第62話 背が低い人の世界と、背が高い人の世界
以前の職場で、身長197cmの同僚、仮にノッポくんとする、がいた。
驚いたのは、子供の頃ノッポくんは背が高すぎて、ちょっとバカにされたり、嫌な思いをしたから、背が高いことが嫌だったらしい。
男の子で背が高いなんて、いいことしかないじゃん、と思ってたし、おまけにカナダじゃ、背の高い子自体、けっこういたと思うから、それほど目立つわけでもないだろうにと思ってしまった。
「でもさ、ある程度、ほら、高校生くらいになったら羨ましがられたんじゃないの? スポーツとかでさ」
「まあ、それはあるかな」
「何やってたの? スポーツ」
「バスケットボール」
......ですよね〜。
それでもどこか猫背気味なのは、やっぱり子供の頃の記憶が関係してるのだろうか。
ある日、私が私が高い踏み台に立って作業している時、隣のノッポくんを見てふと思った。
ひょっとして今、私、ノッポくんの目線と同じだったりするのか?
遠巻きに私たちを見ていた同僚に尋ねると、
「もうちょっと下かな」
とか教えてくれたので、微調整して197cmの視界を体験してみた。
景色がまるで違う。
いつもより40cm以上目線が高いので、遠くの方までよく見える。
「いいなあ。視界が広くて、気持ちいいね」
「う〜ん。でも、冷蔵庫の上の埃とか気になって、ちょっとめんどくさいよ」
なるほど。
で、今度は私の視界も試してもらおう、ってことになって、ノッポくんは大きく屈んで目線の位置を私に合わせた。
「Oh......床が、床が近い!」
と、おののいていた。
同じ人間なのに、ずいぶん違う世界で生きているらしい。
ちなみに、稀なサイズの私たちのお気に入りの服屋さんが同じ店だったのは笑った。サイズ展開が偏ってる店なのかもしれない。
子供の頃、家族で潮干狩りに行った。
まだ、私は5、6歳だったと思う。
子供用の小さなバケツと熊手を持って、下ばかり見ながら一心不乱に貝を見つけていた。ふと顔をあげると、さっきまでたくさんの人がまわりにいたのに、人っ子ひとりいなくなっていた。
どっちを向いてもどこまでも、続く砂浜。
どこに向かって歩き出せばいいのかもわからない。
なにかパラレルワールドに突き落とされたような気がして、泣きたい気持ちを抑えてバケツを手に取り、私はやみくもに歩き出した。
まるで砂丘を一人で歩いているような感覚の中、ある瞬間にパッと視界が開けて、また潮干狩りに興じる人々が一斉に視界に入ってきた。少し向こうでは、父親と母親が一心不乱にアサリをとっているのが見える。
子供の視線ってめちゃくちゃ低いから、本当に自分の周りのごく近い範囲しか見えていなかったんだと思う。
あの時は本当にただ砂浜だけが延々と続いて、雑踏の音さえ消えた気がして本当に恐怖だった。だから、子供が急にあらぬ方向に急に駆け出したりするのも、こういうことと関連してるのかな、と思ったりする。
東京にいる時、その日、日本語ペラペラで、やっぱり190cm越えの外国人を含む同僚と、電車で数駅の飲み屋に繰り出すことになった。
電車内は座れはしないけど、まだ時間が早いせいか、わりと空いていた。
みんな吊り革につかまり、その彼だけは、吊り革がぶら下がっている棒につかまって軽く談笑しながら、該当の駅に着くのを待っていた。
すると何があったのか、電車が急ブレーキをかけた。
みんな一斉に吊り革を握る手に力を込め、足元を踏ん張った。
吊り革につかまるとき、普通の身長の人は持ち手の肘がある程度曲がると思うが、私は身長が低いので、ほぼ腕をまっすぐにした状態で吊り革につかまっている。下手すりゃ、吊り革にぶら下がっているように見えるだろう。
だから、急ブレーキで踏ん張らなくちゃいけない時、腕がピンっとまっすぐになっているせいで、それほど踏ん張れない。そして私は電車が止まった時の反動で、腕を中心軸にして、体が駒のように、ぐるんと一回転してしまった。
突っ張った腕でなんとか耐えていたけれど遠心力に負けて、とうとう最後に吊り革から手を離してしまった。
ストン。
気がついたら、私の目の前の座席に座っていたおばちゃんの膝の上に、重なるように座っていた。
新体操なら、9.99ポイントくらいのスムーズな着地だった。
一瞬の間があった後、私のまわりの全員が爆笑していた。
私は慌てて、「すみません、すみません」とおばちゃんの膝から立ち上がった。
おばちゃんは笑いながら、「いいのよ、いいのよ。なんなら座ってく?」と笑ってくれた。
いきなり妙齢(当時)女子に膝に座られて、さぞかし驚いたことだろう。
連れのおばちゃんもみんな涙流して大笑いしてた。
こんな体験、普通の身長ある人にはできないだろう。
ちくちょうめ。
しかし、最近の日本人の子は、身長高いし、本当に手足もシュッとしてる。
生まれる時代を間違えた。
〜終わり
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