女子大生、過去世が女神であることを知る

@ShanShan02

第1話 現在と存在しない記憶

事の始まりは今から半年前。

父上、母上双方の家系にて介護やら葬式やらが組み込まれた直後。

精神的に追い詰められた私には、知らない≪誰か≫が介入していた。

…あれ、誰だっけ。


瞬時に景色が反転する。

どこかの城の離れた塔に隔離された女性。二の腕には鉄製の枷が、足首には緑色の光の輪で拘束されている。

(いつ、私は解放されるのだろうか...)

小鳥の鳴き声だけが、青白い空の向こうからやってくる。



「ん。」

すう、と意識が脳内に入ってくる。目が覚める瞬間。つまり、朝だ。

昨日は何時に寝たっけ。というか、ここどこだっけ。

ゆっくりと目を開ける。

「げ、がほっ、げほっ、」

喉に埃が詰まった感覚。なんだろう、なんだかモヤモヤする。吐き出したいけれど、吐き出したい存在そのものから吐く方向まで殆どを見失っている。空気を吸うのにもまだ慣れていない感覚が二十歳を超えても残っていた。


ゆっくりと思考を立ち上げる。

今、いるのはベッドの中。雑魚寝じゃない。そうか、もう、引っ越したんだっけ。

思い出せないくらい、色々な人の精神的な面倒を見ていた時期が10月くらい。

その前は、結婚式へ行って。その前は、第二王立研究職の応募へ行って。その前は祖父のお葬式...。


携帯電話のスタート画面には、[4/8 6:40]と書かれている。

そうか、今は4月なんだ。今から学校へ行って講義を受けるんだ。

頭がまだぼう、とする。何について、何を考えていたんだっけ。


〔夢の中について、考えていたんじゃなかったかい?〕


男性の声が頭に響く。そうか、それで、幽閉されていた女性、プリンセスなのかな...の夢を見ていて、妙にその枷などの拘束具の感覚が自分の身体の内側にリンクしていたような。


[6:50 リマインド 朝の支度]

携帯のリマインドを切って、支度をする。服を着替えて洗顔、メイクはだるいから後。ごはんをレンチンして、講義の教室を検索。冷蔵庫にあったヨーグルトを容器にうつした後はスプーンを取り出して、はちみつをかけておく。目玉焼きを作りたいのに、そういえばこの寮って部屋の中にキッチンなかったんだっけ。さようならタンパク質。

今日はそこまで難しい講義じゃないからメモは不必要、軽い鞄に水筒だけ入れて、ああ水筒を鞄に入れる前にお湯を沸かしてっと。


レンジの軽快な音。アツアツのお皿を素手で持ちながらテーブルへ。ヨーグルトを持っていって置く。コトリ、という器の音が心地いい。それでも飲み物を取り損ねたので、少々ふてくされながらもう1往復を開始する。次は、お湯を入れた水筒も持ってこよう。開きっぱなしの冷蔵庫を足で閉め、ケトルの重さが無くなるまで水筒とコップへ熱湯を流し込む。さ、テーブルへ戻って食べよう。


「いただきます。」

炭水化物、乳酸菌。理系の母上が見たら、きっとタンパク質とビタミンについて言及されるんだろう。何も誰も言わない朝食。何の音もならない朝のテーブル。

慣れないというか、不思議というか。


昔から、私は良く分からないモノたちと会話をしていたそうだ。自分の記憶も、親からの話でも、私は金魚に話しかけたり馬と会話してブラッシングをしたり。馬に至っては眠くなってきてふらついていたんだっけ。

それに、国外で勉学をすることになってからは脳内の誰かと話す機会が増えた。未だに誰がどれのナニなのかはさっぱりだけど。さらに、半年前からは植物ともお話をするようになった。これも脳内に感覚として言葉が入ってくるから、発話して返してるだけ。

ただ、そういったことは人へ話してもそのまま受け止めてもらうことが少なかったから言わないようにしているし人前ではあまり会話らしい会話はしていないと思う。


目の前の観葉植物も、(おはよ!)と語りかけてくれている。そんな気がするのだ。

「おはよう、声をかけてくれてありがとう」


そういって、私は白湯を飲む。

火傷した。


(むかしとかわらないね)と葉が風もないのに揺れる。

本当に、不思議な感覚だ。



[7:30 リマインド]

