辺りに誰もいないか念入りに確認する。


 そして、俺は廊下でへたり込んだ。


 緊張が解けて全身から力が抜けてしまったのかも知れない。



「こ、怖かった……。なんだよ、あいつら。顔怖すぎだろ」



 魔物たちの顔は妙にリアルで、怖くて仕方がなかった。


 とは言え、ひとまず危機は去ったのだ。


 ここが現実かゲームの中かは正確に判断が付かないが、それは今から調べて行けばいい。



「でも、よりによって魔王アーデウスかあ」



 ただ一つ、問題があった。


 それは俺のログインした身体、魔王アーデウスである。



「魔王アーデウスって、ラスボスなのにそこまで強くないってウィキ◯ディアに書いてあったんだよなあ」



 大まかな『ファンタジーブレイブ』の内容を調べていた時、うっかりラスボスの情報を見てしまったのだ。


 魔王アーデウスは、勇者が完全装備かつレベルをしっかり上げていれば余裕で勝てるボス。


 つまり、魔物たちに殺されるのを回避できても、いつかは魔王城に来るであろう勇者に殺されるかも知れないのである。







―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「ウィキ◯ディアは人類の叡知」



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