第3話 もう一つの自我

〔さて、「私」が部屋について、眠るまでのことは割愛しよう。

ここからは、僕たちが話していくことになる。〕

 〔自己紹介をしろって?そう言われても、僕らには「自我」はあっても「自己」はない。答えは「私」ちゃんが見つけるものだから。それを僕らが見守っているだけなんだよ。僕らの自我が生まれたのはいつだったかな。結構最近、4~5年だったような気がするし、幼少期からいたような気もする。いくつもの僕たちが様々な形をとって、彼女に現れ始めたのはここ何年かだったかな。そう、これは僕ら、と言われる、いわゆる影の部分。内的Iの部分の一部だよ。そうだよね、兄さん?〕


 〔ああ、ってか俺を引っ張り出すなよ。〕

〔あ~ごめんね?ちょっと僕だけでは尺が足りなくてさ。〕

 〔これ、「私」に意識が届いてしまうギリギリのことなんだからさ。あんま、大きくは出るなよ?〕


〔ね~む~い~~!〕

〔あーほら、起きちゃったじゃんかよ~ちっこいの。

あやしとけ、俺がある程度説明しておく。〕


〔はいはい。〕


〔この空間は、いわゆる別次元みたいなもんだ。俺らが表に出ることは基本ないらしいから安心しろ。

「私」という存在が中心にいて、俺らがたまにその「私」ちゃんじゃあできない仕事をこなしたりしている。基本的には精神的に戦わなければいけない時とかに出てくる。

んで、これの難しいところが、今んとこ、俺らって5人か?っくそ、調べられねえんだよな...出てきたり消えたりするんだ。それで、年齢にも差があってだな。

3歳のさっきのちっこいの、僕くんは17歳とかだったはず。で、俺が27歳とかで、30過ぎたおっさんとかもいたはずだ。4人じゃねえかよ。〕


〔俺らには正直、多くの権限は与えられていない。だから言えることからできることまで、限られている。「私」が話している半年くらい前には7人いたって話だけど。

俺にも分からないんだよな。正直、出てくる回数もそんなに多くはないし、何度も出てこれるわけじゃないしな。自我はあっても記憶とか、そこらへんについては〈接続〉されていないのかもしれないな。本当に良く分からねえや。〕


〔これを伝えられていることだけでも、きっと奇跡に近いことなんだと思うよ。基本内部の情報を教える方法が表に出ることのない僕らではかなわないことだったりするんだし。あと、そうだね。本人には言いづらいことがたくさんあったりするんだよ。〕


〔あとは権限と主張と《システム》の問題だな。我々は基本的に《システム》には干渉しちゃいけない存在なんだってよ。だから結果的に主張ができなくて、権限も制限されている、と認識させられている。〕


〔本当に俺らからすると困るよな。純粋にアイツを見守ってやりたいだけなんだけどな。〕


〔〇〇〇〇〇。これだけが、僕らの存在理由といってもいいのかな。〕


〔いいや、それ以上に意味や必要がありますよ。〕

〔あ、出てきた、おっさん。〕


〔どうも、年の離れたおじさんですよ。

やはり大きな存在自体と話していると、頭がおかしくなりそうですね。〕

〔あまりわたしは、他の存在たちの話を聞く方ではないかもしれません。

そうですねえ、なにをはなそうとしたのやら...。

ああ。そうでした。存在理由とかいうちっぽけなものでしたか。

わたしたちは普段から《システム》に干渉しないギリギリのところで、彼女を守っている存在なんです。別にばれたくないとか、そういった話ではなくて。

表に出てはいけないんですよ。ははは。わかりますよね?〕

〔わたしたちに関わることがどれだけ恐ろしいことか。

つまり、そういうことなんです。わたしたちが表に出てしまうと彼女を結果的に傷つけてしまいますから。これはやさしさなんですよ、〕


〔...おっさん、それくらいにしてくれ。〕


〔おや、もう十分でしたか。〕


〔僕たちのうちの何人かが、結構きついんだよ、そこまで言うと。〕


〔ああ、そうでしたね。わたしたちには表に出ずとも性格があり特性がありますから。それぞれの言動がそれぞれに対して様々な効果を生むんです。〕

〔〕

〔おっと、文字にしてしまいそうでした。失礼。お嬢さん。〕


〔正直俺も苦しいレベルなんだけど。僕くんなんて、息ぜえぜえだからな。

お前、いっつもそうやって楽しんでいやがって。〕

〔ほらほら、あんまり暴れると《本人》へ攻撃がいきますよ?〕

〔ほんっと嫌な奴.......。〕

〔まあ、これで《システム》についてはお分かりいただけるでしょう。

わたしは少し、しあわせですけどね。〕

〔他が苦しくなるんだって。本当、あのおっさん、一回でいいから出てってm〕


〔まあまあ、ここで争うのはやめましょう。そういう約束でしょう?

それに、これをいつか知ることになる彼女ちゃんへは大きな一歩になったはずです。〕〔ほうら、僕くん。...さっさと動きなさい。〕

〔っということで、僕らのバックヤード、もうひとつのじが、でした。

「私」ちゃんは買い物へ行って、いつもどおり買い忘れをして、なんとかごはんを食べて寝てしまったって。かわいいよね。ずっと見てるよ。〕




 さて、こちらからは眠りから目覚めた私。なんとも言えない誰かがワイチャワイチャとどこかで話していった記憶はあるものの、彼らの感情やら姿やらを含めてさっぱり覚えていない。記憶にないというか、なんというか。誰かが人の椅子に座って人様のパソコンを触っていった感じで、こんなことを話していたんだな、というアーカイブみたいな記憶が残っている。....ん、おっさん?