もうそんな時間?!あんまりにも時間間隔がずれていた。

ヨーグルトを流し込み、お皿を重ねて洗い場へ。水につけたら歯磨き。

その後はお皿を洗って、手を洗った後に洗顔。

メイクは最初こそ細かくやっていたけれど、今では学内に馴染む最低限で堪えている。化粧水、オールインワンなんとか。そのあとにパウダーと眉を描いて。

最低限メイク、完成。


バッグを持って、鍵を持って。

あたかも私は遅刻なんてしたことがないです、というほどの優雅さを纏ってずんずんと歩く。どうか見てくれるな。そうも思っている。


学生寮という新天地には、まるで収容されたかのような間隔で取り付けられた扉があり、1限目に間に合おうとする新入生のバタバタした音が聞こえてくる。本当に、なぜ1年生の多いこの寮に私が入ることになったのかも謎だ。

「#春から王三」とか「はじめまして!何専門ですか?」とか「地元はどこですか?」のジャブ攻撃×寮全体を食らうのも本当にごめんなので、他の住居人よりも30分以上は早く出て行ってやる。


エントランス近くまで、とりあえずはヘッドホンをつけて遮断。ご近所付き合いで困らない程度に、自分に話しかけられた雰囲気だけは見逃さないよう音楽のボリュームは最小限に。


「おはようございます、深田さん!早いですね!」


しまった、寮長さんだ、しっかりされている。

「おはようございます。季節もいいので、朝の散歩も兼ねて楽しもうかと」

「たしかにもう桜も咲いていますもんね!」

「そうですね、では、いってきます」

「いってらっしゃい!」


「ああ~、せんぱーい!おはよーございまーす!」

食器を乗せたお盆を持った後輩が駆け寄ってくる。

早いな、少しは休ませてくれ。


それに続いて、近くの女子グループ、男子、そして別の女子グループ×3と話すことになった。思い出すのも億劫だから割愛する。


結局、寮を出たのが[8:20]であった。勘弁してくれ。最終学年としては、1限ですらキツイのにキラキラわくわく1年生複数人に囲まれると生体エネルギーがすごい勢いで消費される。次からはタンパク質を絶対に採る、決めた。


涼しいのか暑いのかも分からない季節分、桜は美しくもよそよそしく、薄い淡い色を抱いていた。そんな桜を一瞥もせず黒革ジャンを来たお姉さん学生が通り過ぎる。

ああ、なんだっけ。何かを思い出していないと、この現実の桜のように背景に滲んでしまう。なんだっけ、なんだっけ...。


〈あなたは女神ですね〉

とある占い師に占ってもらった結果だった。

〈現世では、比較的過酷な環境に身を置きやすい、それくらい基本レベルが高い人です〉

〈なんだかワクワクしますね〉

〈歴史に名を遺す、偉大な人になるでしょう〉



...なんだかなあ、と思う。もともと、人ではないモノたちと話したりしているから、不思議なことに耐性はあるんだけど、〈女神〉とか〈歴史に~〉とかはとんでもなく莫大な評価をしているような。


父上のように、王立第一圏の研究範囲で勉強していることでもなく、めちゃんこお金持ちってわけでもなく。普通のしがない女子大生なんだけどな。


(そうおもうのもしかたないよね)

名の知らぬ花が道端で答えてくれる。


でも、確かに不思議なことはたくさんあるのだ。

巫女さんや天の声をそのまま人に伝える【能力】がある人とも「過去世で一緒に修行したね!」とか言われたり、急に祈りポイントで、神々のお言葉が自然と私の口から出てきたり。

そして、夢の中での記憶。私の生きている世界とは異なる記憶。

例えば、今日みたいな夢。例えば、この寮に住んでいなかった世界線の記憶。


なんだろうな、そして、どうするんだろうな。

これから進む道が見えていないのに、感覚ではこんなことを言われている。


〈世界を救え〉



これってもしかして、異世界モノだったりします?

まさか、現世に限ってはないと思うけどね。





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