第5話 誤算
「えっと、その...」
まずいまずいまずい、この際思い出したんだけど、私の夢の中で謎にリアリティがあるパターンってなんでかわからないけれどヤンデレ異型が多いんだよ。とにかく脱出方法1から試してみる。
【つながる】夢から 現実へ
きっと今頃、お腹を出して寝ているであろう女子大生の姿を思い浮かべる......
すっ、とイメージが消えた。
「そうでしたね。あなたは何度だって逃げようとするんだ。」
耳元に置かれた食器が大きな音を立てて割れゆく。キーン、とした高い音からしてこれは良い食器。もったいない。って違う。
手首あたりに熱い反応。手の体温、もしくは人の体温ではない。紐のような感触で熱いが苦しいほどではない。慣れない熱めの温泉みたいな温度で、細い紐でくくられている感じ。ダメージにはなり得ないんだけど、意識が脱出の方には向かいづらいのも事実。【能力】発揮の鍵となる、つながるイメージが妨害されている。
「ねえ。目を開けてくださいよ。ぼく、ずっと待ってたんだから。」
次に、胸元、両鎖骨の間から熱い反応。埋められた熱い石のようなものが浮き上がってきてむせそう。
空気を吸うために口を開くと、自然と同時に目が開く。
その執事とやらは顔が目の前に迫っていた。
あれ。顔が見えない?ずっと黒い影のままだ。首から下はゲームのような執事姿。袖は長いのに、手袋がされていない。こういう世界観だと手袋があるような気がするのに。じゃなくって。
「どうしよう、あなたの顔が、みえ、げほ、がっほっ」
白くなっていく景色の中で必死に作戦だっけ?2を実行する。
【つながる】私 今いる部屋から 屋敷外へ
一度白い世界が冴えわたった後、屋敷の上に浮かぶ自分の姿を確認する。
どうやら成功したみたい。空から自分自身と屋敷がまるっと映った光景が脳内に入ってくる。
それにしても妙な屋敷だ。建物は「」型になっており、中央に庭園が4つに分かれて存在している。
庭園の中心には白い塔のような噴水があって、水の光によって屋敷全体に光が差すようになっている。屋敷の庭に面している部分だけが全て光っていることから、庭に面した場所は全面窓になっているのだろう。
そうすると、自分が先ほどまでどこにいたかの検討がつかない。庭の景色が見えればどこに面していたのか、逃げ道も含めて分かるのだが、逆光のせいで何も見えなかった。そもそもなぜこんな変わった形をした屋敷になっているのだろう?屋敷が庭を全て囲っていないから隣の棟へ移るには庭を介する必要がある。
上空から眺める景色というよりも、今見ているのは屋敷の構造を確かめる私自身の後ろ姿ごしに屋敷の景色が見えている。構造を見たいところだが、そういったイメージをさっき暗示していなかったから、建物内の構造はまるっきり分からず、城壁のような壁と屋根、噴水と庭しか見えてはいない。あとなんか私、マントみたいなものをかぶっていらっしゃる。フードまでついていてなんだか魔法使いみたいでいいですね、もう少し鮮明に自分の姿をズームしよう.......
ふら、と意識が遠のく。
「あらあら、また眠ってしまったみたいですね。おやすみなさい。よい夜を。」
今度はより声の太い、少年や青年とも異なるおじさんの声がした。
「目が覚めましたか?おはようございます、おじょうさま」
あれさっき、意識が遠くなったはずなのに。
意識が遠のくのであれば、夢から醒めることだってできる。そうやってよく悪夢からは逃れていたんだけど。脱出できた。そう思っていたんだけれど。
同じベッドの中にいた。白いシャツと黒いタンクトップ?みたいなものを着たI型の執事がいる。今度は星が出ている。白い塔がより綺麗に輝き、庭の草木の露を光らせている。黄色っぽい髪に前髪の部分、毛先が薄緑色、少なくとも現実での学内では見たことのない組み合わせ。短髪だろうか。...頭痛。
「いッ」
「だめですよ、相手のことを知ろうとするならば、まずはお互いに自己紹介をしないと。マナーでしたよね?」
気配で解った。相手の口角が上がっている。誰だ、さっきの執事とは様子が異なる。
なんとか、なんとか今回の舞台設定を確認しなければ。
【つながる】設定 表示 現在
(設定)(ひめ?何度か脱出を試みるもあきらめた様子。ほかn..)
