第2話 考えてみよう

 本来であれば、もう卒業しているはずの私に取るべき講義は少ない。桜の下でワイワイ新歓だとか騒いでいる彼らとは関係があまりにも違いすぎる。

そんでもってこれから私はどうするんだろうか、という一年先の曇り空を眺めて歩く。あまりにも、寮に集まる1年生たちとは距離が遠すぎる。

 そんな1年生たちの光景を直視すると脳が焼き切れてしまうので、最低限のメイクで培われた動じない心を盾に学内でお弁当を買って寮へ帰る。食費もまた、管理しないと口座にいくら残っているんだか。考えるだけで恐ろしい。学食の安さは大変ありがたい。

 ハッピーな学内は声でごった返していた。人に気を取られ、どこかそこらでお弁当をぶちまける恐怖よりは幾分も気分がマシになるので、私は桜を見て考え事をしながら帰宅する。

再び、占い師さんからの言葉。


〈あなたの人生におけるモードはハード以上です〉

〈皆さんがよく頑張ってきましたね、と言っていますよ〉


 確かに、まあ、平凡ではなかったと思う。父の仕事上、転校はよくしていたし。

 ギルド管轄内のグローサリー(店)があまりにも少ない辺鄙な土地に住んでいて、シェイクというものがなんとも美しい神の飲み物だと思っていた時期だってある。

今では、学内にスーパーミラクルシェイクという期間ごとに味や色の異なるシェイクが飲めてしまう環境に住んでいる。国外では元祖シェイクが徒歩圏内で飲めるほど便利だった。要するに、色んな特色のある土地で生きてきてはいる。

 極端なのかは分からないが、生きてきた年数に対しての経験値は多い方だとは思っている。だから、今までの数少ない私の人生はたくさんの小世界を旅してきたような感覚だった。それでいて、人生の中でここだ!と思えるほど居心地の良い場所や人に会ったことは今まで全くなかったんだけども。

 外性〇(まる)型専用学校にも数年居た時。同性の壮絶ないじめやよくわからん人間関係やノリも体験した。(そういえば、父上は外性I型専用学校に6年も通っていたから、我々のような外性〇型の生態系なぞ知る由もない。)

 外国では、普通に家の敷地内に城を所持していたり、貴族や王族の血を引く友人とも知り合うことが出来た。外国の学校も卒業しており、その卒業時間のズレが発生したことで自国の第三王立学院には1年遅れて入学している。


 そう。私、深田さなは、肩書きだけを見るとおじょーさま、ってやつらしい。全然そんなことないけれど。家賃9万ルークのチョイ良いとこくらいの学生マンションに住んでますよ。良い家賃を選んだから食費がカツカツなんです。月13万ルークの仕送りでやりくりするために毎日自炊、交通費はチャリで浮かせているんだから。


 私が住んでいるこの国では、5人の王子がそれぞれの管轄で地域を治めており、兄弟の上から多くの権威が与えられているので第一王立学院が最も権威があることになる。ただ、あくまでも与えられる権威は一部のみで、権威の管理が王子たちの仕事らしく、本当にすべてを司っているのが王子さんたちの父上である王であり王立なんちゃらとつくものらしい。第一王立シリーズは貴族もいるが、王立となると本当に一握りだし基本的には会うことや知ることすらない。一応、父親が貴族でも王族でもないのに、王立関係者であるから、その繋がりが多少私にもあるらしい。あまり父親の仕事についてはよく知らないので、面会した人は少ないし父は何も公言できないらしいから、王立関係について私は何も知らないし接触なぞ何もないんだけれど。

 本物のお嬢様なら第一王立か王立学院にいるはずなので、私は自分自身を自称お嬢さまということにしている。お付きの方がいるわけでもないし、厳しいお家でもない。でも、身内に王立関係者がいるから、たまにその方々にお会いするためだけに綺麗なお召し物とやらを身に着けることがあるので、何とも良く分からない立ち位置ではあるかもしれない。王立の人たちと間接的な繋がりはあるけれど、私の周りの生活も教養など、すべては一般そのものだから自称おじょーさまなのです。もし自分に好きな称号をつけられるなら、おじょーさまではなくて、いろんな世界を見てきたことから(異世界放浪者)と名付けたい。それくらい、大したことのない人物だ。