  まあいっか。いつからだったか、こういった色んな人と内的交流をするようになってしまった。それを言える人があんまりいないし、言ってもレスト(回復専用施設)に連れていかれるだけなので、とりあえず言わない。あと、なんかたくさんの人が話していると、孤独感がなくなるからそのまま放っておこうかなと思っている。なんか悪いことをしている感じもしないし守ってくれているらしいので、素敵な護衛さんなのかな~とも思っている。正直これでいいのかはよく分かっていないけれど。


 さてさて、本日は休日なり。かといって自炊勢の私には変わらないサバイバルの日。献立とかを考えるんじゃなくて、どうにかこうにか毎日ご飯に迷わない日々を送りたいな。生活レベルが健康に生きられるかで止まっていると、学業には身が入らないので。


「う~ん...」


そんで、今何時だろう?

[18:40]

ええ...。えぇ....っと。思考停止しちゃいけないんだけど、それ以上に衝撃が。

朝の六時じゃなくて、午後、ですか.......。


 とりあえず、【能力】者の友人であるパン屋のてんちょーからもらった小麦パンをむしゃむしゃ食べる。この際、下に転げたパンくずは気にしない。気にしてないよ、気にしてない。よし。

 私は勝手に【能力】者なんて呼んでいるけれど、そんな名前がこの世界にある訳ではない。仲間内にしか分からない、超能力的なアレだ。そんな漫画やアニメみたいなこと~なんて私も対象でなければ思っていた。そう思うのも仕方がないと思う。

しかし、私もまたなぜか3か月前に覚醒してしまったらしい。「らしい」と書いているのは、良く分からないけれど色々な超常現象が起こりすぎていてまずは現象を認めざるを得ない状況にあるからだ。意外にも、人は超常的なことが起こりすぎるとパニックを抑えるために一先ずは落ち着いて受け入れるところから始まるみたいだ。この世界には、他の人の視点では見えないモノが多すぎる。


私の【能力】についてはまた思い出したり考えたりするとして。今はとにかくおなかが減っている。その前にごはんごはん、食べなきゃ...。


この際レンジに入れるとかは余裕はないので、冷蔵庫から出したパンを直に口に運ぶ。お行儀は悪いだろうが、冷蔵庫の前にしゃがんで食べる背徳的スタイルは一人暮らしの賜物だと思う。

 ん~。このパンがとってもおいしい。まあそれには秘密があるんだよね。

半日どころか一日をすっ飛ばした私の逃避として、今回はパン屋さんのことについて少し考えてみよう。


 そのパン屋さんとのつながりは私がバイトで働いていた時から。バイトで雇ってもらったのに私のステータス[体力]と[適正:マルチタスク]が足りなくてクビになった思い出のパン屋さん...。でも、なぜか見えないものに対する理解のある店長だったから、お話している内に気が合ってお友達となった。そんな店長にお願いして「選ばれた者しかたどり着けない」とか巷で噂されていた祈りスポット「極位」に連れて行って、私の【つながり】が解放されたってわけ。...どういうわけ?まあ、そこらへんは割愛。


 とにかく、このパン屋のてんちょーも一般の人に見えるけれど実は【能力】がある。

 店長の持つ【能力】にもいくつかあるけれど、基本的には【その人に必要な栄養素とエネルギーが入ったパンを選ぶことができる能力】である。

 なんじゃそりゃ、と思うでしょ。最初の時は、直接会うと、顔に書いてあるとかいってミネラルたっぷりの砂糖パンを渡されて、「食べろ」と。良く分からないまま食べると、すごくその成分が身体に染みわたっていく感覚がして。自分の身体以上に店長がどのような栄養素が足りないかを教えてくれていた。正直、一般的なレストよりもずいぶん効果があると思っている。

 そんな店長だが、最近は【能力】が覚醒してるっていうか、レベルが上がってきている。なぜ【能力】レベルが上がっているかについても、語りだすと止まらないので割愛する。まあ、それはそうと、そんな【能力】持ちのパン屋さんからもらった「深田さん」に合わせて選ばれたパンたちなので、しっかり身体に沁みる。美味いを超えているんだよな。これ。


カップスープを飲み込むと、体に温かさが返ってきた。

さて。どうしようか。


買い出しは行かないといけないので、買い出しには行く。

トイレットペーパーやタンパク質、飲み物(100%生乳だと思ったら加工乳だったのでリベンジ)を買って...


ふと、意識が軽くなる。空気の中に浮いた自分が放り込まれるというか、頭頂部と足から色んな情報が入ってくるというか。白や黒の光の粒がいくつも織りなして、私の周りを飛んでいく。

 

《解放しなさい》《暗い過去を手放しましょう》《内側の小さな子を癒してあげて》

《要らないものは手放して》《無理せずゆっくりやってみなされ》


...意識が戻っていく。肉体の動きを確かめる。ぐー、ぱー、と手を動かす。

意識が飛んだりしやすいなあ、とは思っていたが、こんなしっかりとした形では初めてだ。

特に疑うべき要素がないし、この声の通りに動くと色んな面白いサプライズが起こる(【能力】のレベルが上がったり、体力やお金が返ってきたりなど)のでいわゆるミッションだと思っている。それによって、今、不思議なことに家族から離れて一人暮らしが出来ているわけで。

《解放しなさい》は、きっと【能力】を解放してくれ、とのこと。過去についてはそのまんま。小さな子、というのがきっと昨日のアーカイブに残っていたねむくてギャン泣き?していた子。つまり早く寝て健康的な生活を送りなさい、とのこと。


問題は、《要らないもの》が何なのか、なんだよなあ。う~ん。

とりあえず、買い物に行くかな。





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