(設定)という文字が歪みだす。そして溶けて消えた。強烈な眠気。まどろみ。瞼が重くなっている。
「おじょうさま。それ...使おうとすると、ペナルティが....」
意識が黒に塗り替わった。
「おはようございます」
夕暮れ。オレンジの窓から赤い光が差し込んでいる。今回の相手はシルエットのみ。頭が、ぼーっとしていた。
「よく、眠っていましたね。おや、今回は考えるほどの力も残っていませんか。これはこれはかわいらしく成長なさって...」
ちがう、考えるとペナルティがくるんだろう。事実、今の私に使える能力の術はない。軽いガス欠状態だ。
それでもとにかくできることを増やすしかない。たとえば....また、それ以上に体力を無駄に削ると、起きた時の疲れ方が半端なくなる、だろう、から......
「それでは、お食事のじかんですよ」
奥からワゴンの音が聞こえてきた。湯気からシチューみたいな匂いがする。そういえば、シチューを最近口にしてなかったな。へへ、おいしそうではあるな。
小さな器に盛られたそれを、スプーンで掬った執事の黒い腕。身体の面がこちらへ向けて回転してくる。
強い拒否反応。頭痛、息が苦しくなる。これは食べてはならない、はっきりと意識が私を突き動かしている。ここから逃げる手段は......しかし今の状況すらもまともに把握できていない。分かっていることはなんだろう?少しだけでも整理する時間を作らねば、
「ちょっとまって、わたしはあなたのことが」
「いえ、知る必要もございません」
「この星はいつからでているの?」
「おや?今回は珍しいご質問をなさるんですね」
相手の動きが止まった。考えているようだ。今のうちに状況を整理しよう。
時間軸は確実に動いているはずだ。今は太陽光は感じない。窓の外は明るいが先ほどよりかは暗い。窓の外では変化が起きている。時間が流れているかもしれない。
他には?
食事、それは時間が経たないと行うことが出来ないもの。エネルギーが減るには時間が必要となる。一瞬にしてエネルギーがもとに戻ったり、減ることもない。
一番初めは起き上がった時、その後は屋敷の上を飛んでいた。もし、時間軸が過去から現在に向かって流れているならば、エネルギーは相当消耗しているはず。それでつながる能力が使えないならば合点がいく。もしかすると、初めに起き上がってからも時間が経っているのかもしれない。とあらば、この世界においても時間経過はあり、食事をとる時間にまで動いているということだろうか。
「これらの星は数千年単位で動きを変えるのです。見える星々の世界にはまた別の世界も存在するとされております。わたくしたちの運命も別の星では違った邂逅であったでしょうね。」
「そして...」
なんだか長い説明をしている様子なので、適当に頷きながら考える、では、周りの様子を確認して......腕が拘束されている?後ろ向きに束ねられ、両手首を太い縄のようなエネルギー体に縛られながら腰と両手がくっついた状態で椅子に座らされている。気が付かなかった、今は椅子に座っていたのか。
「ということなのですが、おじょうさま」
「さてはわたくしのお話を聞いておりませんね?」
まずい、思った以上に早くばれてしまった。もう一つの質問をしよう。
「ええ、それよりも今椅子に座っていることに気が付いて驚いていたの」
相当現在の状態を理解するのに時間がかかっている。寝る姿勢と座る姿勢は全く異なるが、なぜ分からなかったのだろう?