 そんな私の人生に、仲間と思しき人たちとは出会ってこなかった気がしていた。学び舎も、友達も、家族も。みんな知らない世界の住人に見えてきた。

 ずっと一人で生きてきたような感覚があったんだけど、いつだったか優しいあたたかな光に包まれてから、仲間の存在に気が付き始めた。小さい頃からの不思議な体験の周りには、常にだれか人やどなたかが傍にいてくれていたみたいなのだ。


 さらにさらに、今年に入ってからというもの、ピタピタと居心地の良い人たちが集まってきた。それが揃いもそろって皆、【能力】持ちなんだからびっくりしてしまっている。【能力】っていうのは、世界的には迷信とされている、ちょっと変わった特殊能力的なやつ。これは説明が長くなるので、割愛します。


 笑顔に見える新入生を囲う疲れた笑いを浮かべた上級生たち。彼らの神経を読み取りそうになって、慌てて視線を外す。わーさくらがきれいだな~。

 こうやって校舎内を平然と歩いている私もまた【能力】がある。それはあらゆるものと【つながる】ことだ。今でこそある程度のコントロールができるが、人と勝手に【つながる】状態にあると人の気持ちから過去までを読み取ってしまうから大変。桜へと視線を移すと、今度は桜と【つながる】状態になっていく。


(みてみて!伸びができるようになったんだよ!ほら~の~びぃ~~)


 桜の枝がぶんぶんしなっている。不自然なほど動いているわけではないが、自然に風で動くにはしなり方が大きい。近くに止まっていた鳥が驚いて羽ばたいていく。

 傍から見ればゆさゆさと桜の枝がしなっているくらいの行動だが、気持ちや言葉が分かるのでこんな現象の裏側も知ることになる。うん、さくらさんよかったね。たのしそう。

 さくらさんへ、私なりのリアクションをしっかり伝えたいところだけれど、うっかり発話してしまうと、周りの人たちに驚かれてしまうので目を細めてニコニコしておく。これなら思い出し笑いとかをしている不思議な学生となるので、不審者にはならないハズ。


 ...でも。本当になぜなんだろう。今年に入ってからあまりにもすごい速度で【能力】持ちの人とバッタリ出会いまくっている。いくらなんでも多いとは思っている。

 例えば、未来が見える占い師さん、神様とつながって言葉を話す語り部さん、降りてきたイメージから小説を書く後輩ちゃん...。さらに、一度会った【能力】者とは、会わなくてもお互いのことが大体分かるようになっている。この前、【能力】者のお友達、てんちょーからは「深田さんからサツマイモが食べたい!と叫ばれた」とか言われた。言った記憶はおろか、サツマイモが食べたいと考えたことすら無かったのだが。てんちょー特製、サツマイモパンは絶品だったし確かにこれが食べたかったんだ、と思ったので合っているのだろう。こんな感じで、【能力】そのものや【能力】を持つものもまた拡大し、繋がりが強化されているような気がするのだ。

 そもそも、私はまだ【能力】というこの仕組みについて、明確に理解も説明もできていない。ただ、超常現象だけが先行しており直観のみが識っている何かであるだけ。


 ちなみに、私の家族には【能力】者はいない。私のみである。そもそも【能力】自体が特殊であるので、理系ばかりの家族からは説明のつかないでたらめだと思われる可能性が高い。だから、【能力】について関係のない家族には知られていない。ついでに言うと、生きている人の大半は【能力】なんて魔法の使えない人たちの妄想とまで思われている。ということなので、人にはなかなか話せないし話すこともない。私の場合、家族には伝えていないまま今に至っている。そもそも、「わたしはのうりょくをもっています」なんて両親には伝えるべきことなんだろうか....十中八九ヤバい奴だと思われてレスト行きになる。


 【能力】者同士であれば、なんとなく勘でわかったりはするんだけれど、ある一定レベルを超えないと分からないと思う。そういえば幼いときは熟練の【能力】者たちに話しかけられていたっけ。

 まあ、学内のようにこんなにも人が多いと、相当レベルが高くなければ私の存在だって見つからないし私からも見つからない。普通にすたすたと歩いている女子大生なのである。現に、私が寮へ帰っているこの風景の中に違和感はないし、道行く人が怪訝な顔で私を見ることもない。


寮のセキュリティーに紋章を見せるとエントランスの扉が開く。そこそこ派手なものが好きらしい第三王子の趣味で金ピカ鳥さんの紋章なのがまぶしい。大きな両翼を広げる鳥さん(名前は知らない)の色がオレンジと金色だから、セキュリティーが照射する光が反射してめちゃんこに眩しい。なんとかならなかったのか、これは。


