第3話 まずは道具屋でニンジンを買え

グレートスピリッツ2階層。


緑地帯も多いここに生息するのは主なモンスターは、スライムとホーンラビット。


スライムの移動速度は遅いので戦う理由が無い限り危険性が低い。


なので、この階層の一番の強敵は標的でもあるホーンラビットだった。


まんま一角ウサギと言ってもいい見た目のこのモンスターはとにかくすばしっこい。


耐久は低いにしろ、準備もせずに出会えば戦闘は避けられないだろう。


もしもビビって逃げても後ろから鋭い角で心臓を貫かれる。かといって今の俺じゃあ正面から戦うのも避けたい。


2階でこれなんだから──まったくグレスピは地獄だぜ。


♢♢


はい、そんなわけで俺はいま茂みに身を潜めながら仕掛けた罠を見つめているのでした。まぁ罠といっても毒入りのニンジンを置いているだけなのだが。


ゲームの世界で「毒入りニンジン」はこの先出てくる様々なラビット系モンスターに効果的だったのだが、現実じゃどうにもシュールな光景だ。


ロマン溢れるドット絵が現実に置き換わると途端に虚しくなる。


泥水啜って生きた先がこれなのか。というか、転生までしてチートがないってどういうことなのさ。チートの代わりに差別が──ってやかましいわ。


「きゅ」


自らの境遇を省みて勝手に動悸を激しくしていると、一匹のホーンラビットが近づいてきた。


額に生えた長い角以外は普通の兎だ。


「きゅきゅきゅ」


前世のウサギと同じく声帯の無いホーンラビットは鼻を鳴らしたような声を出す。ニンジンを見つけて興味深げに鳴いていた。


よしよし、食いつけ食いつけ。おまえさんの大好物だぞ〜?


「きゅきゅ──きゅっ!」


しばらくは周囲を警戒していたホーンラビットも大好物の誘惑には勝てなかった。


「んく、んく、んく」


餌に飛びつきそのまま美味そうに丸呑みした。こいつら噛まないんだよなぁ。うーん、いつ見ても気色が悪い。


「きゅきゅきゅ」


一息にニンジンを飲み込んだホーンラビットは名残惜しそうに、他にも餌が落ちていないか首を振っていたが、その動きが徐々に鈍っていきやがて……眠るように白い体をその場で丸めた。


俺は時間をおいて完全に動かなくなるのを確認してから、なるべく足音を殺して茂みから這い出た。


毒だから眠ってるわけじゃないんだけど、ここで下手に刺激して火事場のクソ力を発揮されてはたまらない。


ゆっくりとホーンラビットを真上から見下ろせる位置まで移動したところで、腰に下げていた大振りのナイフを取り出す。


そして、心臓目掛けてまっすぐ振り下ろした。


柔らかい繊維を割く感触が手に伝わり、最後のささやか抵抗を体重をかけて閉じ込める。手負いの獣は仲間を呼ぶ可能性もあるので、鳴き声一つ漏らさせない。


「うし……」


ナイフを捻っても抵抗が起きないのを確認して、ゆっくりとナイフを引き抜く。


そして血に濡れた刃をボロ布で拭う。血は劣化の原因となるので早めに拭わないといけない。


そういえば初めのころはナイフを骨にぶつけて、ホーンラビットが暴れるわ、刃がダメになるわで散々だったなぁ、なんてことを思い出しながら手に持っていたナイフを持ち替え、ノコギリ状の刃はついたものを取り出す。


そいつでしばらくギーコギーコと刃を往復させるとコロンと見た目よりずっと軽い音立てて角が地面に転がった。


「あと、4セット」


ホーンラビットの角5本の採取。それが本日のクエスト。


ホーンラビットの角は単価が良いから今夜は少しだけ贅沢してもいいかもしれない。


角をリュックに入れて、余った本体を茂みの中の柔らかい土に埋める。


これは別に土葬的な意味じゃない。単純に血の匂いはモンスターを集める危険があるので、冒険者の最低限のマナーというだけだ。


完全に白い体毛が見えなくなるまで土をかけて、少し叩いて固める。


隙間があると血の匂いで掘り出すやつもいるのでこの辺は神経質にやらなければならない。


「──さてどっちに向かうか」


モンスターは血の匂いを敏感に嗅ぎ分ける。いくら毒入りニンジンがホーンラビットの大好物とはいえ、ここではもう罠にはかからないだろう。


「ちょうどいい茂みがあればいいな」


俺はぼんやり今夜のちょっと贅沢なメニューのことを考えながら、次の狩場探しに歩き出したのだった。

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