「どうしてこのような仕打ちを使用人が主人に対して行うのかしら?」
一か八か。地雷でなければいいが。この世界の設定が分からない上に現状も把握するのにはこの質問が最も重要でかつ、相手もこの質問については話す気にもなるだろうし時間稼ぎにもなりそうだ。そういえば、あの手首を縛る感覚はまだ残っているだろうか。いつからだろう。この感じ、どこかで似た感覚が腕にあったような。
「本当に、おじょうさまは麗しいお方ですね、」
「このわたくしに、そのようなご質問をなさろうとすることが」
「気に食わないですねえ」
「おはようございます、ささ、冷めないうちにどうぞ」
...しまった意識がまた飛んでしまっていた。喉の痛みが激しい。エアコンをつけっぱなしで喉を傷めた時のようなヒリヒリとした痛み。喉を掻きたいが、手は縛られている。自分自身の姿すら、イメージができないくらいには疲弊した寝起きだ。
じゃがいものような香り。うっすら目を開けると、スプーンが口元へと運ばれている。思考がままならない。これは何回目のどの時間軸だ?
ぞわり、と肩に悪寒。気が付かなかった、目の前から私の真後ろまで周りに5人ほどの執事がいる。静かに黙って見つめられているような視線が怖い。まるで人の気配ではないような...直接その姿を見ないよう、周りの物に意識を持っていく。
傍にある時計が13時を指していた。
「がほ、げ、げほ、ご、」
どこだろうここは。
下からゴン、ゴン、と音が聞こえてくる。
これは...寮にいるI型後輩くんの筋トレの音......寮か。目覚められたのか。はあ。
真っ白な壁と電球、手を動かすと壁にぶち当たり部屋の狭さを感じられる。これは寮の私の部屋、寝室だ。汗びっしょりの状態だった。というよりも何時間寝ていたんだろう。
[18:20]
そりゃ後輩くんも帰ってきて筋トレを始める時間だろうよ。
掛け布団を起こし、冷蔵庫へ向かう。
〔よく寝てたな、おはよう〕
背筋の悪寒がぶり返す。身体が思い出したように硬直して動けない。...いやいや、こんなことで「おはよう」恐怖症なんかになってたまるか。頭を冷静に保つとするり、とベッドから降りることが出来た。それにしても能力が使えたり使えなくなったりと忙しい。まだコントロールが出来ていないとはいえ、一日にここまで差があるのは初めてだ。今はだれかさんと【つながる】状態が続いているんだろうか。
ただちょっと怖いから、心の内でつぶやくくらいにしておく。
(おはよう)
返答はない。私の伝え方が良くなかったかな。
「お、おはよう...」
実際に声に出してみる。お腹が妙に空いていた。
冷蔵庫の中から、レンチン料理を取り出す。ラップと取り皿を出すと、意識が一瞬途切れる。[...ないの?]
一瞬すぎて聞こえていなかった。なんて言っていたんだろう。それよりもあの夢。こんなに何度も同じ場面設定の夢を短時間に繰り返されるものは見たことがない。短時間に時間軸だけが進み、こちらには行動制限がかかっていた。設定も無茶苦茶で、会話も支離滅裂、行動から状況把握までも安定しないのはこれが初めてかもしれない。...本当に?たぶんほんとうにそう。
レンジの設定時間とスタートを押して、その手で足を撫でてみる。ほんのりと温かい、寝起きの湿った足裏。冷たい足の甲はカサカサだ。せめて足裏と足の甲の湿り気くらい反対になってくれれば床はべたつかないし、さらさらあんよとお肌になるのに。
[ほんとうにおぼえてないの?]
幼い、小学生みたいな声。
足首をきゅ、っとつねられた感じがした。この感覚...夢の時の感覚と同じかもしれない。それに、別の日に見た腕を縛られている感じとも似ている。なんだこれ。なんだ、これ。
ぱちぱち、と爆ぜるレンジの中。水と肉の油が吹き飛んでいる。ふんわりと覆ったラップが熱で縮み、耐熱容器の中が窮屈そうな軋んだ音を立てている。覚えている、何を?
爆発音とともに、レンジの扉が開いた。肉が破裂しもやしやらキャベツを吹きだしてそれらを床に落とす。ぺち、というかわいくも後処理が面倒そうな音が静かな部屋に染み込んだ。触ったら熱かった。そういえば...
