第6話 病の短剣

やっぱりいいなぁ、ダンジョン武器って。


鍛冶屋で研ぎ直してもらった『病の短剣』を見てうっとりする。妖しく光る紫の刀身がなんともカッコいい。考えてみればこの世界にきて初めて手に入れたダンジョン武器なんだよな。


「後腐れも無さそうだし、命をかけた甲斐があったってもんだ」


あの後、2階層でしばらく粘ってみたもののそれらしき冒険者は降りてこなかった。彼らはきっとスケルトンの新しい腰掛けになってくれたに違いない。ありがとう優しいおじさん……!


冒険証もギルドに遺品として届けたおいた。ギルドは冒険者証を回収するといくらかの謝礼をくれる。使った聖水の額と比べれば本当にささやかだが……。


ダンジョンで病の短剣を試したい気持ちもあったが、さすがに少し疲れたので今日は休むことにした。なので、鍛冶屋から短剣を受け取ってしまうといよいよやる事がない。


「とりあえず、飯にでもするか」


日はまだ高く時間は十分にある。


ひとまず腹ごしらえ、と俺は馴染みの食堂へと足を向けた。


♢♢


『ドラゴン亭』はこの街でも1、2を争うほど汚い定食屋だ。


昼から赤ら顔の冒険者で賑わうそこはまさに人種の坩堝といえる。


内装の雰囲気的にゲームで仲間を勧誘していたのはここだったんじゃないのかな、と俺は思っている。


「A定食」


店員に声をかけても特に反応はないが、ここではそれが当たり前。銅貨3枚の定食にサービスなどを求めてはいけない。


ちなみにルーキーたちの噂を盗み聞きしたのもここだ。種族柄、人の輪に入れない俺にとってはここがホットな情報源というわけだ。


「まさか、ルークたちがなぁ……」


「あいつ子どもが生まれたばっかりだってのに」


喧騒の中でちょっとトーンの違う会話が耳にスルリと入ってくる。どうやらダンジョンから戻らない冒険者の話だった。


ゲームをやってるときにはキャラロストは当たり前だったものだが、こうしてその1人1人にもドラマがあると少しやるせない気持ちになってしまう。


この世界に生まれ落ち、ありとあらゆる悪意を受けてきた俺にもまだ柔らかい気持ちが残っているのだ。


「はいよ、A定」


店員のおばちゃんが乱暴に皿と鉄板を置いた。そのまま流れるように次のテーブルへと向かっている。


いかんいかん、せっかくの飯が不味くなってしまう。


気を取り直して目の前には並んだホーンラビットのステーキと小麦のパンに集中する。


この世界ではモンスターを食べると力がつくという迷信があるため、食用で最も最下層のホーンラビットは人気が高い。


グレスピをやっていた俺としてはホーンラビットの肉にそんな効果は無いと知っているのだが、単純に味が好みなのと動物性タンパク質の摂取のためよく食べた。


いただきます、と胸の中でかつて習慣を呟いて、ジュージューといまだに音をだすステーキをフォークで刺す。


「あふっ……あふっ……」


前世でいうなら羊肉が近いのかもしれない。クセはあるが牛肉のような歯応えと甘い脂が口の中で溢れる。後はもう、勢いそのまま食べ続けるだけだ。


ちなみにこの世界にも牛や鶏といった家畜もいるが、それらは目ん玉が飛び出るほど高価だ。貴族ぐらいにならないと食べられないんじゃないか?


「あんぐっ」


濃い味付けのソースと肉の脂が口の中で混ざり合う。それを拭うように口の中に半分に割ったパンを詰め込む。決して上品ではないが、冒険者は美味けりゃいいのだ。


結局その日はドラゴン亭で血糖値を爆上げして、すぐさま宿で気絶してしまうことになるのだった。さよなら休日。

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