「あ。深田さんじゃないですか~お帰りなさ~い」

「どうも、ただいまです」


寮長へ挨拶ヨシ。あとは自室へ帰るだけ。

談話室でキャイキャイお話をしている1年生よ、どうかどいておくれ、私のライフはすでにマイナスなんだ。

今日の晩御飯の献立を考えながら、スイスイとエスカレーターを登っていく。

こんなもんがあるから共栄費が高くつくんだよ...。自立できる程度の金銭感覚で行きたいという私の申し出と父による「家賃の安くて安全なところ」の交差点が優に私の予算オーバーだったことを思い出す。なぜこの寮へ私を入れた、父上よ。もうちょいなんかあったろうに。

まあ確かに安全性では抜群だと思う。それに準王立(第一~第五までの王立関係)寮といえども、セキュリティーは王立クオリティーと変わらないらしいから驚きだ。

 二階には共有スペースとかで勉強机やらキッチンなどが並んでいる。その中で突っ立っている、適当なAIガーディアンにもう一度紋章を見せるとO型専用フロアへの道案内をしてくれる。なんでも、たどり着くためのルートが数時間ごとに変わるそうだ...確かに安全だとは思うよ、高いんだよ、その分。その費用があったら私は優に毎食贅沢なご飯を食べているんだと思うと何ともいえない気分になる。おのれ、共益費め。


ドアを複数個開けながら妙にくねくねとした道を通り、O型専用フロアにたどり着く。この建物は、本当にどうなっているんだろうね。王立ってこんな暮らしをしているのか。普通の一人暮らしじゃこんな光景はまずないだろう。


普通の一人暮らしがしたかったなあ...なんて贅沢すぎる思いが募る。逆に良いところになったので、本当の本当は感謝しているんだけども。

それにしても、なぜこんなVIP寮に私は入っているのだろうか。それは、私の「かていのじじょう」とかいうものである。まあ、それはどこかでまた考えるとして。

 

 王立や第一、第二まで届かなくとも、ここは第三王立専用寮なので、そこそこVIPな方々がお住まいになっている。引っ越しの際、遠くのお部屋から「この扉は自動かしら?」と自分の部屋を開けているお嬢さんがいた。そんなことなかろう。私は今まで自動で開く自室の扉なぞ見たこともないぞ。あと自分の部屋の入口はドアノブがついているでしょ...。


顔認証やらオートロックやら、ガッチガチになった部屋の鍵を開けて鞄を玄関に置く。後ろから「おつかれさまでしたー。」と声が聞こえる。AIガーディアンがのっしのっし、来た道を帰る音が聞こえる。ど、どうも。

一息つきたいところだけど、やることがある。買い物とかなんとか。とりあえず授業のプリントをファイルに入れておく。忘れるとぐっちゃぐちゃのくっしゃくしゃになるのでね。何度そのプリントを仕分けるのに大変な思いをしたか。

ふと、もらったプリントを出してみる。書かれているのは中世の歌人について。なんだって色々権力やら人間関係やらで大変だったことが家系図から見て取れた。寝ていたのであろう、のろのろとした蛇文字が紙の端から反対まで伸びている。どうりで講義中、意識が戻った時にペンを持った手が机の端にあった訳だ。もはやその記憶さえないのは最終学年として素晴らしいほどの研鑽を積んだ結果だろう。主に新入生の声で疲弊したことが睡魔の原因だろうけれども。いやまあおつかれさま、私。


「それにしても...」

私の声が吸収されていく。返答はない。

自分の部屋というのは、なかなかに落ち着くな。実家からこの部屋には何にも持ってきてはいないけれども。家族が部屋に飛び込んできたり、バタバタする音がないから居心地がいい。適当に荷物を置いて、布団でゴロゴロする。うん、至福だ。


この先、どうなるんだろうな...。自分の【能力】が日に日に強くなっている。

知らない間に、記憶にない人の会話が脳内に響いていたり、【能力】者からのメッセージを受け取っていたり、はたまた私から送っていたり...。

そもそも【能力】についての体系的な知識があるわけではないので、使えるし感覚的にやっていいことと悪いことがあることくらいは分かるんだけれども、何がどうなるのかは分からないことばかりなんだよな...



ふと、時計を見たら[19:30]だった。やばい、また意識が飛んでたな。

買い物行かなきゃ。


考え事をしながら、私はふらふらとまた部屋を出るのだった。






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