熱、あつい、太陽。
そういえば、同じことを尋ねた時の太陽さんの答え...
《そのうち分かりますよ~》
燃えるような喉のつっかえ、胸の鼓動の記憶。夢、声...夢で度々現れる複数のI型執事。
軟禁、お世話をされている状況、夢、眠り......。
床のキャベツを拾っては容器に戻す。今度は破裂しないように、奥へと押し込む。
周りの野菜はまだ温まっていない。私の足よりも冷たい。ああ分からない。
[うそつき。わかってるくせに。]
幼稚園児くらいの子の声。図星なのか、足がしびれて力が抜けていく。電子レンジの高さからずり落ちていく身体。分かっていること?しかし思い当たる節がない。手を伸ばした距離にある[スタート]ボタンが遠ざかる。電子レンジの下にある冷蔵庫が目の前いっぱいに広がる。意識が切り替わる。
広い宇宙の遠い遠いところまで、手を広げた《私》が宇宙空間の真ん中にいる。
とても美しくて壮大だから、外見では私ではないと思った。ただ、多くの者が言ったのだ。
《おはようございます。起きてください、女神様》
その声は、私の空腹の腹よりも奥のどこかへとつながり、《私》を通じてまた現実の身体へと響き渡る。声、つながり、内側の誰かさん、そして、私。
それらが皆一斉に《私》という壮大なよくわからんイメージと現実の私を《【つなげる】》時だった。
...レンジの中の耐熱容器はぐんにゃりと曲がってしまっていた。
何も分かっていない。それでも、確実に感覚として訴えられていることが魂に通じて伝わってくる。
「わたしが、ほんとうに、めがみ......?」
執事、精霊、神々、人には聞こえない声。
知らない世界、繰り返される意識、行動。
ズレたピースが全て合うかのように。分裂した世界が統合されるように。
人ならざる能力、視点、者たちのつながり。
夢での感覚、視界でとらえた映像、それらが存在しているならば。
超人的なつながり、それがどこまでも広がっていく。
そして、一つの光に向かって繋がっていく
ありとあらゆる可能性、姿が交錯し
一瞬にして、すべての声が一つになった。
《おかえり。おはよう、めがみさま。》
「そんな、それじゃあ本当に...」
人生最大の誤算であった。否、「人」の生き方をしていたことが誤算であったとも言えるかもしれない。
《そして、おひさしぶりです、人の姿のあなたさま》
過去に「めがみ」とか言われていたことが本当だったと、心の光が差し示している。
そして、それが、たった一部の過去であったことも、まるで体の細胞の一部であったことを思い出すように感覚で伝わる。
遠い記憶の、感覚の、全てが光の管でつながり連動しているような心地になる。
つまり、私は女神でもあり、他の存在にもなっていた存在で、現在たまたま、人間として成していたということになる。
そして、この説明を自問自答していても違和感がない。むしろ、周りの陽の光は輝き、風の匂いは甘く、空気が一段と美味しくなっており自らの精神や感覚が研ぎ澄まされた状態で自然の祝福を受けているようにも感じられる。わかっている、それはつまり...
「私の過去世は女神さまだったのか...」
私、しがない女子大生、レンチン中に過去世を思い出しました。過去世は女神だったそうです。いいのか?これで。私の自己認識において、誤算も大誤算、今世のことも良く分かっていないのに前世を思い出しました。
【能力】アンロック つながる コントロール
そして、今頭の中で初めてアンロックとかいう言葉が鳴り響きました。
【能力】探索 過去世
結果 何万種類もあり。そのうちの一つに、女神がある。
さらに知らない間に検索がなされました。そして勝手に過去世が想像以上に数多く、思い出したのがその一部であることが分かりました。我が両親よ、娘は一人暮らしの間に過去世を思い出しました。将来については、いまひとつわかっていません。
《おめでとうございます、ささ、次々いっちゃいましょ~!》
そして謎の目的不詳のクエストまで語りかけられました。
本当に私の今後、どうなるんですか.......?
追記 レンチン野菜は焦げました。お腹が空いたまんまでした。
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